知久淳/Wheel Chair Novelist

車椅子文筆家。車椅子さすらいビト。車椅子DJ。車椅子飲んだくれ。ハンドバイクレーサー。…

知久淳/Wheel Chair Novelist

車椅子文筆家。車椅子さすらいビト。車椅子DJ。車椅子飲んだくれ。ハンドバイクレーサー。 Wheel Chair Novelist.Wheel Chair Traveler.Wheel Chair DJ.Wheel Chair Drunker.Handbike Racer.

最近の記事

『月の沙漠の曽我兄弟(エピローグ)』

〈前回のあらすじ〉    人事課の応接室に呼び出された曽我純一は、取締役の工藤から伊東パッケージのデータを閲覧したことについて問責を受けた。 そばには工藤と伊東パッケージの関係や純一と伊東パッケージの繋がりを知っている畠山がいたのだが、なかなか助け舟を出してはくれなかった。 やがて、畠山がテレビを点けると、そこで源田印刷の記者会見が始まり、工藤の悪行が世にさらされた。 エピローグ:金と銀の甕 その後、源田社長は取締役の工藤祐介を解任し、同時に懲戒免職の処分を下した。多

    • 『月の沙漠の曽我兄弟(11)』

      〈前回のあらすじ〉  源田印刷の経理部長である梶原景一が飛び込み自殺を図ろうとしていたところを救った純一は、その足で向かった和田義男の家で弟の大吾と再会をした。長く音信不通だった二人は、互いに工藤への復讐を諦めていなかったことに胸を熱くした。    11・決戦  夕方、営業部に戻ると、すぐさま純一は営業課長に呼ばれた。 「待っていたよ。悪いが、すぐ人事課に行ってくれるか?」 「人事課?」  純一は包装部の横田と共に、伊東パッケージのファイルやそれを作成した河津三郎とい

      • 『月の沙漠の曽我兄弟(10)』

        〈前回のあらすじ〉  自分が勤める源田印刷での工藤による横領が週刊誌で取り上げられると、曽我純一は胸騒ぎを抑えられずに出版元の北条出版へと足を運んだ。  そこで記事を執筆した和田義男を紹介され、氏の自宅へと向かう途中で飛び込み自殺を図ろうとした梶原を救う。  10・再会  固い沙漠の砂を踏み締めて歩く駱駝のように、とぼとぼと三鷹の和田邸の玄関を出ると、その門の前に人影があることに大吾は気付いた。  ふと見上げると、そこには清楚な白いワイシャツにスーツを着た自分と同年

        • 『月の沙漠の曽我兄弟(9)』

          〈前回のあらすじ〉    和田の自宅で、大吾は「月の沙漠」のメロディーを耳にし、自分がどこに向かっているのか、どこにも辿りつけないのではないかと苦悩する。  すると、思いがけないことに和田が大吾の父の名を口にし、大吾は心を乱した。  9・梶原景一、命を預ける 「なんですか?曾我という名が、それほど珍しいですか?」  親の借金のカタに身売りされて奉公に来た小僧を品定めするように、したり顔で自分を見上げた佐々木を純一は睨み返した。 「うん、悪くない。いい目をしてる」

        『月の沙漠の曽我兄弟(エピローグ)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(8)』

           不意に、和田義男宅の居間に流れるジャズのメロディーが、『月の沙漠』であると、大吾は気付いた。  その歌を中学校での音楽の授業で聴いたことがあった。しかし、和田邸の居間に流れる月の沙漠は、記憶の中の月の沙漠よりもアップテンポで、情緒に乏しかった。  なぜ「砂漠の月」ではなく、「月の沙漠」なのだろう。  砂漠に浮かんでいる月を頼りに駱駝に乗った旅団が砂漠を行くのなら「砂漠の月」が相応なタイトルだっただろうが、「月の沙漠」となれば、大吾は月面に広がる無限の岩場を連想せずにい

          『月の沙漠の曽我兄弟(8)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(7)』

           純一は現代の耐震基準などとても満たしそうにない古びたビルの前にいた。そこには慎ましく『北条出版』という看板が掲げられていた。  小さなエレベーターが設置されていたが、純一は最上階の三階にある編集部まで、暗い階段を昇っていった。  純一は自分の属する会社を告発するつもりでいた。  戦国や平安の時代なら工藤の自宅に乗り込んで、刀を振りかざしてその首を打てばよかったが、現代ではそれも叶わない。できることと言えば、工藤を社会的に抹殺することしかなかった。ただし、テレビや週刊誌

          『月の沙漠の曽我兄弟(7)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(6)』

           源田印刷全社員に緘口令が布かれた。特に社外に出掛けることが多い営業部の社員には、より厳しい警戒が命じられた。  純一は内心で焦っていた。  同期の横田が伊東パッケージのファイルを見つけてそれを疑問視したことに加えて、週刊誌の記者が水面下で源田印刷の裏事情を偵察していたことが分かった。このままでは源田印刷に致命的な損害を与えることは免れなかった。  だが、純一が焦っていたのは、そんなことを懸念していたからではない。このまま指を咥えて局面を眺めていては、自らの手で父親の敵

          『月の沙漠の曽我兄弟(6)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(5)』

           大吾は引き続き和田義男の担当を続けていた。  その日も遅れている原稿の催促のために和田の家を訪れていた。  大吾はいつものようにインターフォンをたて続けに三度鳴らして、勝手にドアを開いて家に上がり込んだ。 「おじゃまします」  その声は奥の書斎にまで届かない。家政婦がいるわけでもないので、誰からも返答がない。  和田には妻がいるが、随分と長い間別居状態にある。本人が言うには決して仲違いしているわけではなく、それぞれの生活パターンを尊重するためらしい。その証拠に、週

          『月の沙漠の曽我兄弟(5)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(4)』

           入社して三年が過ぎ、純一は、その温和で柔らかい物腰から、営業部のエースとなって源田印刷に貢献していた。しかし万が一、包装紙のセクションに配属になっていたら、果たしてこのように溌剌と仕事ができていたかどうか、純一本人も自信がない。  幼いころから自宅の隣にあった印刷工場で、多くの包装紙やショッピングバッグを目にしてきた。それらは純一と大吾の遊び場の記憶そのものだったのだから、自分を形作る物語の「起」から「承」の部分を網羅していたはずだ。そんな環境で心穏やかに仕事として割り切

          『月の沙漠の曽我兄弟(4)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(3)』

           恵比寿の串揚げ屋の個室で、工藤祐介は経理部の梶原景一と向かい合っていた。二人の前には冷酒が満たされたガラスのとっくりと、何本かの串揚げの載った皿と、北海道で獲れたというホッケの干物が置かれていた。これまで、すでに刺身や煮物を平らげ、酒の酔いも随分と回っている。しかし、良い気分なのは取締役の工藤ばかりで、経理部の梶原は顔面蒼白で今にも嘔吐してしまいそうな面持ちだ。  それを上目づかいに見た工藤は、口の端を曲げて嘲笑を零し、梶原を見つめたまま、酒を満たしたガラスの猪口をその口

          『月の沙漠の曽我兄弟(3)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(2)』

           純一と二つ歳の離れた弟の曽我大吾は、北条出版という会社で編集者の見習いとして働いていた。 「おい、大吾!和田先生の原稿どうなってんだっ?」  机の上に山積みになった本や雑誌の向こうから、佐々木高司編集長の怒号が飛んで来た。 「すんません。まめにあおってるんですけど……」 「馬鹿野郎!あおってる段階じゃねぇだろう!もうとっくに締め切り過ぎてるんだ。それから寝ずに校正するのはお前なんだぞ。さっさとラチって、どっかのホテルにこもってもらえ。もちろん、ホテル代は原稿料から引か

          『月の沙漠の曽我兄弟(2)』

          『月の沙漠の曽我兄弟(1)』

           まだ肌寒さが残る四月、眼前に聳える八階建ての大きなビルを見上げると、スカイラインを掠めた朝日が曾我純一の瞳を刺した。  大学を卒業した純一は、印刷業界の大手である源田印刷への就職を決め、この日、入社式に臨むところだった。腕にはおろしたばかりのトレンチコートを掛けている。 「やっと、ここまできた……」  純一は陽光の眩しさに目を細めながら、そう呟いた。  自動ドアを抜けて、源田印刷のビルに入ると、エアコンの効いた乾いた空気が純一を包んだ。視線を泳がせて受付を見つけると

          『月の沙漠の曽我兄弟(1)』

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(epilogue)

          〈前回のあらすじ〉  敬光学園にやってきたフランス車の女は、黒尾からの会社を引き継いだ取締役だった。彼女は黒尾から届いた一冊の本を諒に手渡した。それは海に身を投げようとした柳瀬結子が持っていた直の本だった。それを見たかおりは、直のことを心の温かい人だと言った。 エピローグ・鈍感は鈍感なりに、愚直に生きるしかない  それからかおりは、しばらくその紙片を持ったまま、何かを思案していた。 「どうした?」 「ううん」  僕が俯いたかおりの顔を覗き込むと、かおりは口角を上げて笑

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(epilogue)

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(75)

          〈前回のあらすじ〉  正常な放送を取り戻しつつあるテレビやラジオから、千葉県の港で水族館のトラックが発見される事件が報道された。諒とかおりはそれが黒尾の仕業だと確信した。黒尾は恐らく竹さんと共にマナティーを含む海獣たちを救ったのではなかろうか。黒尾はウルトラマンになったのだ。 75・掛け算の九九≒竹さんの靴  ひと月が経ち、ふた月が経ち、冷たい風はゆっくりと春の麗らかさを運んできた。その頃には、ところどころに仮設住宅も建ち始めた。誰の心にも不安や悔恨は残ったままだったが、

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(75)

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(74)

          〈前回のあらすじ〉  諒とかおりは敬光学園に留まり、そこで炊き出しなどのボランティア活動に勤しんだ。そうすることでかおりの父親や竹さんがいない不安を誤魔化すことができたからだ。そんな混乱の中、竹さんが忘れ物を取りに戻ったように半纏を着て、帰還した。 74・黒尾は、ウルトラマンになったのだ。  避難命令が出たというのに一人で水族館に戻った竹さんが、その後水族館で何をしていたのか、黒尾とどこで出会い、どこで別れたのか尋ねたが、竹さんは「よかった、よかった」と言うばかりで、その

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(74)

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(73)

          〈前回のあらすじ〉  竹さんが避難してきていると思っていた敬光学園に、竹さんの姿はなかった。一度水族館から避難したものの、隣町から水族館に引き返してしまったそうだ。それを知った黒尾は、一人で水族館に向かった。かおりのヒーローになれと諒に言い残して。 73・生きるための輝きを放つ  余震はいつまでもやまず、被災者たちに安堵の時を与えてくれなかった。昼夜を問わず敬光学園には次々と被災者が詰めかけ、最早十分な寝食を与えられる場所ではなくなっていた。  すでに敬光学園が蓄えてい

          竹五郎さんとマナティー〜FUKUSHIMA TRILOGY Ⅰ(73)