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非日常とは一体何なのか⑤ーストーリーを作り出す仕組みー

展示空間は大きな影響力を持っている。
場所を区切って空間を作り、物を集めてきて分類して並べ、その空間に身を置いてそれらを眺めること、それはシンプルで日常的でありながら、実は想像以上に大きな意味を持ち、大きな影響力を持つ。

それは人が世界をどのように認識しているか、そしてその世界で自分自身はどのように存在しているのかという理解であり、その人の脳内の状態を顕著に表しているのだ。

非日常性が明らかになるまでのロードマップ

展示とストーリー

ミュージアムのような展示空間に身を置いて、順を追ってそのような展示を見る・鑑賞するという体験は、その空間の製作者の世界観にふれることを意味するが、それは単なる体験の一つにとどまらない。実は、見る人の感情や記憶や自己認識にも影響を与え、思考、行動に影響してくるのだ。なぜそれほどまでに大きな力を持つのか。その後ろには「ストーリー」が関係しているからだ。この仕掛けは近代期に次々と各国で設立されていったミュージアムにあった。

ミュージアムは近代期にはいるとヨーロッパのあちこちの国で、次々と設立されるようになる。また日本でも同時期である明治初期に初めてのミュージアムが誕生している。この時代にミュージアムはなぜ必要になったのか。

近代ミュージアムの展示の特徴

近代的なミュージアムの展示では、自国独自の伝統や文化、自然、表現スタイルなどの特異性が強調され、自国と他国の比較を促すような意図的な世界観が作られていたという。

地域、流派、歴史区分などシステマチックに分類され、秩序付けられ、順序良く並べられた展示が用意されたルートを見て回っていると、客観的事実に基づく歴史を進化の過程として捉え、自分たちの祖先のルーツを確認し、自分たちがこの先の未来を担う主体なのだという自覚を生じさせる。「過去と未来、互いを照射し合い保証する鏡のホール」(𠮷荒 2014 : 170)として存在した。また、鑑賞者が自ら足を運ぶ主体的で自発的な行為であるため、自ら獲得したものであると錯覚していたのだという。展示品たちはその場にあるだけで歴史を語り、これらを見ていくことは、歴史を軸にしてその中に各自のアイデンティティを見つけていく。このようにして鑑賞する人々は自分たちがその国に属する国民であると認識し、同じ国民として周囲の人々と共同体の意識や一体感を生み出すことができたというのである。

脳に情報を転送する

ミュージアムのような展示空間に何をどのように並べて見せるのか。ある特定のテーマやストーリー、メッセージを設定し、それをもとに様々なモノを選択、削除、秩序付けして空間を創っていく。意味づけされた展示は、見る人の感情や記憶や自己認識に影響を与える。その空間に身を置いて、順序を追って特定の基準で区切られた展示品を見ていくなかで、鑑賞者の頭には、自然と無意識的にモノとモノとをを繋ぐストーリーが形成され、ものごとの分類や境界線を認識し、その中での自分の立ち位置を意識するようになる。

そうして作成者が意図して作り上げた特定の価値観や認識、ストーリーをインプットしていく。展示空間は人から人へ脳にメッセージや世界観、ストーリー、アイデンティティなどといった情報を転送していくことが可能となるのだ。つまり、空間を通して情報を発信する者と受け取る者の構図が成り立つというわけだ。

自己認識と人々の団結

ミュージアムの持つストーリーは各個人にその国の国民であるという自覚「国民意識(ナショナリズム)」を生じさせる。これにより、同じ国家の国民であると認識することで国民としての集団統一が可能になる。ミュージアムは国家という集団のシンボル(象徴)としての役割を果たしていた。

この仕掛けは、この時代の社会に必要不可欠だった。社会の仕組み制度が大きく変わる時代に「集団を統合する」ことができず、人々が順列なしにバラバラになると、大混乱となり、大変なことになるからである。

団結できないことの危険性

ヨーロッパの一例としてフランスのルーヴル美術館の開館したころの時代に着目する。1792年に王族が捕らえられたことから始まり、それまで成立していた絶対王政というシステムが崩壊、各地で革命が起こるという大変革の時代だった。革命が起こると民衆は絶対的な支配から解放され自由の獲得に歓喜していた。しかし同時に、慣れ親しんだ社会システムが崩壊したことは、大きな不安や恐怖とも隣り合わせだった。

実際に革命政府内では分裂が起き、 陰謀、策略、暗殺や処刑が繰り返され、人々はバラバラになり、「暴徒化した、反抗的な、危険な集団」となった。社会基盤の変動は民衆を大きく混乱させたのである。そして物価の高騰、反乱と弾圧、隣国への侵攻、国同士の競争などと、まさに危機的状況にあった。

再び安定した社会を作り出すためには新たな枠組みが必要であり、国家という枠の中に民衆を国民としてはめ込むことで、それが可能になると考えられた。バラバラだった各個人を一つにまとめ上げることにより実現しようと試みたのだ。

明治期の日本では

日本での近代的ミュージアム誕生時も社会背景としては類似点が多く、江戸から明治への大きな社会変革の時代であった。

西欧列強の圧力から開国と近代化を余儀なくされ、封建制度という社会基盤は崩壊した。民衆は同様に身分制度や拘束性から解放され、明治の新たな文明に期待や高揚感を抱いていた半面、やはり慣れ親しんだ価値観を失った不安や緊張も大きかったようだ。政府に対する各地での反乱や西南戦争だけでなく、アジア隣国へ圧力をかけていたこともその具体例として考えられる。

このような混乱状態を脱するためには人々を「国家」という枠組みに当てはめ、強力な政治体制を築き、印象付けることで国民を統一する必要があると考えられた。このような時代において、ミュージアムはバラバラだった人々それぞれに対してこの国の国民であるという認識を作り出し、そうすることで安定した集団として団結し、また日々の日常的な生活が過ごせるようになったというわけだ。

国家や制度といった社会的な仕組みが崩れてしまうと、人々は混乱し、とても危険な状態になる。私たちが日々当たり前のように手にしている安全で安定した「日常生活」を送れるように、陰から支えてくれていた仕組みがそこにはあった。ミュージアムもその一つとして機能していたのだ。

空間デザインは人間をコントロールするのか

展示空間のモノの配置・デザインは見ている人の頭の中にストーリーを形成させ、自己認識に影響を与える。それは人々を集団として団結させる力を持ち、また、人の感情・思考・行動にまで影響を及ぼすという危険さえ伴う。なぜそんな大それたことが可能となるのか、そこにはストーリーが関係しているからだ。ここで登場した「ストーリー」「デザイン」「自己認識」というキーワードはさらに深堀する必要があると考える。一つずつ順番に見ていこう。

参考文献
・𠮷荒夕記『美術館とナショナル・アイデンティティ』玉川大学出版部 2014

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