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データではなく「想い」が違いを生む


吉本興業を退社した西野亮廣さん。

連日の報道やメディアへの出演、
サロンやVoicyでの発信を通して、

コトの真相に関する
追求と説明の応酬が展開されています。

そのなかで
熱量」の話を耳にしました。

映画という作品をつくり、
消費者に届けるためには、

圧倒的な熱量が必要だと。


■西野さんは常々、

マーケットのニーズを徹底的に
調査、分析して掴んだうえで、

それらを全部無視してでも
「自分がやりたいこと」を追求したい

とおっしゃっています。

消費者の声、
もしくは絵本や映画の常識や通説、
過去のデータをベースに商品をつくるのではなく、

自らの想いを
作品として形にする。

マーケティングプロセスを
ピカピカに磨き上げて、

極めて論理的に「正解」を追求することに
私なんかは疑問を持ったことがありませんでした。

でもよくよく考えると、
ビジネスって差別化を追求する営み。

他と違いをつくって、
消費者に選んでもらうこと
がビジネスの本質です。

いくら論理的に正しい回答であっても、

それが他社と大同小異であれば、
そんな凡百な「正解」に価値はありません。

ちなみにアップルは、
市場調査をほとんどやらないことでよく知られています。

「世の中にこういうものを打ち出したい」

という熱い想いが起点となって、
その想いを実現するための道具として用いるのであれば、

マーケティングは
極めて強力な武器になりますが、

マーケティングが主役になった商品は、

「どこかでみたことがある」

悪くないんだけど、熱狂できない
という感想を持たれてしまわないか?


①What(何を)
②How(どうやって)

①は作者の想い
②はマーケティングを活用するという構図。

私はここをどうやら

①をデータ、声、常識などに頼り
②を一生懸命考えていました。

想いの不在。

なんのためにビジネスをするのか?
なぜ商品やサービスをつくるのか?

主体的に想って
能動的に考えることを放棄。

売れない、集客できない理由は明白です。
鋭くとがったコンセプトが見えてきません。

商品やサービスを世の中に提供して

世の中をどうしたいのか?
どうよくしたいのか?変えたいのか?

そんな質問に対して

切れ味鋭い答えを、
私は持ち合わせていませんでした。


■西野さんのサロンには

70000人以上の
サロンメンバーが在籍。

サロンメンバーは

シンプルに西野さんを応援しているだけ
ではありません。

西野さんの作品がこれからも
ずっと生み出され続けること

に対して支援しています。

作品を生み出す作業に
参加しているという実感に対して、

お金を払っています。


西野さんにあこがれて、
彼の生きざまを間近にみて、

人としての成長を望む人もいるでしょう。

西野さんの哲学を学び、
もうひとつの人生を疑似体験したい

という思いもあるかもしれません。


あこがれに近づきたいという欲求。
熱中できる対象。

サロン内で展開されるメーキングでは、

失敗したこと、うまくいかなかったことも
包み隠さず発信されている。

映画や絵本といった完成品をめぐる
「余計なもの」

完成品にしか興味がない人には
決して味わうことができない文脈は、

西野さんによってひとつに束ねられて、
作品は特殊な意味を帯びるようになる。

「役に立つ」から「意味がある」
へと価値の源泉がシフトしています。

「正解がない」

という、厳しくも面白い時代が
やってきたと実感できます。


■私は

スポーツビジネスに携わっていて、
スポーツの魅力をカタチにして、

消費者に楽しんでいただくことを
生業にしています。

かつてはスポーツの競技性
にフォーカスした魅力の訴求だけ
で、

多くの参加者が見込めました。

それはシンプルに
右肩上がりだった人口をベースにした効果的な戦略。

ところが未来は
少子化と人口減が決定しています。

人口の母数が少なくなれば、
スポーツの文脈で惹きつけることができる人の数も減る一方。

であればそこにどんな
「意味」を付与させるべきか?

組織のリーダーはどんな思い
スポーツビジネスを展開しているのか?

その本質に迫る、
人々の心をえぐるようなコンセプト

どのように言語化できるのか?

そんな問いをたてて、
自ら正解をつくっていく気概

が求められるのかもしれません。


今日も最後まで読んでくれて
ありがとうございました。

それではまた明日。
おつかれっした!




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