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ピノとお散歩シリーズ「ママはスーパー戦隊ヒーロー」

8月になった頃から、赤ちゃんをおんぶして、右手に幼児左手で犬を連れ、早朝の公園を散歩している親子を見かけるようになった。

夏は暑い。当たり前なのだが、それにしても最近はひどい暑さだ。猛暑、酷暑、炎暑。地球温暖化は、言葉まで進化させている。おかげでパピヨンの愛犬「ピノ」と散歩する時間は、どんどん朝早くなってきた。ボクは毎日2回、朝と夕方にピノと散歩をしている。雨が降らない限り、これがボクとピノの長年の習慣となっている。
夏になると愛犬とのお散歩時間がどんどん朝早くなっていくのは、愛犬家ならみんな同じだろう。太陽が昇って気温が30度近くなったら、人間は暑くて散歩なんぞやってられないし、ましてアスファルトの道路は40度近くなるから素足の犬は火傷しかねない。
だから毎年夏になると、愛犬家のお散歩タイムは朝6時から7時の間に次第に収斂していく。おかげで、普段はめったに会わないワンコたちとも、夏は毎朝のように出会えるようになる。暑さのピークのお盆休みの頃には、お散歩すると知り合いのワンコたち十匹と出会い、ピノはそのうち三匹のワンコと鼻でご挨拶していたから、やたら散歩の時間が長かった。ボクは昔から目覚めが良いので、朝6時過ぎから愛犬と散歩することくらいは朝飯前だ。だけど朝食前なので、散歩が長くなるとハラが減るのは困ったもんだ。ピノはやたら道草ばかり食っているので平気のようだが。

いつものように朝起きてスマホでウェザーニューズを確認すると、7時過ぎには気温28度になると出ている。あわてて寝ぼけマナコのピノを連れて散歩に出かけることにした。ドアを開けるとムッとした空気。しかも雲一つない快晴だった。お天道様はまだ低空飛行しているので影は長く、ボクはルフィのように細く長い足となり、オオカミのような大きなピノの影を引き連れて散歩することになった。
近所の小川沿いのお散歩ロードにある木々では、まだ早朝だというのにミンミンやらジージーやらツクツクやら、セミたちが混声合唱をしている。ボクとしてはカナカナが好きなのだが、もうしばらく待たないと出番が回ってこないようだな。遠くの方で歩いているのはいつもの柴犬だろう。大きな帽子をかぶっているおばさんをお供にして、テクテクと散歩していた。
団地を抜けると、狭い路地に立ち並ぶ古くからある住宅街となる。しかしここはいつも小ぎれいだ。朝早くからおじいさんやおばあさんが、せっせと道路のごみや雑草を取り除いているからだ。小さな庭には今が盛りのペチュニアやマリーゴールドが咲き乱れ、散歩していて気持ちがよい。「癒しのヘアーサロン節子」を過ぎると、古い木造の剣道場がある。昔は剣道を習っている子供たちを見かけたのだが、最近はいつも閑散としている。お線香の匂いが、かすかに漂っている玄関前には、ナスに割りばしを刺した精霊牛が、静かにたたずんでいた。こんなところに置いて、よく猫や犬に食べられないもんだなと思ったのだが、ピノは見向きもしない。今どきの舌の肥えたペット様のお口には、きっと合わないのだろう。

のんびりと小道を歩いていると、大きな広場のある公園に着いた。広場では朝6時半だというのに、サッカー練習に真剣に取り組んでいる親子がいる。それにしても今日は散歩しているワンコが少ないな。ボクが入ってきた入り口と反対側に、誰かが散歩しているようだ。だけど遠くて誰かはわからないが、どうも子供連れのようだった。ボクはいつものように、ゆっくりとグラウンドの周りをピノと歩いていく。近づくと、最近時々見かけるようになった犬を散歩させている親子連れだ。赤ちゃんをおぶって、3歳ほどの男の子と手をつなぎ、小型犬を引っ張っていた。さっそくピノは近づいていき、そのワンコにご挨拶しようとする。その小型犬はダックスフンドのように足が短いのだが、やや太めで丸顔だ。どうもミックス犬のようだな。ピノはいつでも逃げられるように慎重に近づくが、相手は怖気づいている。

ボクはしゃがんで
「大丈夫だよ。この犬はおとなしいからね」とワンコに話しかけた。
すると、赤ちゃんをおぶって白いマスクをした若いパパは、
「この犬は臆病なんですよ」とワンコの代わりに答えてくれた。
「おや、そうなんですか」
ボクはしゃがみこんだついでに、パパの後ろに隠れていた男の子に向かって
「この白いワンちゃんに触ってごらん。モフモフしてるよ」と呼びかけてみた。
「この犬は子供が大好きで、何してもおとなしくしているから大丈夫ですよ」とパパを安心させてみる。
「ヒロト。おとなしそうだから触ってごらんよ」
男の子は、おそるおそるピノの背中を触ると、やっと笑顔になった。
「ありがと。ね!モフモフでしょ」「うん」
「ワンちゃんは好き?」「うん」
「ヒロトは赤ちゃんのころから、このマルと一緒だからね」
「そっか、よかった。しかしお子さんを二人も連れて散歩とは大変ですね」
「いや~ママが夜勤の時は、早朝でないとマルの散歩ができないんですよ。子供もぐずるし」
「おや、そうでしたか。パパは大変だ」
突然、ヒロトくんが「ママは、いまコロナと戦っているんだ」と言い出した。
「キラメイジャーに呼ばれて、敵のコロナと戦ってるんだ」
「そうなんだ。ママは凄い人なんだね。ヒロトくんも応援しなきゃね」
「うん。だからさびしくないよ」
「えらいな~。男の子は強くならなきゃね!」
「ボクも大きくなったらスーパー戦隊に入って悪者と戦うんだ」
「病院は今人出不足なので休めないんですよ。だからママが夜勤に行くときは、いつもヒロトにキラメイジャーに呼ばれたと言って病院に行くんですよ」
いつのまにかピノとマルは鼻で挨拶を交わしていた。よかったね、ピノ。

ボクは若いパパと別れて、広場を後にした。足長のルフィとオオカミは消え去り、短足のオヤジと小さなタヌキの影が後をついてくる。ピノには水筒から水をあげ、また元のお散歩ロードで家に向かった。
「ね、ピノ。最近のスーパー戦隊には女性隊員が二人いるんだよ。あのママはピンクとグリーンのどっちかな?」ピノは、知らん顔していた。

ピノとお散歩シリーズ

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