一方通行の関係は、片方の側だけの責任なのか?
「惑わず」の年齢を過ぎてあいみょんの歌に嵌るとは思わなかった。ヘビーローテーション状態。最新曲はiTunesで予約購入(初めてのこと)YouTubeの公式チャンネルで公開されているMVも観ているというか聴いているというか(ほぼ全部のMVを公開しているのか。時代だなあと感じてしまうのが年を取った証拠。でも、これが今のニューノーマルだろう)
そんな時にふと「獣になれない私たち」の最終回でが晶社長に言い放ったセリフが頭の中をよぎったので検索してみた。以下、その中で見つけたセリフ全文。違っていたらごめんなさい。
「社長は私たちをどう思ってますか?
社長が言うように社員は代えが利きます。
だけど、私たちにとっても上司は代えが利くんです。
社長の怒鳴り声はまるでどう喝です。
普通に話してほしいんです。
矢継ぎ早の命令も追いつけません。
みんなが社長と同じじゃないんです。
社長以外全員ぼんくらなら、社長の言葉は社員の誰にも通じてないことになります!
悲しいと思いませんか?
私は悲しいです。
社長と言葉が通じなくて。
一方通行の関係はしんどいです。
私は社長の下で働く人間です。
人間。
人間だから!
嬉しかったり、悲しかったり、間違えたりもします。
もう限界って思ったりもします。
今までお世話になりました。
自分を殺して、本当に死んでしまう前に、辞めます。」
今、この時のセリフを振り返ってみると何だかんだ言いつつもこういうことを言うことのできる関係性が、社長と社員の間にあったからこそ言うことのできた言葉でこんな言葉を言って辞めた後でもあの会社が壊れることもなく続いていったのではないかと思う。晶の仕事に対する姿勢がそんな関係性を築き上げ、社長を含めたその他の社員の中に「大切な何か」を残していったということなんだろう。
ドラマの中だからできることであって、現実はそうはいかないものだけれど。
あのドラマを観ていた人ならわかるけれど、晶は「会社内の便利屋」状態になっていったように思える。それは「信用し信頼されていた」ことの現われでもあって、実際に「信用し信頼されていた」のだろう。それに対して晶は「期待に応えようとしていた」「自分がやらなければ」と何も言わずに向き合っていた。
「フォローもない状態」で辛さを感じていても。
(「それを義務だから、仕事だから」と言ってのける人がいる。たしかにそれはそれでその通りだと思う。けれど、「何様ですか?」と思うことは間違っているだろうか。…話が少しだけそれたので話を元に戻す)
「フォローがない状態」で辛さを感じていても何も言えなくなってしまっていたのは、晶本人のそれまでの人生に起因していたものは少なからずあると思う。けれど、「何も言わない状態」が常態化してしまったことで「何も言えなくなってしまった」とは言えないだろうか。周囲の人間の責任も十二分にあると思う。そのことに対して何にも感じなければ、そうしたことを「言わないとわからない」とするならば、やっぱり僕は「そういう人の人間性を疑います」たしかに言わなければ何もわからないものではあるけれど、「それを言い訳にしていませんか?」と思えてならない。
こうしたものが積み重なった結果としての晶が社長に言い放った言葉だったのだと思う。その言葉の裏に込められた思いを感じ取れたからこそ、あの会社が壊れることもなく続いていったのではないかと。
あのドラマの仕事に関する描写に関しては今振り返ってみると自分に重なる部分が多かったことに気が付かされる(恋愛要素はまったく関係ないが…はあっ)ドラマに自分の生活を重ねてみるようになったら痛々しいのかもしれないし、おぢさんがガッキーに…痛々しさしかないけれど、あのドラマの仕事における描写に関しては自分に重なる部分が多かったよなあと思う次第。
今の自分は、推測でしかないけれど晶の言葉と同じ心境であり、同じような状態。社長を職場環境に置き換えてみると。