見出し画像

アメリカの対中戦略ーその明確な転換

3月3日、アメリカ・バイデン政権は、安全保障戦略の策定に向けた指針を公表するとともに、ブリンケン国務長官が初めてまとまった形での外交演説を行いました。それらの中で、特に中国に対する強い警戒感が表明されました。これは冷戦終結後にアメリカがとってきた対中政策の基本方針が、明確に転換されたことを示すものでした。

中国に対する警戒感の高まり

3日公表された「暫定国家安全保障戦略指針」は、今後バイデン政権が国家安全保障戦略を策定する上での指針(ガイダンス)との位置づけです。

その中で、「民主主義国家は、(その内部の脅威とともに)外部の敵対的権威主義勢力にますます脅かされている」とした上で、「特に中国は急速に我が物顔にふるまうようになり、もはや経済・外交・軍事・技術の力を組み合わせて安定的・開放的な国際システムに継続的な脅威を及ぼしうる唯一の競争者となっている」と指摘しています。

また、「多くの分野で、中国指導部は不公正な優位を求め、攻撃的で威圧的にふるまい、開放的で安定した国際システムの中心にあるルールと価値観を害している」とし、これに毅然と対抗していく姿勢を明確にしています。

同日、これに先立ち、ブリンケン国務長官が演説を行い、「2009年や2017年とは、課題への取組も異なってくる」と述べ、オバマ政権成立時やトランプ政権成立時とは状況が異なっていることを強調しました。「過去4年間がなかったことにはできない。新鮮な目で世界を見なければならない」と述べました。

その中で、「21世紀における最大の地政学的試練」として対中関係を挙げました。ロシア、イラン、北朝鮮、イエメン、エチオピア、ミャンマーといった脅威・危機を挙げつつも、「中国の脅威は別格だ」と述べました。そしてここでも、「中国は、経済・外交・軍事・技術の力を用いて、安定的で開放的な国際システムを深刻に脅かす唯一の国だ」と断じました。また、人権、民主主義という「我々の価値のために立ち上がらなければならない。そうしなければ、中国はさらに無法な行動に出るだろう」と述べました。

ここで示された対中認識および対中政策の基本方針は、これまでのアメリカの姿勢を明確に転換することを意味していると思います。ここでいう「転換」とは、トランプ政権のとった方針からの転換ではありません。むしろ、トランプ政権が開始した転換のプロセスをバイデン政権が引き継ぎ、それによって冷戦終結以降の対中政策の大きな流れが転換されることが確実になったということです。

あきらめたアメリカ

対中政策については、バイデン政権がトランプ政権のレガシーを受け継いで継続、発展させていくことを期待する趣旨のことを以前にも書きました。

米国をはじめとするリベラル民主主義の国々は、これまで中国が改心していくことを期待していました。冷戦が終結し、共産主義・社会主義体制がうまく機能しないことが明らかになり、01年には特別な配慮で中国のWTO加盟に同意しました。

国際的自由主義経済の中で、中国が改革開放をすすめれば、人権や民主主義に対する理解が深まっていくことを期待したわけです。経済発展の中で、中国の中間層が豊かになり、政治的な意識が高まれば、自然に民主化に向けた改革が進み、国際社会におけるリベラルなパートナーになっていくことを想定していました。

しかしながら、現実にはそうはなりませんでした。むしろ、リベラルな社会の開放性を逆手にとり、そのナイーブな弱点を利用し、共産党一党支配の強権的な勢力を多方面に向けて拡大してきました。多くの中小国が「一帯一路」構想を通じた債務の罠に落ち、南シナ海では明確に違法とされた中国の活動が拡大しています。

自らが、自由や民主の価値を理解しないのみでなく、他国がそのような価値から離れることも利用してきました(この点は、以下の記事も参照ください)。

中国国内の政治体制も、自由化・民主化するというよりは、むしろ最近は、国家主席の任期制限を撤廃するなど、強権的性格を強めています。ウィグル、台湾、香港の状況は言わずもがなです。

アメリカの歴代政権は、これまでは中国の人権の状況などに厳しく注文し、中国の「改心」を促してきました。しかし、トランプ政権はあまりそれを行いませんでした。いや、一応行ったことにはなっていますが、真剣みが薄れたと見えます。トランプ大統領自身が、そのような価値観を進める外交に無頓着であったということもありますが、長い目で見れば、アメリカはむしろ中国の自主的改心をあきらめ、別の手段で攻撃に出ることで、強制的に改心させる方向に出たと捉えることができます。

貿易戦争という異例の手段

それはまず、アメリカの貿易赤字の削減という、非常にわかりやすい目先の直接的な目標から開始されました。

トランプ大統領の貿易問題への姿勢は、専ら、自国の利益の確保という目的に突き動かされていました。貿易赤字の問題については、メキシコ、カナダ、ヨーロッパ、日本を含め、全方位に戦いを挑みましたが、その矛先は徐々に対中国に重点が置かれていきました。

トランプ政権は、中国に対し18年夏以降累次にわたり関税を引き上げ、中国がこれに対抗して関税を引き上げる応酬が続きました。当初は、米中相互に340億ドル相当分の輸入品に25%の関税をかけるところから始まり、19年6月までに、アメリカは中国からの輸入品2500億ドル相当に25%の関税を、中国はアメリカからの輸入品1100億ドル相当に25%の関税をそれぞれかけるまでに膨らみました。その後も、アメリカは19年9月から12月にかけて、残りのほとんどの中国からの輸入品目に関税を拡大する考えを明らかにしました。

このような関税引上げの応酬を背景としつつ交渉が行われたわけですが、具体的な交渉の状況はオープンになるものではありません。ただ、漏れ伝わるところでは、当初、米側の貿易赤字解消という目的が前面に出ていましたが、その後はそれに加え、中国による知的財産権の侵害、他国企業から中国への技術移転の強制、補助金による中国企業の優遇政策など、対象が広がっていったようです。

トランプ大統領個人の貿易赤字重視による対中強硬姿勢に、従来から米国政府・議会がいだいていた懸念ー中国の非自由主義的で強権的な国策経済運営に対する懸念ーを解消する意義がのっかった形になったのです。

19年12月、米中両国は、とりあえず第一段階に合意したとして、表明していた追加関税の一部見送り・緩和を発表しました。中国がアメリカから農産物などの輸入を今後2年間で2000億ドル増やすことで同意したのに加え、知的財産権の保護や技術移転の強要の問題についても合意が見られました。

すなわち、中国は、知的財産を保護、取り締まる包括的な制度を制定し、実行する重要性を認め、そのための行動計画を制定することに同意したのです。また、技術移転についても、相手国の関係者に自国への技術移転を強要したり圧力をかけないことに同意しました。

貿易戦争は、中国による輸入拡大のみでなく、このような自由主義経済を脅かす中国の制度に一部切り込むという成果を挙げたわけです。しかしながら、中国企業に対する過剰な補助金の供与という社会主義的構造的課題については先送りされました。

中国の国策的経済運営は、社会主義のイデオロギーに直結するものです。トランプ政権は中国に対し、自由主義経済の中で自由に各国と貿易、投資といった経済活動を行いたければ、中国自身の考え方を自由主義経済に歩み寄ったものにすることを求めたのです。トランプ大統領が意識するか否かにかかわらず、具体的な貿易対立の中で、アメリカは中国にイデオロギー的な改心を求めていったのです。

(なお、この流れとは別に、国策的に政府からのコントロールを受ける中国企業が世界における技術覇権を確立することは、安全保障上大きな問題となります。そのため、ファーウェイをはじめとする中国企業との取引を制限する具体的なステップを開始したのもトランプ政権です。このことについては、また別の機会に書きたいと思います。)

「新冷戦」の開始から継続へ

もしかしたら、トランプ大統領がはじめた貿易戦争が中国によるイデオロギー的改心を具体的に進めさせる方向につながったのは、単なる偶然かもしれません。それはむしろ、貿易赤字解消に向けたトランプ大統領の強いこだわりによって開始された「非自由主義的な」貿易戦争を、トランプ政権の中の「まともな大人」たちがうまく活用していったということなのでしょう。

そのことは、ペンス副大統領(当時)の二度にわたる対中政策の演説(18年10月、19年10月)、20年夏の閣僚・要人による一連の対中政策演説(6月オブライエン安全保障担当大統領補佐官、7月クリストファー・レイFBI長官、7月バー司法長官、7月ポンペイオ国務長官(いずれも当時))において表明された中国に対する広範な懸念、米国民に対する注意喚起によって明らかになっています。

いずれにしても、これはアメリカにとって「乗りかかった船」です。この状況をうまく利用して、中国がこの世界をより良くしていくためのパートナーになるよう具体的な制度変更に向けた圧力をかけていくべきでしょう。もはや、「人権は大切だよね」と言っても聞く耳を持たない相手なのだということをふまえるべきなのです(言い続けることは、それ自体必要ですが)。

今般の「指針」とブリンケン演説は、その意味において歓迎されるものと思います。特に、今回示された方針は、トランプ政権の安保戦略における対中懸念をさらに強めた形になっていることも指摘したいと思います。

トランプ政権において17年12月に公表された国家安全保障戦略では、「世界における米国の地位に影響を与える重大な課題および潮流に対応する」とされ、その対象として、「中国やロシアなど、技術、宣伝および強制力を用い、米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」を挙げていました。

つまり、トランプ政権においては、中国とロシアを並び立つ脅威ととらえていたのです。それに対し、バイデン政権では、上述のとおり、中国の脅威はロシアなどとは「別格だ」とし、中国こそが、脅威を及ぼす「唯一の国」とされたのです。

民主党バイデン政権が、共和党トランプ政権で開始された取組について、そのレガシーを機械的に否定することなく、その成果を率直に認めたことは賞賛されるべきだと思います(トランプ大統領が、オバマ・ケアやパリ協定、イラン核合意を躍起になって打ち消そうとしたこととは対照的です)。バイデン政権においてもトランプ政権が開始した対中政策を継続し、むしろ強化していく方針が示されたということは、もはやこれは「非常識な」大統領が引き起こしたイレギュラーな状態なのではなく、今後も超党派にて団結してこの問題に取り組む姿勢が明確になったということです。

そしてまた、トランプ政権がヨーロッパやアジアの同盟国と十分に協力せずに単独で中国に闘いを挑んだのに対し、バイデン政権はリベラル民主主義の価値を共有する国々と協力して取り組んでいくことを表明しています。このことは、アメリカの国内および国外の双方において、中国の問題に一致協力して取り組む方向が見えたということです。

米中関係について、「新冷戦」という言葉が用いられることがあります。米ソ対立の時代のソ連とは異なり、中国はすでに世界において切り離すことのできない存在となっています。そういう意味で、米中の「分断」というのはあり得ず、バイデン政権も協力すべきところでは中国と協力していくとしています。気候変動、保健衛生、軍備管理、不拡散などです。

しかしながら、「自由」と「民主」という価値の共有に向けたイデオロギー的な闘いは、根本的には「冷戦」的特徴を備えていると言えるでしょう。トランプ政権で明確化された対中脅威認識は、バイデン政権に継承・強化され、さらに国の内外で共有されることにより、ますます「新冷戦」の様相を呈してきたと言えると思います。

協力すべきところは協力しつつも、これまでの太陽政策は転換せざるを得なくなったのです。これは非常に残念なことではありますが、その状況を引き起こしたのは中国なのです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?