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渋沢栄一の熱気を少しでも分けて欲しい―栄一の孫・渋沢敬三はなぜ注目されないか?

 突然だが、渋沢敬三という人物を聞いたことがあるだろうか?渋沢敬三は今度1面円札の肖像画にもなる渋沢栄一の孫で若くして渋沢家の家督を継いだ人物である。戦前に第一銀行副頭取、日銀副総裁・総裁、戦後に大蔵大臣を歴任して実業家(今風に言うと銀行マン)、政治家として活躍する一方で、初期の民俗学や民族学をはじめとして様々な学問の支援を行い、自らも漁業史の研究(注1)を行うなど学術方面にも貢献した。このように多方面に多くの実績を残した人であり、『渋沢敬三著作集 第1巻』の帯にも「民俗学最後の巨人」と紹介されている。

 しかしながら、同じく「民俗学の巨人」として語られることのある柳田国男、折口信夫、南方熊楠と比較すると、渋沢敬三の知名度はあまり高くないと思われる。渋沢栄一が話題になっている中で渋沢敬三にももう少し注目が集まってもよさそうだが、私が少し調べた限りでは、あまり注目されていない印象を受けた。(注2)あまり注目が集まらない理由を考えてみた。

 この理由を私は、①手軽に読めるテキストが出版されていない、②渋沢敬三の評伝があまり出版されていない、の2点にあると思う。

 ①に関しては、昨年『やま・かわ・うみ』のシリーズの1冊として渋沢敬三の文章の抜粋が読める『渋沢敬三 小さき民へのまなざし』が出版された。今まで渋沢敬三のテキストを読もうとすると『渋沢敬三著作集』を読まない限り、容易に読むことができなかったということを考慮すると、この本は確かに渋沢敬三へのテキストのアクセスを今までよりもはるかに容易にした。しかしながら、この本はより広く流通する文庫や新書という形式ではないため、流通する範囲を考慮すると「容易にした」と言うことができるかどうかは意見の分かれるところであるだろう。上述のように「民俗学の巨人」として評価されることの多い柳田国男、折口信夫、南方熊楠のテキストが新書や文庫で多く流通していることと比べると、私は手に取りやすさという観点からは必ずしも渋沢敬三へのテキストへのアクセスがしやすくなったとは言えないと思う。個人的な希望を言えば、最近平凡社から出版されている『STANDARD BOOKSシリーズ』に渋沢敬三のテキストを加えて欲しいところだ。

 ②に関しては、渋沢敬三を扱った評伝の数が少ないことが挙げられる。私の知る限り、手に取りやすい主な評伝は下記のようになると思う。

『旅する巨人 宮本常一を渋沢敬三』佐野眞一(文春文庫)
『渋沢家三代』佐野眞一(文春新書)
『歴史としての戦後史学 ある歴史家の証言』網野善彦(角川ソフィア文庫)
『宮本常一著作集50 渋沢敬三』(未来社)

 どの本もおもしろいが、渋沢敬三を中心に置いた部分が少ない、もしくはやや古かったり、手に取り辛いなどの問題があると思う。個人的な希望を言うと、ミネルヴァ書房の『ミネルヴァ日本評伝選』というシリーズで時期は未定だが、刊行される予定になっているので、近いうちに刊行されて欲しいところだ。理想を言うと、どこかの新書で出版されて欲しい。

 ちなみにあまり知られていないかもしれないが、渋沢敬三の生涯やその仕事の詳細はウェブ上の「渋沢敬三アーカイブ」で確認できるので、興味が出た方はのぞいてみて欲しい。

 予定に変更がなければ、来年(2021年)より渋沢栄一がNHKの大河ドラマで取り上げられるため、それに合わせて渋沢敬三への注目も増えて欲しいところだ。私のnoteでも渋沢敬三のことを定期的に取り上げていきたいと思う。

(注1)渋沢敬三はあくまで自身を研究者ではなく、民俗学の資料提供者と考えていた。しかしながら、ここでは現代への影響も踏まえて研究者とした。

(注2)この記事の(注2)を参照。

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