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ガザへの人道支援強化に踏み切ったバイデン政権

イスラエルによるガザ侵攻は、ラファでの地上作戦を控える一方、他の戦線では戦闘が収束に向かいつつある。3月9日、ガザ地区における戦死者数は30,960人に達したとガザ地区の保健省は発表した。これには推計7,000人に上る行方不明者は含まれていない。戦死者数の推移を見ると、開戦時には1日平均350人を超える死者が発生していたが、2月には平均100人超/日と、開戦時の3分の1の規模にまで縮小してきている(下グラフ参照)。これは住民が退避して空爆等による巻き添え被害が減少したことに加え、イスラエルの軍事作戦の範囲が縮小していることが影響していると見られる。

出所:ガザ保健省より筆者作成

一方、戦線の縮小とは裏腹に、ガザの人道状況は悪化している。国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ガザ地区内では水・食糧の基礎物資が不足しており、ガザ人口の4分の1が飢饉の一歩手前にあると警告している。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、ガザ地区内で必要とされる人道支援物資の量はトラック500台分/日の輸送量とされるが、1月には150台/日のトラックがガザ地区内に物資を運んでいたものの、これが2月には97台/日まで減少したと指摘する。物資が欠乏しているにも関わらず支援物資の搬入が減少している背景には、イスラエルが支援物資を警護するハマースを攻撃の標的にしており、物資搬入の安全性が確保できなくなったことがある。

米国はイスラエルにガザの人道状況の改善を再三申し入れていたものの、事態がむしろ悪化していることから、直接的な人道支援の強化に舵を切った。3月1日、米国は今後数週間、ガザ地区にて人道支援物資を複数回に渡り空中投下していくと発表した。ガザ地区での支援物資の投下は昨年11月からヨルダンが断続的に実施しており、米国もヨルダンと調整するかたちで支援実施に踏み切った。米国は3月9日までに計5回支援物資を投下している。もっとも、輸送機から投下できる支援物資の量はトラック1台分に過ぎず、ガザの物資の欠乏を解消するようなものではない。人道支援団体からは、物資の空中投下は映像映えするパフォーマンスだと批判する声も上がっており、米国には陸路での支援物資搬入に向けてイスラエルに強い圧力をかけることが求められている。

こうした批判があったためか、バイデン大統領は3月8日に実施した一般教書演説において、海路から十分な支援物資を搬入できるようガザ沿岸に桟橋を仮設する任務を米軍に指示すると述べた。米国防総省によると、仮設桟橋とそれを陸につなぐ土手道の建設には1,000人の兵士でおよそ60日かかる模様である。3月9日、桟橋建設に必要な機材を積んだ支援船が米本土から出航し、ガザ沿岸に向けて航海中である。

ガザ沿岸に向けて派遣された支援艦General Frank S. Besson (LSV-1)
出所: U.S. Central Command

バイデン政権のガザ政策は米国内政治情勢に大きく左右されている。2月27日にミシガン州で実施された大統領選に向けた民主党の予備選において、現職のバイデン大統領が81%の得票率で圧勝したものの、全体の13%にあたる10万票が「支持者なし」に投じられた(2020年は約19,000票、2016年は約21,600票が「支持者なし」)。同州はアラブ系の有権者が多く約20万人おり、バイデン政権のガザ政策に抗議して予備選において「支持者なし」に投票することを呼び掛けるキャンペーンが展開されていた。翌28日、バイデン陣営幹部は、「コア層から支持を得ているからといってアラブ系国民やムスリムの国民をないがしろにするわけではない」と釈明し、一部の民主党支持層の票固めに苦心しているが、3月5日のミネソタ州での予備選では「支持者なし」票が19%に達し、バイデン陣営に大きな衝撃を与えている。

2月26-28日にReuters/Ipsosが実施した世論調査によると、民主党支持者のうち56%はイスラエルを軍事支援する候補者を支持する可能性が低いと回答したものの、40%は支持する可能性が高いと回答しており、意見が二分している。共和党支持者は62%がイスラエルを軍事支援する候補者を支持する可能性が高いと回答しており、バイデン政権は共和党支持層や無党派層からの票を取り込むためにもイスラエル支持の立場を堅持しながら、一部の民主党支持層からの批判に応えるためにガザの人道問題の解決に取り組まなくてはならない切迫した状況にある。一般教書演説においてバイデンはイスラエルに対し、人道支援は二次的な問題や交渉のカードではないと訴えつつも、イスラエルの生涯の支援者として自らを位置づけ、イスラエルへの軍事支援継続については言及しなかった。

一方、共和党はヘイリー元国連大使が大統領選候補指名争いから撤退することを表明し、トランプ前大統領が共和党候補となることがほぼ確実となった。トランプ前大統領はこれまでガザ情勢について沈黙を貫いてきたが、3月5日にFox Newsが実施したインタビューにおいて、イスラエルによるガザ攻撃に賛成するかを問われ、「問題を終わらせなければならない」と短く回答し、イスラエルを支持する姿勢を明確にした。トランプがガザ情勢に触れてこなかったのは、バイデン政権の対応を見極めた上で後出しで批判をできるトランプ陣営にとって、ガザ情勢に対する立場を早々に固める必要はなかったためと見られる。CNNによると、3月1週目にトランプ政権期のキース・ケロッグ元国家安全保障担当副大統領補佐官がイスラエルを訪問し、イスラエル政府高官とガザ情勢について協議した模様である。今後、トランプ陣営においても外交政策の方針が練られていき、大統領選に向けて米国内での議論が盛り上がっていくことになるだろう。

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