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余韻に浸っていたくなる恋愛/『センセイの鞄』

こんな恋愛がいつかできるのならば、大人になるのも悪くないなって思いました。

不器用で意地っ張りだから、出会ってすぐに恋に落ちて…なんてうまくはいかないけど、一緒にいることがすごく自然でどうしようもなく安らぐ。

そんなひとにもし出会えるのなら「大人の恋愛」も悪くないのかもしれないなって思います。

川上弘美さんの『センセイの鞄』を読みました。

【あらすじ】
駅前の居酒屋で高校の恩師・松本春綱先生と、十数年ぶりに再会したツキコさん。以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩や花見、あるいは列車と船を乗り継ぎ、島へと出かけた。40歳目前の女性と、30と少し年の離れたセンセイ。せつない心をたがいにかかえつつ流れてゆく、センセイと私の、ゆったりとした日々。(Amazonより)

主人公のツキコさんは40歳手前でわたしよりもずっとずっと大人だ。来年の自分の想像だってつかないし、理想を高めに設定する癖のあるわたしからすると40歳ってすごくすごく大人でかっこいい存在だ。さらにそれより30も上のセンセイなんてもう尊敬でしかない。

それなのに、まあ二人はよく喧嘩する。球団の巨人がすきかどうかで揉め、ひと月ほど口はきかないし、お互いにほんのり嫉妬し合っては揉めて、泥酔して。センセイがちょっと時代錯誤なことを言えば「古いよ」と文句をいい、ツキコさんがだらしのないことをすれば窘めて。

そんな風にポンポンと言い合える関係が羨ましいなと思いつつも、二人の歩み寄りがまあゆったりとしていて焦らされる。

なにせ、どんなに仲良くなっても基本的に「居酒屋の常連客仲間」を貫くのだ。約束もしてない二人はすれ違うことも多々あるし、タイミングの関係で連続して会う日もあれば2週間会わない日もある。

すきになりそうだったらすぐに会いたくなっちゃうけどな、と読み始めはこそつい自分に置き換えながら読んでしまったけれど、だんだんペースが心地よくなってくる。会えたら嬉しい。だけど、縛りすぎない関係だからこそ少しずつ距離を縮めていけたのかもしれない。

そのうちにセンセイに会うことがツキコさんのなかでも当たり前のようになっていく。それまではずっと一人で「楽しく」やってきたのに。どんな風に生きてきたのかよくわからなくなってきてしまうのだ。

よくわからなくなってきたツキコさんが夏の名残を感じる夜にセンセイへと呼びかけるシーンがぐっとくる。

何百メートルかへだてた場所に今いるセンセイに向かって、わたしはいつまででも話しかけた。川沿いの道をゆっくりと歩きながら、月に向かって話しかけるような気分で、いつまででも、話しかけつづけた。

届くはずのないところで、こんなふうに誰かに向かって思いをかけ続けるだなんて行為、すごく素敵だ。そんなふうに誰かを想えることが素敵だな、と思ってしまった。

本当にゆっくりゆっくり進んでいく二人の関係は最後のページまで終わることがない。

わたしがあと10年としを重ねたあとに、こんな風な相手を出会うことができるんだろうか。こんな風にだれかを想えることができるのだろうか。

まだまだわからないけれど、それでもこの物語を読んで感じた余韻は忘れたくないなと思った。


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