とあるプロポーズ


心はふんわり乙女のまま、20代最後の日。記念すべき最後を飾るのは、マッチングアプリで知り合ったかれこれ2年の付き合いになる貴方。

私ね、学生の頃に猛アタックされて、10年ほどお付き合いした彼がいた。間違いなく彼の目には私しか映ってなんかいなかったし、凄く真面目で優しくて、本当に誠実で、顔も悪くない素敵な人だったの。好みのタイプではなかったけれども「私を愛している」それが十分な理由だったわ。後は押しに負けたのよ、私。

とても素敵な9年間。私の我が儘はなんでも聞いてくれたし、とても支えになってくれたのよ、彼。人間不思議なもので、ずっと愛されているとね、だんだん自分も愛を返したくなるの。我が儘だって程々にしていたのよ。もう3年目には私も心底愛してしまっていたんだもの。彼が涙を流す日だって、一緒に話を聞いていい方向に向かうように努力したわ。彼が毎年くれる手紙にも「君に出会えてよかった」そうして花束をくれるのよ。

周りからも祝福されたわ。誰も彼もが運命の2人だと疑わなかったの。あぁ、これは決して大袈裟に言っているわけじゃあないのよ。本当にお似合いのカップルだったの。私だって特別美人でも可愛い人でもない事はわかっているつもりよ。それでもこの人といる時は私たちは紛れもなく「運命の2人」そのものだったのよ。

別れた理由?それを聞いてしまうのね、貴方って人は。最後の1年目。夢にも思っていなかったわ、私。彼が年下の可愛い後輩と浮気をしていたのよ。もちろん彼はとても正直な人。体を重ねた次の日に私に告白してきたわ。その時の彼、謝ってくれたのよ。でも顔が普段の私と話しているときの顔だったわ。つまりは何が言いたいかってね、「恋をしている顔」だったの。わかるでしょう、そういうのって何となく。

目の前が真っ暗になって、目眩がした。乗り慣れた車の助手席で、繁華街の光が雨も降っていないのにゆらゆらに滲んで揺れた。

嫌よ、そんな訳ないわ。私は女優でもモデルでも大金持ちでもないけれど、彼からの愛にだけは絶対の自信があったの。彼が泣いて謝ってくれるなら、ううん、「もうしないよ、気の迷いだ」「僕にはやっぱり君だけなんだ」そう言葉を続けてくれるなら、許してあげたわ、そうするつもりだったのよ。でも彼は、もう恋に落ちていたの。私わかったわ。恋に落ちる事だけはどうにもならないもの。恋人がいても、家庭があったとしてもね。

ねぇ、ところで急にそんなこと聞いてどうしたの?貴方らしくないわね。貴方は私が彼にふられて、もうどうでもいいなんて思っていた頃に、こぼれる想いをあっという間にスプーンで掬って行ったのよ。別に誰でもよかったの、寂しい心を誤魔化すことができたなら、騙されても殺されても、もうどうでもよかったの。そんな気持ちで私初めて貴方に会ったのよ?

会って5分で貴方は車を走らせたわね。このままホテルにでも連れて行かれてしまうのかしら、なんて毅然に振る舞ったけど怯えていたのよ、内心。そのまま1時間くらい、初めましてどうし、ぎこちない会話を続けながら着いたのは満開のひまわり畑。似合わないことするんだなぁって、笑ったわ。私ね、彼以外の男の人を知らなかったの。私の初めて全部が彼だったからね。向日葵を一輪折って私に手渡す貴方に、なんだか心底ほっとしたの、貴方でよかったなんて思ったわ。

今夜だけでいい

なんて思っていたのに、貴方も私を都合よく使うくせにとっても優しいのずるいわ。私以外にそういう相手がいないのなら、私を恋人にしてくれてもいいのに、本当にずるいわ。私だって貴方以外に夜を共にする人はいないのに。

昔の話なんて聞くのはやめて、期待してしまうわ。え?期待してもいいのにって?嘘よ、貴方この前行った居酒屋さんでもそう言って笑って誤魔化したわ、忘れてないんだからね。

身体だけは無駄に重ねて、彼よりも貴方の仕方を覚えてしまったのに、今日も私と貴方は恋人ではないのね。もう期待するのも疲れてしまったからこれでいいの、いいのよ。ただ貴方にもしも恋人ができたらその時は何も言わずに離れてね、それだけはお願いね。

ねぇ、私明日誕生日なの、明日で30歳よ。不思議ね、子どもの頃はもうとっくにお母さんになってると思っていたの。え?プレゼントなんていいわよ今更。どうせ貴方知らなかったでしょう。渡したい物?あら、サプライズなんてしてくれるの、珍しいわね。嬉しい

それはサイドテーブルのランプに揺られて、キラキラ輝いて、こんな光景はあの日みたい。でも全く違うの、心があったかい。

ちょっと急にどういうつもり。からかっているの?

声が震えてしまう、可愛げがない。私達恋人でもないのに、と言いかけたのにその先は口を塞がれた。

君とこの先もずっと一緒にいたいと思ったんだよ、明日はヒマワリ畑に行こう。幸せにするとは言えないけれど、一緒にいたら君の心が凍ることはきっと絶対ないと思うんだ。

もっと早く、もっと早くそんな素振りをみせてくれたらよかったのに。この2年間私がどんな気持ちで貴方と過ごしたか分からないでしょう。

君が僕を想って過ごした2年間。我ながらずるいとは思うけれども彼と過ごした9年間よりもずうっと僕を考えていたはずさ。君が笑って話せるような日が来たら僕のものにしてしまいたいって、向日葵を渡したあの日から思っていたんだ。

なんてずるい人、ずるいわ。最初から彼の思い通りだったなんて。


お腹いっぱいにはんぺんが食べたいのでお願いします。