男ともだち

自分を見るための方法は/『男ともだち』

フリーランスという形態で働いていると「すごいね」「強いね」と言われることが多い。

言われたことのない人はむしろいるのだろうか、と思うレベルで周りの人たちも経験があると言う。

何時に起きてもいい。満員電車に乗らなくてもいい。ふらりと旅に出たっていい。すっぴんパジャマのメガネスタイルだって何にも言われない。仕事さえしていれば。

なりたい、と熱望してなったフリーランスではないけれど、それでも選んだこの道を正しいと思えるようにそれなりに毎日必死で生きている。

引きこもって何日も誰にも会わずにPCに向かって、テキストでしかやりとりのない人たちとやりとりをして。

それでもなんとか続けていくうちに、やりたいことや好きなことの輪郭がやっとぼんやりだけど見えてきたような気がする。だからもう少しがんばってみたいな、とそんな風に思えるようになってきたこのごろ。

千早茜さんの『男ともだち』を読んだ。

主人公は29歳・イラストレーターの神奈葵。仕事は順調だけど、依頼されたものを受けるばかりで本当に自分が描きたいものがわからない。関係の冷めた同棲相手と、勝手ばかり言う愛人の狭間で停滞している生活。そんなときに大学の先輩でもあり、男ともだちと再会する。

タイトルとあらすじをみて、恋愛小説なのかと思った。

読み進めていくうちに仕事がメインの、それもかなり近いところのお話だと気づいた。

男ともだちと再会したことがきっかけで、神奈の生活も少しずつ変わっていく。変わるというよりも、動き出すの方が近いかもしれない。

なんにもしないで平和でいられるなら、もしかしたらそれが一番いいのかもしれない。けど、苦しくなってしまうならきっとどこかで覚悟しないといけなくて。変わろうとすればそれは当然、恋愛も仕事もそれなりの痛みを伴う。

イラストレーター一本で食べていける前から同棲を始めていた相手とは特にそうだ。お互いに甘えて、逃げていた結果は痛いものにならないはずがない。

強いから、なんだっていうんだ。
強くて何が悪い。仕事に没頭して何が悪い。そんな私を好きでいてくれたんじゃないのか。
夢があったら叶えたい。欲望があったら埋めたい。傷があったら治したい。そんなの当たり前のことだ。
でも、強さとはそういうものではない。本当の強さはもっとしなやかだ。私は強くなんてない。強くあろうとしているだけだ。

でも、結局そうやって痛い思いをして、しっかり他人と向き合った結果、神奈は自分のことが見えてきたのかなと思う。

生活ができているから、とそのままで思考を停止させてしまっていた仕事も、何が描きたいのか見えてくるようになる。

一人で考えていることには限界がある。きっと。自分を見るには他人を通してでしか見ることができないのかもしれない。

自分だけで考え込んでしまう癖があるわたしにはこの小説が痛すぎるくらいに刺さった。いまのわたしは神奈にはまだちょっと遠い。仕事の段階も、気持ちの居場所も。

だけど、これくらいの痛みがあってもいいからわたしも変わりたいとそう思えた一冊。




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