見出し画像

君の歌を聴け

その日の授業は午前までだった。
4限の美術を終えて、重苦しい青春に支配された校舎を出ると雨が降っていた。

新宿は、豪雨。傘は何処へやら。
今日が青く冷えてゆく東京。

有線イヤホンをつけ、愛すべき椎名林檎の群青日和を軽やかに口ずさみバス停で待った。
しばらくして、車道に降りしきる雨を掻き分けやって来たバスに乗り込んだ。モーセ。

生憎の悪天候で車内はとても混雑していた。
湿気で髪の乱れたOLさん。
私立の帽子を目深に被る小学生数人組。
乗客は様々である。

俯いて居眠りをする女子高生・・・あっ。

スカートの裾からはみ出した柔らかな曲線。
同性とはいえ、じっと見つめるのはいけないような気がした。慌てて目線を逸らす。
窓硝子に反射していた。
性懲りなく、名前も知らぬ彼女の横顔に見惚れる。いいだろう。迷惑をかけるわけでもない。
アイラインは、思春期のクラスメイトと接するときの距離みたいに微妙な長さだった。

春はあけぼの、やうやう白くなりゆく首筋
すこしあかりて、うつくしきかな。

彼女の向こう側を覗くと、さっきまでの豪雨は嘘のようで雲間から差し込む陽光がまばらな霧雨をきらきらと照らしだしていた。
丁寧に切り揃えられた姫カットの黒髪が、頬に青白く鋭利な影を落としていた。

恋をしている、どうしようもなく好きである。
身勝手に好意を寄せてしまう僕など、いっそのこと死んでしまえばいい。殺されたくはない。

曙橋で降車するナードなサラリーマンのビニール傘が、巨人の注射針ほどの鋭い先端を突きつけるようにして、僕のニーハイ・ソックスを濡らす。ジャックと豆の木。恋は退屈な御伽噺。

僕はなんといっても背が低い。身長差の5cm以上ある(とりわけ自分よりも背丈の高い)人間と、意思疎通が上手くいったためしは一度もなかった。

自然と、女性に想いを向けるようになった。
半端な理由であり、破廉恥だと怒号を浴びせる者がいてもおかしくはない。反論はしない。

平和主義者だ。差別が産む多種多様の馬鹿げた抗争を、一度になぎ倒すことができたなら。
人を軽蔑するものは、ほんの数ミリメートル以下の虫けらの命よりも軽んじられるべきだ。
差別主義者だ。僕は、何者なんだ。苛立つ。

どこに向けるでもない刃物の熱が冷めぬうちに軽佻浮薄な雰囲気の漂う真昼間の歌舞伎町に着いた。バスは、ぷしゅうと溜息を吐くみたいにして僕を一緒に車内から吐き出す。カオナシ。

最低だ。雨が降っても僕は消えない。
雨の日のアスファルトの匂いみたいに、いつのまにか蒸発することができたなら。

晴天を喜べなくなった。
溢れ出す雑踏。白痴のように一点を見つめる。
歌舞伎町一番街、ふざけるのも大概にしろ。

アーチ横のコンビニに入る。入店音はクソだ。

死ねよ、みんな死んでしまえ僕も、何もかも

僕の気持ちを汲み取ることもなく吹き付ける空調がうざったい、倦怠感がどっと押し寄せる。
あの、邪魔なんですけど。
後ろから、ある女が凛として、どこか小賢しいような声を響かせて悪態をつく。むかつく。

通り過ぎてゆく背中を、横目でギロリと睨んでやった。殺意の10分の1にも満たないけれど、今は精一杯の仕返しだ。早く店内から出よう。

結局、ビニール傘ひとつを買った。

生憎の晴天で、僕の脳内はオーバーヒートに達していた。いやしかし、雨が止んでいたのは分かりきっていたことである。何に怒るのだ。

宛のない不満は、僕の元に帰ってくる。積もる

とりあえず、傘を差した。そしていつしかプレイリストは歌舞伎町の女王に変わっていた。

虚ろな目をして、歓楽街を進む。
さよーなら、純粋だった世界。
今日から目に映るもの全ては、煙草の紫煙を通り抜けて伝わってゆくのね。

煙たいわ、瑞々しい林檎が食べたい。
虚勢を張ってでも生き延びなければならない。

先週、新宿三丁目のマルイで買った漆黒の厚底スニーカーに履き替え、莞爾として笑った。

続きはこちらからどうぞー↑↑↑


この記事が参加している募集

#自己紹介

231,593件

#スキしてみて

527,181件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?