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新宿三丁目の軒下にあるパスタ屋

2023年9月29日。中秋の名月の日。去年まで苦肉(929)の策の日、としか思っていなかったこの日に、「中秋の名月」と初めてググった。
秋の収穫に感謝をのべる日。ハーベストムーン。そして今日は満月の日ともかぶるらしい。そんな今日みたいなめでたい満月の日にやるといいこと、という項目の中に、「思いつきを行動にうつす」「チャレンジしたいことを考える」とある。
なんだろう、新しく初めてみたいこと。特に何も思い浮かばないまま一日をスタートさせた。

夕方16時半。なんだか気分も上がらないしさっさと仕事を切り上げて今日はおいしいものでも食べに行こうと思った。ふと浮かんだのはうどん。食べログを開くと割と最近保存していたうどん屋が2件でてきた。どちらも新宿御苑前。自分が今いる場所は新宿駅東口附近。歩くと15分強かかってしまう。ということで一気に行く気をなくして、同じ麺類、ラーメンで、近場の店を検索し始めた。ちなみに今年になって初めて、「一時間弱」が、「一時間とちょっと」ではなく、「一時間にはちょっと到達しない」、という意味だと知った。私には「一時間」と「弱」の間に、「+」記号が見えていたのだ。そんな私は現在29歳弱。
ラーメンを検索するとまた、保存していたお店が2件ほどでてきた。場所は新宿三丁目。御苑前よりは近い。うん、悪くないな。そう思ったのに、本当にラーメンが食べたいのかわからなくなってきた。だめだ、食べたいものがわからない。最近定期的に訪れる、一人の時に何を食べたらいいのかわからない事態。
そんなときに借りるのが母親の力。誰かといる時は絶対に連絡することなんてないのに、一人になったり心が少し弱くなってしまうとき、なぜか連絡を取りたくなるの、なあぜなあぜ(昨日小学生と話したときに最近はやっていると聞いたこの言葉、さっそく引用。イントネーションはわからない)。
そんな母からきたLINE、「うちは夜、パスタだよー」。
一気にパスタモードに切り替わる。さっきまで一ミリも浮かばなかった麺類なのに。母親の言葉ってすごいな、と一瞬思う。自分の深層心理で食べたかったものを言い当ててこられたような気がしてくる。
しかしよく考えると、パスタモードに切り替わったのは、最近食べていなくて実は食べたかった、という忘れかけていた気持ちを母親が思い出させてくれたからじゃなくて、一人じゃないことを実感したいだけなんだ、と気づいた。家族と同じものを食べることで、同じ時間に同じ気持ちを共有したいんだ。離れているけれど、一緒にご飯食べにいったみたいな気持ちになりたいんだ。

結局なんだかんだ18時にパソコンを閉じて新宿三丁目の飲み屋街に向かう。金曜だからいつにもましてにぎやかで、歩く人たちは嬉しそうに各々の目的地へ足を運んでいる。少し前に比べて格段に外国人が増えたな。
このエリアに、保存していたラーメン屋とパスタ屋があったので、とりあえずまずラーメン屋に向かってみた。お店の外観は特にこだわりなく、いわゆる横浜家系ラーメンの外観から文字やイラストを間引いたような外観。今求めているのはここではないな。よどみなくUターンしてパスタ屋に向かった。
Nokishitaについた。大学で上京してから割とすぐから知っていたパスタ屋。実は一度も入店したことはない。だけれどなぜかずっとこれまでお店に対し良い印象がなかった。なんでだっけ、とこの後の食事中ずっと記憶を巡らせていた。なんとなく思い出したのは、一度入店を試みたけど閉店後だったから入れなかった思い出だ。これのせいか。うん、お店は全く悪くない。
カウンターとテーブル席にお客さんがちらほら。お客は全員男性のようだ。奥の窓側テーブル席が空いていたけれど、カウンターの左から二番目に案内された。ちょっと残念、と思ってしまった。両隣にはもりもりパスタを食らうお客さんがいて、なんだか窮屈に感じたのだ。
とはいえど腰を下ろすと、そこは山小屋のような、ほっこりした落ち着きがあった。内装にも食器にも木が使われていてほっこりする。おひとり様がマジョリティーを占めるこのお店は、飲み屋が広がるエリアでは珍しく、ありがたい。ジブリの世界にでも迷い込んだかのような感覚になる。とはいいつつも、店内はクーラーががんがんに効いていて、このことが私が現実世界にいることをしっかりと思い出させてくる。

「グリーンサラダS」と「たらことうにといかのパスタ」をオーダー。オーダーと書くと、頭の中でかつて放送されていたSMAPSMAPでの中井君の「オーダー(ベルとともに)」を思い出してしまう。あれもう一回再放送してくれないかな。リバイバル版でもいいや。
右隣の青年が、もりもりとたらこのパスタを食べている。けっこうもりもり口に入れているのに一向に減っている感じがしない。大盛にしたんだろうな。そのタイミングでちょうど左隣の人がお会計に。トマトクリーム系のパスタを食べていたようだ。それもおいしそうだ。
そうこうしていると速攻でサラダが届いた。うん?これはSサイズ?という大きさ。お姉さんが間違ってしまったのではと一瞬疑うが、どうやら本当にSサイズらしい。
ドレッシングが異常なおいしさをしていた。この感動は、イルキャンティという都内のイタリアンレストランのドレッシングを彷彿させるものがあった。しかし少し違うのは、イルキャンティのほうは味の素的な、つかんで離さないぞ、といった麻薬的おいしさを感じるが、Nokishitaのドレッシングは、麻薬的に感じるかどうかはあなたに任せます、といったちょうどよい距離感を取ってくるおいしさなのだ。どちらもたまらない。
パスタが到着した。おいしくないはずがない見た目。フォークにからめとる。うん、おいしい。たらこのパスタってなんでかわからないけれど、フォークにいっぱい巻き付けて、大口あけてほおばりたくなるパスタNo.1だと思う。次の一口は控えめに巻き付けて、って思うけどなぜかできない。たらこにそういう遺伝子が組みこまれているのかな。いや、人間の体に組み込まれているのかな。よくわからなくなってきたが混乱するくらいにおいしい。そりゃ隣の青年ももりもり食べるよね。わかる。きっとまだ食べ終わっていないからやっぱり大盛にしたんだろうな、と思いながら私も食べ進める。
左隣に今度は巨体の男性がやってきた。見るからに大盛を頼みそうと思っていたら案の定たらこのパスタ大盛をオーダー。加えてガーリックトーストもオーダー。そのセレクト良いな、と思いながら私の頭にはまた中井君がよぎる。

右隣の青年がお会計に向かう。お支払いは1000円です、と店員さん。
ちょっと待った。このお店のパスタは一番安くても900円。大盛は+200円。
つまりこの青年は大盛など頼んでおらず、たらこシリーズの何らかのパスタを頼んでいたのだ。もうすぐ私も食べ終わるというのに、この青年はいったいどういうペース配分だったのか。同じようにもりもり食べていたのに、と謎は迷宮入りした。

木でできたパスタ皿にところどころある溝にはまった、たらことうになんだろう、どろっとしたものをフォークで丁寧にすくって、きれいに完食。

お会計に向かう頃には二名の待ち人が。安心したまえ、さっき右隣にいた青年と私の席が横並びで空くから、鬱蒼とした新宿三丁目に突如現れる軒下で、最高のパスタ体験をしていきなさい。

お店を出た瞬間、このお店で感じた出来事のすべてを書き起こしたい、と思った。帰宅してすぐ、買ったばかりのノートパソコンを開いて、さっそくNOTEをつづり始めた。

あれ、もしてかして、今朝、まったく思い浮かばなかった「思いつきを行動にうつす」「チャレンジしたいことを考える」が、無意識に達成できちゃったのではないか。
俵まちのサラダ記念に倣い、今日は私のパスタ記念日とでもしよう。







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