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『マス・イメージ論』吉本隆明に関する雑記③―政治と文学の関係は?

 以前投稿した記事の中で、吉本隆明の『マス・イメージ論』の中で展開される反核運動に参加した文学関係者への批判の背景に様々な問題意識が流れていることを紹介したが、この批判の中には以前から吉本が持っていた文学と政治の関係性の問題も流れ込んでいるかもしれないことに気づいた。少し長くなってしまうが、このことがよく分かる1967年に行われた講演「調和への告発」から引用してみよう。

(前略)みなさんのなかに、たとえば、羽田闘争に自ら参加され、あるいは、それを指導された学生諸君がいるとすれば、そういう諸君に申し上げたいけれど、そんなものを同伴するってことは、そういう知識人、あるいは、そういう声明によって、なにか政治的実効性があるっていうような、効力があるというような考え方が、もしあるとすれば、そんな考えは捨てたほうがいいってことを申し上げたいと思います。そんなものはなんでもないわけです。つまり、そんなものは問題にならないわけです。政治過程においては、政治具体的実践行動においては、そんなものは一片の問題にもならないってこと、だから、そんなものに血道をあげるならば、そんなものを組織することに血道をあげるなんてことは、やめたほうがいいってことを申し上げたいと思います。そして、逆にいえば、文化、芸術、文学っていうような、そういうもののもっている、ほんとうの強さ、強靭性っていうもの、強さっていうものをなめないでほしいって思うんです。つまり、文化人っていうもの、あるいは、知識人っていうもの、あるいは、文学者っていうものをなめないでほしいっていうふうに、ぼくは思います。(後略)

 この発言は、当時の佐藤栄作首相がアメリカが支援していた南ベトナムを訪問することに反対した左翼勢力と機動隊が衝突した羽田事件に対するものである。当時は高畠通敏、小田実、鶴見俊輔が関わっていたべ平連が反戦運動を展開するなど、ベトナム戦争に対して反対する声が多数あった。上記の吉本の発言を簡単にまとめると、文学と政治を安易に結びつけた文学関係者への批判であることが分かる。(注1)

 なぜ吉本は当時ベトナム戦争に反対した文学関係者を批判したのであろうか?それが分かる発言が同じ講演の以下の部分から分かる。

(前略)われわれが、政治運動、あるいは、政治行動っていうようなものは、どういう性格をもち、何に対してなされるかといいますと、それは、いわば共同の幻想性っていうものを本質とするわけです。そして、その共同の幻想性っていうものは、その共同の幻想性自体によって、国家、そして、その現象している、いわば現在の世界の段階における、最高といいますか、最も高度化した共同幻想に対して、やはり、共同の幻想をもってそれを打破しようってことが、ようするに、政治行動っていうもの、政治運動っていうものの本質であるっていうことなわけです。それにたいして、文学・芸術っていうものは、まったく個人幻想っていいますか、個人の観念の産物っていうものに属するということ、したがって、位相性を異にするってこと、次元が違うということがあるわけです。(後略)

 やや分かりにくいかもしれないが、文学・芸術は個人の幻想(思想)の領域に属している一方で政治は共同の幻想(思想)の領域に属しており、2つを容易に結びつけることはできないということが述べられている。この文章だけだとよく分からないかもしれないが、吉本は個人の幻想(思想)の領域の集積が共同の幻想(思想)になるとは理解していなかった。両者は対立するものであると考えられていた。同じ時期の講演「人間にとって思想とは何か」という講演に現れている。

(前略)個人的な幻想、あるいは、観念の世界、それを文学、芸術としてみれば、共同性の問題にとびつく国家と政治という、そういうものに至る道程というものは、いかに長いかっていうこと、いかに手続きを要するかってこと、ここに至ってくると、個人幻想っていうのは、共同幻想と逆立する以外にないっていう、そういうような宿命をもつっていうような、そういう個人幻想と共同幻想との位相の相違、それから構造の相違、それから、家族っていうものから、共同幻想に展開する展開の契機において、また詳しくいえばわかるわけですけど、ひとつの断層と飛躍の契機がある、つまり、対幻想に対する共同幻想っていうのは、すこし、位相が違うところに存在する。そういうような位相の考察っていうものを考えてみますと、ようするに、政治と文学っていうものを単純に結びつけるというような考え方、そういう戦前からの考え方がいかにでたらめであるか、つまり、こういうでたらめな理念によって、ずいぶん毒されてきているわけです。(後略)

(注1)1960年代の後半に行われた吉本の講演にはべ平連批判がよく出てくる。

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