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ミャンマー・クーデター~中国の影響力はまた強まるのか

2月1日にミャンマーで起きたクーデターについては、国の内外で批判が高まっています。国内ではデモが続いており、国際社会からも非難の声が上がっています。アメリカ、イギリス、カナダは、ミャンマー軍幹部に対する経済制裁を発動しました。根拠が不確かな理屈によって選挙の正統性を覆し、憲法秩序によらずして政権を奪取する行為は非難されるべきでしょう。しかし一方で、このような状況で懸念されるのは、中国による影響力の拡大です。

クーデターは中国の差し金によるものなのか

今回のミャンマーにおけるクーデターについて、中国の影が見え隠れするというような報道も見られます。中国がミャンマー軍部に影響力を及ぼして、クーデターを起こさせたのではないかと示唆するものです。しかし、そのような可能性は低いのではないかと思います。

中国は、アウン・サン・スー・チー政権との間でもかなり関係を強化してきていました。

アウン・サン・スー・チー政権は、15年11月の初の民主的選挙によって誕生しました。スー・チー政権に対しては、軍の政治関与の縮小や少数民族問題、ロヒンギャ問題などの課題の解決への期待が高まっていましたが、軍の抵抗もあって、それらはほとんど進展していません。

特に、ロヒンギャ問題については国際社会の批判が高まりました。18年9月に、ロヒンギャ問題に批判的な活動をしていた記者が拘束され、禁固刑を言い渡されたことは、国際的批判に拍車をかけることとなりました。19年11月、ロヒンギャの大量虐殺の疑いについて国際刑事裁判所(ICC)が捜査を開始したほか、国際司法裁判所(ICJ)への提訴も行われ、ICJは20年1月、集団殺害につながる迫害行為をしないことなどをミャンマー政府に求める暫定措置を発表しました。

その中で、中国はそれらを「内政問題」として全く問題視せず、経済回廊建設を中心に関係を強化してきました。中国は、ミャンマーにおける中国主導の港湾開発事業の縮小に応じつつ、中断されているダム開発の再開を働きかけてきたほか、「一帯一路」構想に基づく協力強化を進めてきました。

19年4月の首脳会談にて、習近平国家主席はミャンマーに対する約1.7憶ドルの融資計画を表明したのに加え、20年1月、習国家主席は中国国家主席として19年ぶりにミャンマーを訪問し、鉄道整備や資源開発など30項目以上にわたる経済協力で合意しました。その投資額は数十億ドル規模に上るとも報じられています。国際社会による批判が高まる中、中国はアウン・サン・スー・チー政権との関係を着実に強化してきたのです。

確かに、スー・チー政権前の軍政の時代にも、中国は「一帯一路」構想などを通じてミャンマーと関係を強化していました。中国本土からミャンマーを経由してインド洋に出るパイプラインの建設などはその象徴的なものでした。しかし、その後のスー・チー政権との順調な関係強化を踏まえれば、中国としてスー・チー政権をひっくり返すことにあまりメリットはないと思います。

むしろ、この後が中国の本領発揮です。各国がミャンマーとの関係を後退させることで生じる空白に、中国が歩みを進めていくと見られます。

国際社会の非難を好機ととらえる中国

中国は、相手国が独裁政権であろうと、自国民を弾圧しようと、クーデターで政権を奪おうと、全く問題視しません。それは「内政」でしょうと。これまでも、世界のあらゆる場所で、国際社会から非難を浴びる国々を中国は助け、ここぞとばかりに関係を強化してきたのです。

例えば、タイにおいては、14年5月のクーデターの後、米国やEUが懸念を表明し軍事協力の見直しを行うなど、批判の声が高まりました。これに対し、中国は同年7月にタイの外務次官や軍政顧問の訪中を受け入れ、二国間関係の継続を確認するとともに、タイのインフラ計画に積極的に協力していくことを表明しました。

これを受ける形で、タイは中国主導のアジア・インフラ投資銀行(AIIB)の設立メンバーとしての参加を表明し、タイから中国南部につながる高速鉄道計画を認可するなど、中国との関係強化の姿勢に傾いていきました。そして昨年10月に軍主導政府に対する大規模デモが起きた際も、中国は「タイが国情にあった発展の道を歩むことを断固支持する」と述べ、政府支持を強調しました。

フィリピンでは、16年6月に就任したドゥテルテ大統領による「麻薬戦争」がきっかけになりました。ドゥテルテ大統領は、就任後すぐに強硬な薬物対策を開始し、半年間で警察、自警団によるものを含めて6000人以上の死者を出しました。同大統領は、自らもダバオ市長時代に直接殺害したとし、「歯向かう奴は殺す」とまで公言しました。これに対し、オバマ政権下の米国をはじめ、国際社会は強く批判しましたが、ドゥテルテ大統領はオバマ大統領に「地獄へ行け」と暴言を吐くなど、対立を深めました。

この中で、中国は「麻薬対策を優先して取り締まる政策を理解、支持する。フィリピンと麻薬取締協力を積極的に進めたい」などとし、国際社会とは正反対の姿勢を示したうえで、10月にはドゥテルテ大統領を国賓として迎えました。このような姿勢により、中国は南シナ海の問題についてフィリピンの口を封じることに成功したのです。

カンボジアにおいては、中国による援助を背景に、特に顕著な対中傾斜が見られます。カンボジアのフン・セン政権は、近年その強権的性格を強めています。18年7月の総選挙では、フン・セン首相率いる与党・人民党が全議席を獲得しましたが、野党を解散に追い込んで獲得した勝利は欧米各国の批判の的となりました。各国が当初予定していた選挙支援を取りやめないし縮小する中、中国は選挙関連として1200万ドルの支援を行いました。

20年8月には、カンボジアにおける深刻な人権侵害が依然改善されないため、EUがカンボジアに対する関税優遇措置の一部を停止する経済措置に踏み切りました。一方で中国は、同年10月に、カンボジアにとって初となるFTAに署名しました。カンボジアに対する直接投資は、国別では15年以降中国が首位となっていますが、投資に加え、貿易においても中国とカンボジアの関係強化が進んでいるわけです。

このような中国の影響力により、ASEANにおいてカンボジアは中国の立場を代弁するかのような行動をとっています。全会一致を原則とするASEANの会議において、南シナ海問題をはじめとして中国に対する批判的な声明が議論の俎上に上る時には、必ずといってよいほどカンボジアがこれに抵抗し、表現をトーンダウンする方向に動いているのです。

抵抗は挫折する

このような中国の影響力拡大に抵抗を試み、挫折したのがスリランカです。中国は、15年1月まで大統領であったマヒンダ・ラージャパクサ大統領の地元のハンバントタ港やハンバントタ国際空港建設に巨額の融資を行い、政権に食い込みました。しかし、このプロジェクトは、経済的な費用対効果の観点からは問題があり、むしろ政権トップ個人に対する利益供与に近いものでした。

このような政権の対中傾斜を批判して大統領に選出されたのがシリセナ大統領でした。シリセナ大統領は対中依存からの脱却を目指し、中国関連プロジェクトの見直しを進めましたが、すでに中国からの巨額の融資を受けている状況で、その債務の処理が難しく、中国依存脱却は事実上とん挫します。

前述のハンバントタ港は、そもそも採算のとれない不良プロジェクトであったため債務は累積するばかりであり、その処理のため、16年12月、中国主体の合弁企業に99年間の港の運営権を渡さねばなりませんでした。また建設に着手したばかりであったコロンボ港拡張計画についても、一時はシリセナ大統領がストップをかけましたが、すでに債務が発生し、工事中断による補償の問題もありました。結局のところ、計画を手直ししつつも、全体の4割程度を99年間にわたって中国企業にリースせざるをえなくなりました。

シリセナ大統領は、19年4月の同時爆破テロを防げなかったことなどにより、任期満了による同年11月の選挙には出馬することができず、政権をラージャパクサ元大統領の実弟であるゴタバヤ・ラージャパクサに譲ることとなりました。ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領は、兄のマヒンダ・ラージャパクサ元大統領を首相に据えており、親中路線回帰の意向が強いとみられます。

中小国にとって、一度かけられた中国の呪縛から逃れることがいかに困難であるかを象徴する状況となりました。

アジア以外においても

このようなやり方での中国の影響力拡大は、アジアにとどまりません。

ベネズエラにおいては、マドゥーロ大統領による人権抑圧と不公正な選挙実施に国際社会の批判が高まっていますが、ここにおいても、中国はロシアとともにマドゥーロ政権に対する強力な支持と支援を継続しています。

13年から政権の座にあるマドゥーロ大統領は、18年5月、自身の任期切れに伴う大統領選挙において、有力な野党候補を事実上排除して勝利し、19年1月に2期目の就任を宣言しました。これに対し、グアイド国会議長が大統領選に正統性はないとして、自らが暫定大統領に就任すると宣言すると、欧米、中南米の主要国がこれを支持しました。国連において、ベネズエラにおける公正な選挙実施を求める安保理決議案が作成されましたが、中国はロシアとともに拒否権を行使し、その採択を阻止しました。

ペンス米副大統領(当時)は、18年10月の演説で、「中国は、国民を抑圧する腐敗した無能なマドゥーロ政権を延命させている。ベネズエラにおいて民主主義が消滅しているにもかかわらず、中国はベネズエラに対する最大の融資国であり続け、500億ドルを超える負債をベネズエラの人々に課し、さらに50億ドルの融資を約束した」と批判しました。

サウジアラビアとの関連では、18年10月に、サウジの体制を批判するジャマル・カショギ記者がトルコで殺害された件を全く気にかけない姿勢を貫きました。カショギ記者は、サウジアラビア当局の手によって殺害されたことが明らかになっていますが、この件にムハンマド皇太子が関与していたのではないかとの疑念がもたれており、米国CIAは皇太子が命令したものと断定したとも報じられました。

この疑念がくすぶり続ける中、19年2月に、中国はムハンマド皇太子の大規模訪中団を受け入れ、厚遇しました。習近平国家主席は「中国はサウジの内政に干渉するあらゆる行為に反対する」と述べ、サウジ側から「一帯一路」構想での協力の約束を取り付けることに成功しました。

ミャンマーにおける影響力がさらに拡大するのか

このような中国の行動様式からすれば、ミャンマーに対する影響力をますます拡大することが見込まれます。

中国はすでに、ミャンマー軍寄りの姿勢を見せています。各国がクーデターを非難する中で、中国は、「憲法と法の枠組みのもとで適切に対立を解決してほしい」と述べるにとどめています。

また、安保理では、クーデターを非難する方向で議論が行われましたが、中国はロシアとともにこれに抵抗し、その結果、安保理としての立場表明はトーンダウンされることになりました。強いメッセージを打ち出そうとした議長国イギリスは、「クーデターを非難」との明確な文言の声明を提案したと報じられていますが、最終的に発出された声明は、ミャンマー情勢に対する「深い懸念」との表現にとどまりました。

リベラル民主主義の国にとっては、ミャンマーにおける民主主義の回復を促すため、軍部に対しては適切に圧力をかけていくとともに、困難な状況に置かれたミャンマーの人々を支援していく必要があります。しかし、これによって中国のような外部の非民主的な勢力の影響力が強まることは、この目標にかなうものではありません。

国際社会として、難しいかじ取りが必要となっています。


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