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創業10年目のCIリニューアルで、Timersが『社会の二項対立を溶かす』というビジョンを見つけるまで(前編)


株式会社Timers 代表 田和晃一郎

1986年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部を卒業後、(株)博報堂に入社。2012年に株式会社Timersを共同創業。2014年より「Famm(ファム)」を立ち上げ、子供がいる女性向けの多領域のサービスを展開し、現在は代表取締役CEOを務める。卵子凍結補助制度や、男性の育休取得を義務とする制度導入なども行い、2021年8月には自ら育休も取得。

株式会社NEWPEACE 代表 高木新平

1987年、富山県生まれ。2010年早稲田大学卒業後、(株)博報堂に入社。2014年独立し、(株)NEWPEACEを創業。未来志向のブランディング方法論「VISIONING®︎」を提唱し、これまで数十社ものスタートアップのブランド開発に携わる。その他、(株)ワンキャリア社外取締役など。


聞き手 / 執筆 松村隆宏

1986年生まれ。神戸大学経営学部を卒業後、(株)DeNAに入社。2015年より、社員数がまだ1桁のTimersに入社。現在は執行役員として金融領域の事業を統括。自身も第二子の出産のタイミングで育休を取得し、復帰後も家庭と仕事をできるかぎりマージしたスタイルを追求している。

「事業や組織の実態を表す適切な言葉がない数年間」

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株式会社Timersは、創業から10年を迎える2022年、これまで掲げていたコーポレートアイデンティティ(CI)をリニューアルし、ロゴマークや公式サイトなども一新しました。CIのリニューアルを担当したNEWPEACEは数々の企業のビジョンニングやブランディングキャンペーンを手がけており、今回は代表の高木新平さんとTimers代表の田和、二人の話を通じて、どのような経緯や想いでCIをリニューアルしたのかをお伝えしていきます。

松村:Timersとして、なぜCIの見直しが必要だと思っていたのでしょうか?会社として「どういう課題があったか」という問いにもなるかと思います。そこはいかがでしょうか?

田和:元々「Famm(ファム)」というブランドはスマートフォンアプリから始まりましたが、ここ数年で課題解決領域を急速に広げてきました。例えば、子育てをしている女性でも通えるシッターサービスつきのオンラインスクールを通じて、誰もが柔軟性あるキャリアや仕事に繋がる機会を作ることであったり、子育て中の女性とお金の専門家をマッチングし金融リテラシーの底上げに貢献する事業だったりと、どんどん幅を広げてきている中、より一層「社会の課題と向き合う」フェーズに変わってきていました。

働いているメンバーも、もともとアプリ開発に携わる男性エンジニアが多かった30名程度の組織から、今は70名規模で女性比率も6割を超え、子育てをしているパパ・ママのメンバーも全体の半分を占めています。社員以外で定常的に関わる人も含めると、子育て中の女性100名以上が定常的に関わり事業オペレーションを推進するチームになりました。また、「男性の育休取得義務化」などの制度を取り入れたりと、事業だけではなく、組織や雇用を通じて新しい社会づくりに貢献していくことにも力を入れてきました。そうした時に、ふと会社のビジョンに目をやると、今のTimersがやっている事業や組織づくりを適切に表せていないのでは、というギャップを感じることがあったのです。

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松村:そういった課題は日々事業を進めているメンバーからすると意識することも多くはなく、あまり優先度は高くない、という意見もあると思います。CIの見直しの優先度が高いと思ったきっかけはありますか?

田和:我々の会社はこういうことやっているよね、と社内外に対して伝えるのは代表である僕の重要な役割の1つです。そういった際に使っていたこれまでの言葉が、この1年〜2年の間は今の事業や組織を適切に、綺麗に表現できる言葉になっていないな、と感じていました。
「Fammを通じて何を実現したいのか」は語れるけど、「Timersはどういう存在で、何を目指しているのか」となると、歯痒い感じがすることが多くありました。合理的な視点だと思いますが、「サービス名を会社名にしないの?」とアドバイスを頂くことも多くありました。

松村:なるほど、では「メンバーがどう思うかに課題があった」というより、それを説明する田和自身がそこに対する違和感を持っていたということなのですね。

田和:はい、あとはメンバーと共有できる「共通言語」の話ですね。僕が使うTimersの存在意義や目指す方向性の言葉を聞いて、メンバーはクライアントやお客様に対してその言葉をうまく使って我々の会社の魅力や意義を説明していくことになります。その時に、事業や組織で推進している取り組みを適切に表現できない言葉を使うことになる。信じられる適切な共通言語が無い状態は、中長期的に会社とメンバー、お客様との関係性を阻害するものになってしまうのでは、という課題感がありました。しかもそれが日々負債として積み上がっているという不安も。

松村:そのズレは確かに積み重なっていくと先々不協和音に繋がる可能性がありますね。3年前の2019年にTimersでは経営体制の変更(田和が代表に就任)があったと思います。それ以降その違和感を意識し始めたのでしょうか?もしくは、この2年、コロナ禍になったことで社会も大きく変化したと思うのですが、それによって浮き彫りになってきたといったような背景があるのでしょうか?

田和:経営体制を変えてからは社会課題や、お客様が実は気がつかずに諦めているような課題と掘り起こしてちゃんと向き合う、ということをより強く考えて事業やサービスの展開をしてきたので、その影響はあったと思います。同時に、コロナ禍で働き方を始めとして社会環境が変わる中で、弊社もリモートワーク前提の組織となり、首都圏ではなく全国からの人材採用もスタートしました。これまでのあり方・こうあるべきだ、というのは、もっと急速に疑ったり見直したりしていかないと、これからの新しい社会の中で、価値を出して社会にインパクトを与えていくことはできないのではないかというのは感じていました。ですので、どちらの観点でも、より課題を意識するきっかけにはなったと思います。

「創業前から知っているからこそ、ずっと変わっていないことへの違和感があった。」

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松村:ありがとうございます。今回、CIのリニューアルを一緒に考えていただいたNEWPEACEさんへの相談はどのタイミングで動き始めていたのですか?

高木:最初は経営体制が変更されて、田和くんが代表に就任するっていうタイミングでご飯にいったところからですね。そこで、創業時からやっていたNo.2ではなくて、今後の会社としての方向性を指し示す、ということを前面に出てやってくのだよね、という話を聞きました。
そこから2年程経って、2021年の6月頃に改めて相談をもらったのですが、その時はまだ「新しいCIに変えたい」という相談ではなく、もうちょっと漠然とした相談でした。

田和:最初は今やっている事業の実態や概要、フェーズなどを伝えて、Timersという会社としてのデザイン面・表現・クリエイティブな観点は、体制変更後にしっかりやりきれてないんだよね、みたいな漠然とした相談でした。
その時にNEWPEACEさんから、「今の時代、日本や会社にも希望に繋がる物語が必要だから、所謂押し付け型のブランディングとは違う、相手の思想をちゃんと描く“ビジョニング”を僕らはやっているんだよね」みたいな話を聞いたりしていましたね。あとはオフィスにも来てもらった時に「やっていることや考えていることの実態と、オフィスの雰囲気がマッチしてないんじゃないか」みたいなアドバイスをもらいました。
具体的には、「オフィスの全部が機能的・合理的な雰囲気で作られているし、奥行きもない。でもやっている事業やサービス、組織もそう言う感じじゃないよね」という違和感やズレを客観的に言ってもらって、「ああ、そういう所から目を背けてきたな」とめちゃくちゃ反省したのを覚えています笑

高木:田和くんとは前職の同期ということもあって、会社を創業する前から知っていて、創業当初は今の「子育てする女性や家族」といったエンパワーしたい対象が明確にあるところから始まっているわけではなくて、その当時の会社の事業状況を踏まえて決定したオフィスの雰囲気や会社の“人格”がほとんど触られずに来たと思うんですよね。
スタートアップは事業に向き合う時間がほぼ全てで、会社のアイデンティティを腰を据えて作る機会ってやっぱりなかなかないと思っています。
いま会社の実態と過去と未来の方向性がずれちゃっているかも、という課題がある場合、例えば代表が変わったり、明らかに事業の方向性や組織の人の構成が変わったりしているのであれば、そのタイミングでCIを変える、つまり会社のアイデンティティをもう1回見直す方が、軌道修正ができる気がしました。会社のクリエイティブや表現というより、そういう新しいコーポレートアイデンティティだったりとか、その会社としてのビジョン・ミッションみたいなものを求めているんだろうなっていうのは最初のタイミングで感じました。

松村:どういうタイミングでCIを見直すクライアント企業が多いのでしょうか?

高木:僕たちへの依頼として多いのは上場するタイミングですね。会社の規模が大きくなり、1つの事業の話だけじゃなくなってきて、会社が社会的にどうなのか、という議論が生まれるタイミング。もしくは、2個目3個目みたいな事業が生まれてきたタイミングで、なんで自社でこの事業をやるんだっけ、というナラティブ(=物語)が必要になるっていうタイミングは多いです。あとは代表が変わる、2代目社長になる、といった大きい組織変更のタイミングもありますね。

いずれにせよ、世の中における会社の立ち位置や設定が変わるタイミングで、そもそもの会社の「アイデンティティの見直し」は必要だと思っています。それはやはり現場の社員では気づきづらいものです。事業に向き合っていると、今日明日のこと、長くても半年ぐらいの目線にどうしても集中しますよね。一方で経営者はもっと中長期目線であるべきで、1年以内のことに目を向けるのは会社の規模が大きくなるほど少なくなっていきます。

経営者が2〜3年先を想像する、という中で「あれ、今のままだとチグハグになっていくぞ。未来の絵が描きづらいな。」とそんなふうに課題が見えてくることが多いと思っています。なので、現場が「あれ、なんかぐちゃぐちゃじゃない?」と感じてしまう状態だと相当遅くて、そこから始めちゃうとフラストレーションがかなり溜まっている状態なのですよね。
だから「そこまでやる?まあでも確かにありかもね」って現場が思うぐらいが、本当はタイミングとしてはベストなんだろうなと思っています。

松村:確かに、この数年で課題解決領域が広がり、事業も複数立ち上がってき、組織の規模も約1年で倍近く増えています。今高木くんが言ってくれたような変化が間違いなく起こっているので、タイミングとしてはすごく良かったと感じますね。

「どのような幸せを作っていく会社にしていくのか、の根本を見つめ直すことから議論はスタートした」

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松村:正式な相談は2021年の6月頃から動いていた、ということですが、具体的にどのようなアクションからスタートしたのでしょうか?

田和:最初はこちらから会社の状態や課題感をまとめて、それをオリエンしてディスカッションを始めました。
その中でNEWPEACEさんから、これに対して言語化してくださいという「問い」が渡されて、個人ワークのような形で、自分で改めて向き合って考え直したことは印象に残っています。
客観的な立場の方から問いを立てられることで改めて言葉にしたり、こういうことも組み込むべきなんだな、と視野が広がったりする側面は大きく、様々な観点から問いを立ててくれて、再度思考する機会になったのは、プロセスとしても価値がありましたし、個人的にもありがたかったと思っています。

松村:その中で印象に残っている「問い」や、言語化した内容はありますか?

田和:「3年後や5年後にどういう存在でありたいか」を言葉にして欲しい、という問いは印象に残っています。事業計画の数値の話なら、極論を言うと数字を引けばそれでできてしまいますが、求められているのはもちろんそういう話ではなくて。社会やお客様、従業員との関係の中で、どうなりたいかを「時間軸にあわせて」かつ「言葉で表現してみる」というのは実はこれまで向き合えてきてなかったんだなと感じました。
その中でも特に、組織にどんな従業員が所属していて欲しいのか、その人たちにどんな幸せを提供するのか、を深く議論したことを覚えています。Timersのカルチャーの一つに「Happily(幸せに働こう)」という価値観があります。その言葉についてNEWPEACEさんからも深堀をしていただいて議論しました。

高木:そうですね、初期の議論の段階で「どのような幸せを作っていく企業になるべきか」という会社の根本に立ち返って深堀しました。
当初は新しいビジョンとして「サステナブルな幸せを作る」といったような言葉を候補として出していたのですが、議論を深めていくうちに少し違うなと。これが言葉として悪いわけではないのですが、少し抽象度が高くてTimersを表現する言葉としてはあまりフィットしていないと気づきました。

その時に僕たちとして印象に残ったのは、どういう人が組織に集まってきて欲しいかの話の中で「仕事と家庭をマージしながら幸せに働ける人が良い」という田和くんの言葉でした。すでに今も部分的にはできていると思うのですが、会社としてそのための制度を整えていこうとしていたり、もちろん事業としてもそこに向き合っているというのはTimersの大きな特徴の一つだと感じましたね。

そこから着想を得て今回の新しいTimersのビジョンである「社会の二項対立を溶かす。」という表現に落とし込んでいきました。

「CIは外から持ってくるものではない。すでにあるものから探っていき、見つけるもの」

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高木:新しいCIを検討していく流れとしては、外から新しい考え方を持ってくる、ということをするケースは少ないです。基本的には会社の中にすでにその考え方は持っていて、それを議論する中で拾い上げていき、わかりやすい言葉として客観的な視点も踏まえて編集していく、というイメージです。

田和:色々と話を聞く中で、NEWPEACEさんにすごく特徴的だね、と言ってもらった具体的なエピソードの1つに「メンバーは基本的に家庭の予定も社内カレンダーに入れて共有している」ということがあります。例えば、「保育園や習い事のお迎え」とか、「子供のお風呂」「家事」みたいな予定をGoogleカレンダー上に入れて共有しているんです。これがまさに仕事と家庭の境界線がうまく溶けている事例だなということで話に挙がりました。

高木:実はなかなかそれがオープンにやれている会社が多くはない中で、自分たちの事業と組織で、言っていることとやっていることが一致しているなと思って、僕たちも興味を持ったポイントでした。いまの世の中、例えばジェンダー格差是正、地方と都市の融合、とか色々言われてはいるけれども実態としてまだまだ組織も社会も変わらない中で、1個1個自分たちが実践者となって実態を作り、会社の中に仕組みがあるっていうのは素晴らしいと思います。

田和:ジェンダーバイアス1つとっても、もちろん、組織づくりでは「女性が〜」という観点だけでなく、男性側が大きく変わっていくための制度作りもするし、事業やサービスを通じては女性がよりたくさんのチャレンジできる仕組みを提供して、お客様も自分たちも変わっていくのだと、両面から新しい社会に向けての変化を少しずつ作っていっています。

参照:男性育休の義務や代表の田和が育休を取得したことに関連した「Business Insider Japan」による取材記事

そういう片方だけではなく、両面での変化や改善をした先に何があるんだろうなって考えていったときに、「二つにわかれてしまっている物がより融合していく社会」という新しいビジョンが見えてきました。

「二項対立を溶かしていくカギは”課題を抱えていない立場”の変化やアプローチ」

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松村:今後、「社会の二項対立を溶かす」というビジョンが社会においてどのような役割や位置づけになっていくと考えていますか?

田和:例の1つに地方と都市の格差のような問題があると思います。そういう時に、地方が抱える課題解決だけにアプローチするだけじゃなくて、都市部の価値観や考えを変化させることが回り回って地方の変化に繋がり、大きなインパクトを与えることもあると思います。
地方で雇用をもっと生み出そう、新産業を作ろうと考える場合に、逆に都市部の企業がリモートワークを認め、地方から働けるもしくは地方採用を強化する、地方へ住居を用意するなどでも地方で雇用や経済活動が生まれますよね。都市と地方といっても、物理ではなくデジタルで繋がれる世界なので、そこには別物と分けて考えるのではなく、繋がれるグラデーションが本来あるはずです。地方の何かを育てるのではなく、都市部のアートを引っ張ってきて、そこに地方との繋がりを紡いでも良いわけで。

二項の対立を溶かしていくときに、明確に今課題を抱えていると言われている方”じゃない方”が、実は変化をしたり・アプローチをすること、そこから吸い上げることが、これからすごく重要になってくるのではないかというのは、色んな領域で感じているところですね。

高木:「二項の対立・境界線が溶けていく」という考えは大きな社会潮流としてあると思っています。それは地方と都市という考え方だったり、他拠点居住だったりもそうだし。ある意味で、二つに分けることが効率的な時代から、そういう分け方に対して違和感を感じて「そうじゃない豊かさってあるよね、それ以外の選択肢もあるべきだよね」って思う人が増えていると思っています。

例えば僕の地元の富山では「ウェルビーイング(=本質的な幸福度)」を掲げて「幸せ人口1,000万」という言葉を県のビジョンにしています。都市が未来を作って、地方はそれを追いかけるって図式からも抜けましょう、と考えています。これまでずっと追いかけてきたGDP(Gross Domestic Product 国内総生産)とかではなくてGDW(Gross Domestic Well-being 国内総充実度)という指標で見ていきましょう、というもので、世界でいうとニュージーランドとかデンマークはそれを掲げていますね。

先ほど田和くんが言った話とも通じますが、Timersが面白いと思うのは、インターネットっていうツールや、時代の変化もうまく生かして、地方在住の子供がいる女性たちが、新しいスキルを手に入れてエンパワーメントされ、仕事の機会を持つみたいなことを事業として提供していること。かつ、男性がもっと家庭に入りやすくなっていく制度を会社として作ることも同時に行い、より「今まで規定されていた境目の設定」を疑っていく、「飛び越えていくための仕組み」を作っていく、というのが実践できていることだと思っています。

それはTimersに限らず、今後数十年は、社会に対して出す価値として耐えうるコンセプトなのかなっていう感じはしますね。

後編に続く




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