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『ホラー・エクスプレス/ゾンビ特急地獄行』('72)~意外と面白いアイディア作

先週、『ミッション・インポッシブル』について書いた時に、列車アクションものとしての面白さに言及しました。その時に他の映画でどういうのがあるかなと考えたのですが、後になって思い出したのがこの映画です。思い出しついでに、DVDを見直しました。’72年のイギリス・スペイン合作、日本劇場未公開というマイナー作品ですが、この方面の趣味の人にはよく知られた映画だと思います。

初見は95年頃

もともと、80年代、高校生の頃に読んだ何かの映画関係の本で取り上げられていて、『Horror Express』という原題は知っていました。その本でも是非機会があったら観るように勧めていました。とはいえ、ビデオもまだあまり普及しておらず、インターネットもない当時、なかなかこんなレアな映画にめぐり合う機会はありませんでした。

社会人になった90年代、情報はまだ足で集める時代でした。いろいろとビデオショップを巡っている中で、ようやくこの映画に出会いました。今も東京・西新宿にある輸入ビデオ専門店「ビデオ・マーケット」で、ぎっしりと棚に並ぶVHSのビデオ・カセットを、目を皿のようにして端からずっとチェックしていた時に、これを見つけたのです。

カラーコピーで作ったようなチープさがいい感じ。ここでも「地獄行」と謳っています。

アメリカの、その名も「Something Weird Video」(何か気味の悪いビデオ)という会社からリリースされたビデオ・カセットでした。ちなみに検索してみたら、この会社、まだ立派に営業しているようです(でも気を付けてください。彼らのサイトに入ると、珍しい映画のプレビューがあふれていて、たっぷり1日はつぶれます)。

家に帰って早速観てみると、かなり画像が粗く、いかにもレアものという感じでした。退屈させることのないストーリー、怪奇なムードとアクションで素晴らしいと思いました。何より、長年探し求めていた映画に出会えた感動があり、それで若干評価にバイアスがかかったかも知れません。

05年にようやく日本でDVDが発売されると、間髪おかず購入しました。今回再見したのはこのDVDです。

「狂乱の展開」

私が持っているDVDの帯には、映画監督の黒沢清氏のコメントが載せられています。

「ミイラとゾンビと悪魔と宇宙人が交錯する狂乱の展開を、クリストファー・リーとピーター・カッシングが懸命に支える、ゴシック・ホラーの限界点にあるような作品。」

こう聞くと、何かメチャクチャな映画という感じがしますが、そんなに悪くありません。大体のストーリーはこうです。

1906年の満州の雪山の中、人類学者のサクストン教授(クリストファー・リー)が氷漬けになった類人猿のミイラを発見する。教授はミイラを木箱に入れ、中国からロシアを抜けるシベリア特急で運ぼうとする。しかし、輸送中にミイラが蘇生。ミイラの赤く光る眼に凝視された人たちが、眼球を真っ白にして血を流して死んでしまう。

蘇生すると結構手先が器用。釘を曲げてピッキングして木箱を脱出する。

列車に乗り合わせたサクストン教授旧知の科学者ウェルズ博士(ピーター・カッシング)は、遺体解剖の結果、太古に地球外から飛来したエイリアンの魂がミイラに寄生していたと結論づける。エイリアンの魂はミイラから他の犠牲者に乗り移り、列車内に蔓延していく。

見つめ合ってはいけない。

情報を聞きつけたコサックの騎馬隊が列車に乗り込むが、返り討ちにあい、隊員すべてがエイリアンに寄生されてしまう。ゾンビのように群れをなすエイリアンを前に、サクストン教授とウェルズ博士はどう対決するのか・・・

『物体X』が列車で暴れる

お気づきかもしれませんが、これはハワード・ホークス監督の『遊星よりの物体X』('51)(原作ジョン・W・キャンベル『影が行く』)やその傑作リメイクであるジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』('82)の舞台を、アラスカや南極からシベリア鉄道に移したものと言えます。

『遊星よりの(からの)物体X』ほど緻密に作られていないのが残念ですが、シベリアの吹雪の中を疾走する列車の車内という緊迫感と密室感が、なかなかに気分を盛り上げてくれます。DVDのパッケージには、「名優たちが火花を散らす、伝説のホラー版「オリエント急行殺人事件」、ついに降臨!」と書いてあります。

確かに、『オリエント急行殺人事件』のように、列車内の食堂車・客室など、クラシカルな装飾が施され、ゴシックな雰囲気があります。また、ピーター・カッシングがベスト姿で白いシャツを腕まくりし、メスや注射器を手にすると、それだけでフランケンシュタイン男爵を彷彿とします(フランケンシュタイン男爵はカッシングの当たり役)。

そこで、エイリアンに寄生されてゾンビさながらとなった犠牲者が徘徊する様はゴシック怪奇ムード満点です。それに対し、テリー・サバラスが騎馬隊を率いて戦いを挑み、さらに列車は『カサンドラ・クロス』('76)さながらのラストに向かって激走します。(ネタバレしますので詳述はしませんが、この映画は'72年なので『カサンドラ・クロス』より前です。)

刑事コジャックでブレイクする前のテリー・サバラス。
これほど見た目が変わらない人は珍しい。

このように、『物体X』の宇宙SFをベースにしながら、ゴシック怪奇のムードと列車アクションの疾走感、迫力あるラストと、かなり盛沢山で大変楽しめます。これだけ盛り込んで88分に収めるのはすごいと思います。ですが、いろいろとちょっと端折りすぎていて、説明と心理描写が足りず、上滑りしている感は否めません。もう少し丁寧に描けば、観る側の心にググっと来るようなかなりの傑作になったと思います。

クリストファー・リーとピーター・カッシング

黒沢清監督の言うように、クリストファー・リーとピーター・カッシングの存在が大きいことは言うまでもありません。

左:クリストファー・リー(サクストン教授)
右:ピーター・カッシング(ウェルズ博士)

クリストファー・リーとピーター・カッシングは、イギリス・ハマー・プロの看板俳優でした。ハマー・プロは、戦前にアメリカ・ユニバーサル映画が得意とした怪奇ものをカラーで映画化し、『フランケンシュタインの逆襲』('57)、『吸血鬼ドラキュラ』('58)など多くの怪奇映画をヒットさせました。それらのヒット作の多くで、主演を務めたのがリーとカッシングでした。

ハマー・プロは70年代半ばで解散しますが、それまでも、二人はハマー・プロ以外の映画にも多く出演しました。そしてその多くは怪奇ものでした。ですので、この映画のように、ハマー・プロ以外でもこの二人が共演すると、それだけで極上の怪奇ムードを期待してしまいます。実際、『ホラー・エクスプレス』ではこの二人の存在が、映画のムードと重厚さに大きく貢献していたと思います。

ただ、個人的には、クリストファー・リーには怪物役をやってもらいたかったです。彼は、ハマー・プロの映画でも、フランケンシュタインの怪物(男爵ではなく男爵に造られた怪物の方)やドラキュラ伯爵のような怪物役が多く、それがかなりの迫力になっていました。『ホラー・エクスプレス』でも、クリストファー・リー演ずるサクストン教授がエイリアンに寄生されて怪物化する流れの方が良かったのではないでしょうか。

氷の中で眠っていた怪物を起こしてしまった教授がその報いを受ける「因果応報」です。寄生された教授が赤い目を光らせて人々に襲いかかり、それとピーター・カッシングが対決する。そんな構図になっていたら、さらに盛り上がったのではなでしょうか(ちょっと『吸血鬼ドラキュラ』に似ていますが)。

『スター・ウォーズ』での「共演」

余談ですが、ハマープロが解散してから、この二人が共演することはあまりなくなりました。しかし、『スターウォーズ』シリーズで帝国軍の同僚という形で「間接的に」共演を果たします。ピーター・カッシングは1作目(エピソード4『新たなる希望』)でターキン総督として登場し、クリストファー・リーは5作目(エピソード2『クローンの攻撃』)と6作目(エピソード3『シスの復讐』)でドゥークー伯爵として登場します。

カッシングは94年に亡くなりますので、リーが5、6作目に出演した時、すでにカッシングはこの世にいませんでした。6作目の冒頭でドゥークー伯爵は死に、ターキン総督との接点は描かれませんが、6作目のラストでターキン総督(カッシングのメイクまたはCGを施した別の俳優)が姿を見せます。カッシング亡き後に実現した最後の「共演」に、私はいたく感動しました。

クリストファー・リーも15年に他界します。晩年も『スター・ウォーズ』シリーズのほか、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズにも出演し、素晴らしい活躍を見せてくれました。(私は、93年に、ある映画祭の審査委員長を務めていたクリストファー・リーと偶然にお会いし、二言三言、言葉を交わす機会がありました。その話は、また別の機会に書きたいと思います。)

今回は、このようなマイナーな映画の感想にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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