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遠くまで

その昔、札幌の豊平川沿いにあったパチンコ屋さんの屋上に、それはそれは大きなライオンの像が存在していた。

その大きさといえば、私の記憶でしかないので曖昧だけれど、「札幌かに本家」のあのリアルな蟹の看板を、そのままライオンに咥えさせてちょうどいいほどの巨大さだったと思う。
そのライオンは、私にとってまるで幻獣のように映った。

札幌で一人暮らしをしていた当時の私はその頃、ぼんやりと「死にたい」と考えていた。死にたさを、まるでオイルタイマーの様にぽたぽたと心の底に溜めていく毎日。

そんな日々の中で、私は、家の近所を流れていた豊平川を散歩するようにもなっていた。この川に沿ってずっと歩いていくとたぶん東区まで行けるんだよな、と、よくわからない目標のようなものを持っていた。結局そこまで歩けていたのか否か、地理に詳しくなかった私には未だに判らない。
豊平川は大きく、私にとってはどことなく三途の川を想わせた。夕方から夜にかけての穏やかな時間、私は豊平川沿いの道に立ち、なんとなく「東区」に向かおうと努力するのが好きだった。この時に頭に流れているのも大概スピッツで、「水色の街」がよく似合うシチュエーションだった。

そうして歩いた豊平川の対岸に見つけたのが、件のライオン像だったのだ。

対岸に居る、という微妙な距離も良かったのだと思う。単なるパチンコ屋の飾り物、しかし私にはそのライオンが、とてもいとおしいものに感じられた。あの向こう岸には何があるのだろう、と、私は心を寄せた。当たり前に札幌の街が広がっているはずなのに、何故だかあすこは、もう違う世界のようにすら感じられた。そのライオンがまるで、三途の川の入り口の番人でもあるかのように、そんな風に。

しかしそのライオンは、時の流れのなかで、その玉座のごときパチンコ屋の屋上を失ってしまったと聞いた。…なんて言うと格好いいが、つまりはお店が潰れてしまったらしいのだ。

そんな憐れなライオンの末路なぞ、おおかた取り壊されて粉々になって—そんな塩梅なのだと勝手に思っていた。が、それは違ったのだ。

あのライオンはどうやら、パチンコ屋さんの閉店後、無事に、ノースサファリサッポロという場所に再就職できたらしい。どうやら中に入ったりも出来るアトラクションとして生まれ変わったようで、ライオンは三途の川の番人から、いきなし現実的なお仕事に転職したらしかった。

(アトラクションというか、ここを通らないと園内に入れないっぽい。)

私は、そのことがとても嬉しかった。

あの、ひたすらに死への渇望だけが私を抱き寄せようとする毎日の中で、私はあのライオンの存在がただただ嬉しかった。

そのライオンが未だに、札幌の動物園で穏やかな日々を送っている。

私はそのことにだいぶ、喜ばされたのだ。

―ねえライオンさん、私は私でちゃんと生きながらえているよ。しかも今は、死にたいなんて望むことも無くなったよ。自分が何をしたいかも、ちゃんと見えている。お互い、まだこの世で踏ん張り続けているね。でも、本当に良かったと思ってる。あなたも私も、あの頃とは変わったね。けれどもけして、悪いほうに変わったんじゃあ無い。じゃなきゃああなたも私も、豊平川をほんとうに三途の川にしてしまうはずだった。そうでしょう?

ライオンは画面越しに、今の居場所から伝えてくれた気がする。「札幌で待っているから、いつでも帰っておいで」、そんな風に、私に。

ずいぶんと遠くまで来てしまった私にもちゃんと「帰る場所」、つまりふるさとがここにあるのだよ、と。


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さて、そんな「遠くまで」—具体的には埼玉まで来てしまった私だったけれど、夢を追いかけ続けてやっと、テレビ埼玉のCMに出演するというところまで来られたのだ。

ちょうど今日で、撮影の日から一か月を迎える。

そして今夜はテレ玉で、西武ライオンズ対ソフトバンクホークスの試合中継があった。その中で私たちのCMも流していただけて、ましてライオンズも勝っちゃったもんで、それはそれはとても嬉しい夜となった。

ところで、ヘヴィーメタルの名盤のひとつに「アニメタル・レディー・マラソン」という一枚がある。

「アニメタル」とはその名の通り、アニメソングの名曲をメタルアレンジしたものなのだけれど、この「アニメタル・レディー」に関しては、誰しもが知っている有名女性ヴォーカリストが楽曲を歌唱している。何を隠そう、かのピンク・レディーの未唯さん(現表記は未唯mieさん)だ。

この「アニメタル・レディー・マラソン」のバンドスコアが我が家にある。だもんで一度、演奏動画—いわゆる「コピーしてみた」というやつを、YoutubeにでもUPしてみようかと、夫と話したことがあったのだ。

うちの夫は私と一緒にThickFogというヘヴィーメタルのバンドをやっていて、彼はギタリストだ。二人きりのバンドなのでベースも弾いてくれているけれど、本業はギタリスト。ちなみに私はボーカルとか、動画の編集とかそんな感じ。
で、音楽業界もまた、どこの業界とも同じで、利権とかそういうのでぬるぬるのぐっちゃぐちゃだもんで、どんなにいい曲を量産しているバンドでも、そうそう易々と売れない。メタルというごくごく狭い世界ですら、だ。
そういう中で「弾いてみた」とかやってみた系のタグを付けた動画をUPすることは、いろんな人に見てもらえるきっかけを作るにはもってこいの方法なのだ。

この「アニメタル・レディー・マラソン」に収録されている内の一曲「薔薇は美しく散る」に関しては、夫が昔に練習していたことがあったので、すんなりと動画を作ることが叶った。

そして「他にもアニメタル・レディー・マラソンの中から、どうせなら埼玉に関連した楽曲をコピーしよう!」と盛り上がって候補に挙がったのが、「ねぇ!ムーミン」「レオのうた」だった。

ムーミンに関しては、ご存じの方も多いだろう。飯能市という街に「ムーミンバレーパーク」があるからだ。

そして「レオのうた」も、言わずもがな、だろう。この地が埼玉西武ライオンズのお膝元であるから、「これはやらねば!」と意気込まされた。

レオは1978年にライオンズ球団が福岡野球から西武グループ(直接の親会社は国土計画(当時))に身売りされたのを機に、西武線沿線在住の漫画家である手塚治虫の作品『ジャングル大帝』の主人公・レオをペットマークに採用、以後ライオンズのマスコットとして活躍している。—Wikipediaより

…が、けっこうギターが難しいらしく、結局のところまだ動画を作るには至っていない。


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ライオンズ中継を観ていてふと、私の脳裏をよぎったものがあった。

それは、遠く遠く、札幌のノースサファリサッポロで、私とのいつかの邂逅を夢見ているはずの、大きな大きなライオンの姿だった。

「ね、お前の人生にはライオンが必ずついて回るんだよ」、そう言って彼は笑った気がした。「そもそもお前、しし座だし?」、ライオンはまるで、すべてお見通しの様だった。彼には絶対に敵わない、それは私が一番よくわかっている—気がする。

どこまで遠くに行っても、私にはライオンがついていてくれるのだろう。

ライオンのていをして、彼は本当は、いったい何者なのだろう?

わからない。わからないけれど、人間が知っていることなんてこの世において、大した量じゃあ無い気がする。

だからまあいいや、わからないことなんていくらあったってちっともおかしくない。

私には生涯、ライオンがついていてくれるのだ。

だから、どこまでも遠くまで行ってやる。

そしてもしも寂しく、心細くなったらば、想おう、札幌の街を。

ライオンの待つ、あの街を。




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