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【まとめ】観光&出張行く前に知っとこう!沖縄の歴史ポイント3つ

10月に長期間で沖縄に滞在する出張があり、
日々の楽しみに、お店や家の前にあるシーサーの写真をインスタにUPし続ける
#毎日シーサー生活  をSTART

おしりがきゅっと上がったタイプが好き❤


屋根の上に鎮座がクラシックなタイプ。家の前にでてきたのは明治かららしい


表情は1つ1つ豊かで本当にかわい


「なぜ沖縄にだけシーサーがいるの?」
という素朴な疑問から、
今回シーサーの歴史を調べ、
沖縄県美で展示をしていた「琉球と倭寇」展に行って、日本史・朝鮮史・中国史の自分の知識と琉球の歴史がピタァァァァァっとハマる
気持ちいい体験をして、一気に沖縄にハマりました。はじめまして、琉球の歴史!

建築も素晴らしい美術館!


自分なりに友人らにも色々聞いて、
改めて知った「沖縄」のこと


沖縄料理と泡盛と国際通りと青い海で満足!しだった皆さまにも、基礎知識として、
是非知ってもらいたいと思い、まとめます。

①もともと450年続く「琉球」という王国だった


まず絶対抑えておきたいのは、
沖縄の前は「琉球王国」だったということ
全く日本とは違う歴史を歩んできてます

博物館にあった子供向けの「琉球王朝貿易すごろく」 これ、超わかりやすい!

「琉球王朝」は、沖縄本島と周辺の島々を1つにまとめて、14世紀から江戸時代に貿易で栄えて、上の写真のように
中国、台湾、インドネシア、フィリピン、タイと船しか移動ない時代に
率先して船で東アジア一帯の国々と物々交換をしまくって”転売ヤー”並みに、
日本にも他の国の珍しい物を売ったりしていく、貿易国家として大きな軍隊や、土地がなくても占領されることなく栄えました。

当日沖縄から商人たちは中国の福州へいき、「琉球館」に滞在。彼らと一般の人も中国へ渡れる時期もあったみたい。楽しそう!
千利休らが使ってた中国の茶碗は、
ほぼ琉球経由で売買されたもの
値段が落ちないように琉球でストックしてたのが
首里城近くで見つかってる


日本との歴史の対比はこちら。
日本のサムライの時代=琉球王国が合致!

②明治に入り”琉球処分“、「沖縄県」誕生

「琉球処分」って改めて見ると、とんでもなくひどい言葉。
今回の沖縄滞在中にイスラエルがパレスチナに対して攻撃を開始。これってイスラエルによる「ガザ処分」だな、と思った。
とにかく明治時代に、長きに渡り栄えた「琉球」を処分した。
徳川幕府から天皇制に移行する超転換期に乗じて、明治新政府は、違う国、違う言葉、違う文化の琉球を、日本に併合しました。

貴族だけがお金持ちで、庶民たちは字も読めなかったという当時の沖縄では義務教育がはじまり、近代化が進みます。
経済的に厳しい庶民らは、貧困から抜け出そうと、ハワイ、南米、その他の国に出稼ぎにいって移民になって、家族に仕送りをして支えていき、現地化していきます。
今でも多くの移民3世4世が世界各地に住んでいて、日本語は話せないけど沖縄ルーツだ!という人々を沖縄に歓迎するイベント「世界のウチナーンチュ大会」を5年に一度、4日間沖縄で開催。地元住民と世界のうちなんちゅとの文化交流をはかるイベント、誰がはじめたんだろう、とても素敵。難民や移民は年々増えているんけだけど、こうやって自分のルーツやアイデンティティを確認でき、おかえり!と言ってもらえる、文化イベントって、世界の他に存在するのだろうか?

私の出張中もファミマに「世界うちなーんちゅ週間」のポスターが貼ってあった!

③沖縄は「アメリカ」だった

琉球王国から日本になった沖縄だけど、
第二次世界大戦では日本の国土で唯一激戦区に。
前代未聞の市民を巻き沿いにする戦い方で、県民の4人に1人が亡くなるという最悪の悲劇を経て、日本も同年に敗戦。そこから戦後27年も、アメリカの統治下になりました。
(日本に併合されてからまじでずっと悲惨じゃねえかよ、沖縄・・!)

「沖縄県民は飲み会のあと、シメにステーキを食べる」
とケンミンショーでわぁわぁしてたりするけど、それアメリカだったから、ステーキ屋がたくさんあるんだね・・・
日本で唯一の免税店DFSが那覇にあるのもその名残。私達の母親世代が生まれたときは沖縄はまだ外国だった。タコスもアイスもハンバーガーもサンドイッチもそりゃ美味しいね…..。

1972年5月15日に日本に沖縄が復帰してからも、今なお続くのは、米軍基地問題。
日本に戻ったけどアメリカの基地がある。

知っているが体感したことがまだなくて、
今回はじめて、沖縄で一番大きな嘉手納基地のあるコザへ連れて行ってもらいました。

↓わかりやすいMAPを拝借

那覇の上、きゅっとくびれた沖縄市にコザはあります

沖縄県中部、沖縄市にあるコザは、米軍基地のゲートがある通り「ゲート通り」とローカルが朝まで飲んでるエリアで雰囲気がくっきりわかれてます。
ゲート通りはらハロウィンの週ということもあり、「え、まじでここ日本なの?」とビビるくらい週末お休みで外に遊びに出かけてる米兵の若者がいて、大賑わい。

グアムかな、西海岸かな、え、日本なの!?
店の前でヒスパニック系と黒人系が喧嘩をはじめる
いやいや店の前に人溢れすぎ・・・w

こんな感じで賑わう金曜の夜ですが、
コザの歴史を感じられたお店はこちら

今は色んな人が1ドル札をお店に貼っていってます

アメリカ統治時代、
泥沼化するベトナム戦争に向かう米兵は、ほぼ沖縄から出兵していきました。出兵前にお酒を飲みに来て、兵隊さんが1ドル札に名前を書いて壁に貼る。戦争から戻ってきたらそのお金を使って飲む。でも、残っているということは。そういうこと。

パスポートなしで、こんなにアメリカの歴史をダイレクトに感じられる場所があることに衝撃。国際通りでオリオンビールのTシャツ買ってる場合じゃない。

北谷の観光名所アメリカンビレッジも、
米軍基地が返還されできたリゾート開発エリア
インスタジェニックをもとめ
観光客がうろうろしてます

ということで、琉球王国から現在の歩みを
ダイジェストでまとめてみました!

沖縄の素晴らしいところは「ちゃんぷる~」
常に他の文化の影響を受けて、混ざり合って沖縄らしさが生まれているところ。
中国の宮廷文化にシルクロードの影響、
アメリカや日本の文化も混ざり合い、 
独特の世界が生まれてる。
黒か、白か、敵か、味方かではなく、良い部分だけ混ざり合っていけば平和になる。

この温暖な気候と青い海が、このしなやかさを生み出していると思うから、
とにかくこのまま美しい島、文化を残していきたい。こんな場所、世界のどこにもありませんからね。
知れば知るほど、三線の音も、あちこちのシーサーも
沖縄料理もみなさんも愛しくなりました。

それぞれの時代に起きたことや、
離島の文化にももっとこれから詳しくなりたい!












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