コトデルのタキダアユです。 人の中に本来あるコトを言葉にして引き出す。そのためにまずは自分が見えること、感じたことを出し惜しみしない。それが「コトデル」の考え方。と、はじめてのnoteに記しました。 それ以来「コトデル」について触れてきませんでしたので、今回は改めて想いを綴っていきます。 大学を卒業しておよそ一〇年間、自分の作品を書くことができませんでした。 学生時代も決してアイデアが湯水の如く湧いていた訳ではありません。毎日毎晩パソコンの前でのたうち回りな
「一箱古本市」をご存知だろうか。 両手で持てるほどの箱に入れた古本を、出店者は古本屋の「店主」として自由に値付けし販売する。古本のフリーマーケットのような催しだ。全国各地でひらかれている。 来る二〇二四年九月二三日(月・祝)、山梨県・甲府市で催される「こうふのまちの一箱古本市」に出店を決めた。屋号は「コトデル」だ。 小さい頃から「本屋さん」は憧れの職業だった。長いこと接客を要する業務に就いてはいたが、やっぱりたくさんの本に囲まれながらの仕事には夢を見る。一日だけ
何かを始めるときに、カタチから入るタイプの人間がいる。まさにそれだ。まず、手元に名刺を置きたくなる。学生の頃からそうだった。新しく挑戦する自分を、誰かに認識してもらいたいのかもしれない。 名刺作りにおけるこだわりの点は二つある。ひとつは「二つ折り名刺」であること。もうひとつは「顔写真を入れること」だ。 名刺は初対面の相手に自然に受け取ってもらえ、絶対に目を通され、それでいて捨てられる可能性が低いアイテムといえる。それって、自分を知ってもらい、後々見返されながら、思い
「母さん、僕、人を殺しました」 朦朧とした意識の中、息子の声が遠くに聴こえる。卓上照明の頼りない灯りが、寝起きの視界に差し込む。開け放した窓から飛び込むのは、肌を撫でる風ではなく、燃えるような蝉の叫びだ。夏の朝はもう、涼しくなどない。 「冷房くらい入れなければ、死にますよ」 と、人を殺したはずの息子、省也は、壁にかけたリモコンを手に取り、電源を入れた。じっとりと体にまとわりついた汗に、冷風がしみる。 ちょっとの仮眠のつもりだったが、身を預けていた腕は痺れを超えて感覚がな
友人と地元にある文学館の展示を見てきた。 文学館、行ったことがあるだろうか。美術館なら絵画や彫刻、博物館なら標本や化石などが並ぶのがわかるはず。文学館はつまり、文芸のそれだ。 日本で著名な、そして地元にゆかりのある作家にちなんだ資料が展示されている。わかりやすいところでいうと、原稿だ。作家の自筆、そこに校正などの指示が書き込まれた、いわゆる生原稿である。 有名な著作、私も読んだことのある作品の原稿をしげしげと眺めて歩いた。作家によって読みやすい字を書く人もいれば
芥川賞受賞作が発表されてすぐ、朝比奈秋さんの「サンショウウオの四十九日」を、Kindleで購入して読み始めた。 頭から下肢までの半身同士がくっついた、一見して一人の人間のようだが、実は結合双生児である姉妹、杏と瞬が主人公の作品だ。設定からして斬新だが、私が注目して読んだのは作中の「視点」の変化である。 読み始めて四割進んだところで、正直「離脱を我慢」しながら読んだ。描写を簡単に言うと「瞬の視点で進行する場面で、頭の中に杏の思考が流れてきて、それを感じ取り見つめる瞬の
三三歳の春、都内にある作家の養成学校に入学した。いわゆる小説教室というものだ。地方に暮らしているので、普段は現地の教室へ通うことはない。オンライン会議用のツールを使い、リモートで、リアルタイムに授業を受けることができる。 それでもたまに教室へ足を運ぶこともあり、その機会で唯一クラスメイトとの交流があった。一年目のクラスは皆、人見知りの傾向が強かったのか、解散間際になって初めて仲間同士で食事をすることに。私も参加した。今ではバラバラの講師につき執筆をしているが、時折集まっ
四〇〇字詰三〇枚の小説を、二週間かけて書き上げた。その前に、キャラクター構成などを練り、大雑把な箱書きから、できる限り綿密にプロットを組んだ。執筆は、本文に入ったところからカウントしている。 元々筆が遅い方だとは思う。これでも精一杯早く書いた方だ。が、周りの人間が一体どのくらいのスピードで作品を書き上げているのかが気になって検索してみたことがある。 どうやら一時間に一〇〇〇文字以上は皆おおよそ書いている様子だ。なんとなくわかる。ここ数年、別の名義でブログを書いていた
古くから付き合いがある地元の友人に、ようやく書き上げた小説を読ませた。数日後、作品の感想を聞かせてくれるという。意気揚々と食事の約束をして彼女に会うと、言われた。 「共感できるところが何ひとつない」 だよねー! そう口では言いつつ、心の中では涙の豪雨だ。構想十年以上、執筆に入ってからは半年以上がかかった。言いたいことのほとんどを詰め込んだ。それが身近な人間にすら受け入れられなかった。 気になったのは「主人公が嫌な奴すぎて感情移入できなかった」という感想。正直驚いた
はじめまして、コトデルのタキダアユです。 人の中に本来あるコトを言葉にして引き出す。 そのためにまず自分が見えること、感じたことを、出し惜しみしない。 それが「コトデル」の考え方です。 このことを大切にしながら、主に文章による創作活動をしています。 今日は、これまでの創作経験を通して、 私がどんな時代にどんな体験をしてきたのかざっくり紹介します。 タキダアユの創作歴小学4年生 国語の授業で作った絵本 「ぼうにんげんくんとぼうにんげんちゃん」が クラスメイトの間で爆発