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我が背子と二人見ませばいくばくか

私ね、あの日、死のうとしたの。

あなたに出逢う前よ、まだ高校生だった。高校は息苦しくってね、いつもつまらなかった。

カーストの上の人たちは悉く、私のことを馬鹿にした。私はあらがおうとしたけれどムダだった。私は変わり者の嫌われ者、そういうレッテルを貼られて過ごさざるを得なかった。教師もまったく助けにはならず、でも退学することも叶わず…当たり前だよね、あれだけあの高校に行くことに執着したうちの親が、そう簡単に退学を許すわけがないこと、あなただってわかるでしょう?

雪が積もっていた。小樽の雪はそう多くはないけれど、それでも充分に街を埋もらしていた。とても寒い夕方で、私はぼんやりと、小樽公園のなかを歩いていた。

まだこんなに苦しむ前、桜の季節の頃かな。北海道の桜は遅いじゃない?なんとなく入った剣道部にもほんの少し慣れた頃、練習試合をしに、小樽公園の中にある総合体育館に来たの。私はまだ新人も新人で出られなかったけれど、三年生のかっこいい先輩たちが、よその高校と戦った。それをね、熱心に応援したんだ。

剣道部の三年生の殆どが、あろうことかヤンキーだった。ヤンキーって言い方、古い?でもね、ヤンキーだったの。不良ってより、ヤンキー。先生に隠れて煙草を吸って、お酒を呑んで、そういう人たちが、剣道よ。不思議でしょう。でもね、いい人たちだった。芋臭い一年生の私たちにも良くしてくれた。あの人たちはカーストの番外編に居座っているからね、ただ上にいて下層を嘲っている人たちとは、ちょっと違ったんだ。

まあその剣道部も、三年生が引退する頃には居心地ががくんと悪くなって、辞めちゃったんだけど。とにかく私は、なんとなくその頃を思い出して寂しくなって、雪が深く積もった小樽公園を歩いたの。

雪って、どことなく終末を思わせない?—私だけかな、あの静かに積もっていくさまはまるで、もうすぐ来る終わりを予告している様な気がした。

白く染まり、それでもなお降り続ける雪に埋もれていく小樽の街はね、まるで私の心みたいに息苦しそうに見えた。

でも、終わってくれるならその方が良かった。

だから私は、終わりが来る前になつかしい記憶にすがりたかった。剣道部のあの竹刀の叩きつけられるとおった音が、雪の中、どこかから幻聴として響いているような気がした。

そして私はおもむろに、降り積もった雪の上に背中からばさりと倒れたの。

小樽公園は少し高いところにあるから、倒れたそこからは街の灯かりが見えた。観光地として名高い小樽の街に、夜がもうすぐ訪れる頃合いだった。ぽつぽつと家々に灯かりがともっていくさまは何とも暖かそうで、私の中の寂しさを更に更に掻き立てた。どうして、私だけ―そんな風に思いながら私は、そっと、濡れたその目を閉じたの。

もう二度と開くつもりが無かった。そのまま眠ってしまえば凍死は確実に叶った。園内の中でも、絶妙に人目を避けた場所だったからね、うまくやれば私は、うら若き十代の自殺者のひとりになっていたはずだった。

でも、死ねなかった。

なんだか、むしょうに悔しくなっちゃって。なぜ私が死んで、あいつらはのうのうと生き続けることになるの?って、そんな風に思ったら私、死ねなくなっちゃったの。

けどね、結果的にそれで良かったと思ってる。

結局、生きてあなたに出逢えた。あなたと恋をして、あなたと口づけた。

あの日死んでいたら私は、ファーストキスの経験も無いまま、天国に召されてしまっていたんだよね。もったいないったらありゃしない。頑張って生き永らえれば、ほら、こんなに素敵な人にファーストキスをあげられたのよ。だからこそ神様は私を、あのタイミングで連れて行かなかったんだろうね。

そんな風に、僕の膝の上で楽しげに語る彼女を、僕は優しく撫でてやった。

よく、生きていてくれたね―そんな風に思ったけれど、なんだか照れくさくって言えなかった。言えなかったけれど、きっと伝わっていることだろう、そう思う。

これからは僕が、彼女の中にささやかに遺る剣道部の思い出よりも、もっともっと上等なものを、彼女と一緒に創っていってあげよう。

雪もきっと、終末のシンボルなんかじゃなくなる。

僕と一緒にいてくれたならきっと、君の見るすべての景色をこの僕が、幸せの記憶に変えてみせる。

僕はそっと、二度目のキスにそう誓った。


この作品はしめじさんの企画に参加させていただこう!と思って書きました。素敵な企画をありがとうございます!

「ゆる~く」と仰っている通り、肩肘張らない素敵な文章を紡がれるしめじさん。これからもよろしくお願いしますヾ(*´∀`*)ノ

ちなみにタイトルは、万葉集のこちらから。

我が背子と二人見ませばいくばくか この降る雪の嬉しからまし―光明皇后

あなたと見ればこの雪景色も綺麗だよね」的な意味っぽいです。

そして小樽公園で死のうとしたとか剣道部が云々とか、その辺りはほぼほぼ実話です。この時期になるとありありと思い出します。


#写真から創る  

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