第二次トランプ政権の中東政策の展望
2024年11月5日に実施された米大統領選挙は、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が民主党候補のカマラ・ハリス副大統領を制し、トランプが2025年1月20日に大統領に返り咲く見通しとなった。
2017-2021年の第1次トランプ政権下では、前のオバマ政権が合意したイラン核合意からの離脱を決定したり、イスラエルとアラブ諸国との国交正常化を実現するアブラハム合意を推進したりと、米国の中東政策にも大きな変化が見られた。バイデン政権はトランプ前大統領の中東政策を批判し、イラン核合意の再建等でオバマ路線への揺り戻しを図ったが、トランプの再選により中東政策においても4年前への回帰が起きることは確定的である。
イスラエル・パレスチナ
第一次政権において、パレスチナの代表者が不在のまま「世紀のディール」と称するイスラエル・パレスチナ和平案を提唱し、同じくパレスチナ不在のままアラブ諸国とイスラエルとの国交正常化を推進したトランプは、歴代の米国政権の中でももっともイスラエル寄りの姿勢をとったと言える。エルサレムをイスラエルの首都として正式に承認し、イスラエルが占領するシリア領のゴラン高原におけるイスラエルの主権を認定する等、イスラエルの占領政策に積極的な承認を与えていった。トランプのイスラエル贔屓は娘婿で正統派ユダヤ教徒のジャレッド・クシュナーの影響が大きいとされ、実際にクシュナーは大統領上級顧問として中東外交にも深く関与していたが、トランプ自身もネタニヤフ首相と個人的に親密な関係にある。これらの要素は第二次政権においても引き継がれる公算が大きい。
一方で、昨年10月から続くイスラエルのガザ侵攻やレバノン侵攻に対して、トランプは自身が大統領に就任するまでに解決するようネタニヤフに要請している。トランプは停戦合意の中身には関心を寄せておらず、イスラエルがガザを実効支配することにも異議を唱えることはないと思われるが、イスラエルが紛争を長期化させること、そして米国が巻き込まれかねない事態に発展することには否定的である。中東からの撤退はオバマ政権以来の米国の一貫した戦略であり、米軍が世界の警察官として秩序維持のコストを支払うことを嫌うトランプの政治思想とも一致している。
イラン
核合意からの離脱と対イラン制裁の復活は、オバマ政権のレガシーを否定するという観点から第一次トランプ政権においてもっとも重視される政策の一つとなった。その結果、2019年には湾岸情勢が不安定化、米国の同盟国であるサウジアラビアやUAEのタンカーや石油関連施設が攻撃の標的になる事態が発生し、米国が空母打撃群をペルシャ湾に派遣する等、米・イラン間の軍事的な緊張が高まることになった。2020年1月には海外での工作活動を主任務とするイラン革命防衛隊ゴドゥス部隊のソレイマーニー司令官をイラクで殺害するという予想外のオペレーションに踏み切り、イランが報復としてイラク領内の米軍基地に弾道ミサイルを撃ち込むという未曽有の事態に発展した。バイデン政権は就任当初から核合意の再建に向けた交渉に取り組んだものの、イラン側で保守強硬派の大統領が就任し、女性のヒジャーブ着用問題を契機に起きたデモの弾圧が発生したことで、イランとの交渉の機運は失われてしまった。
イランに対する「最大限の圧力」政策は、伝統的にイランに敵対的な共和党の立場に鑑みれば、第二次トランプ政権で復活する可能性が高い。バイデン政権下でも対イラン制裁はほとんど緩和されていないことから、第一次政権のときに起きたような大きな揺り戻しが発生する余地は少ないと言えるが、年々増加している中国への石油の密輸が厳しい取り締まりを受けるようになる可能性はある。イランの核開発、ウラン濃縮が進んでいることは新たな懸念であり、イスラエルや湾岸諸国はトランプに断固とした対応を取るよう働きかけるかもしれないが、トランプがこれに応じるかは不明である。今回の大統領選においてもトランプ陣営はイランによるハッキングや暗殺計画があったと主張し、イランを敵対的に見ていることは変わりないが、トランプ本人はイランとの新たな合意の締結について交渉する用意があると表明する等、イランとの対話の可能性は否定していない。第一次政権において国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトンのようなイランの体制転換を狙う新保守主義(ネオコン)派が第二次政権にも入り込むようであれば対イラン政策は強硬なものになるだろうが、欧米との対話路線を掲げるペゼシュキヤーン大統領との交渉にトランプが関心を示す可能性はある。
湾岸諸国
第一次政権においてトランプは米国大統領として初めて、最初の外遊先にサウジアラビアを選んだ。この訪問では米国史上最大規模となる総額1097億ドルの武器売却契約が結ばれ、米・サウジ関係の蜜月の始まりとして記憶されている。この蜜月関係はサウジ政府がトルコの領事館内でジャーナリストのカショギ氏を殺害する忌まわしい事件が起きた後も、米国からサウジへの武器売却を凍結しなかったことで証明された。この反動でバイデン政権は人権問題を重視する姿勢を打ち出し、サウジへの攻撃的な武器の供与を停止する判断を下したが、中東情勢の変動からサウジの協力が欠かせなくなったこともあり8月に凍結は解除されている。
内政干渉をしてこないトランプの姿勢は概ね湾岸諸国にて歓迎されているが、前述のトランプのサウジ訪問ではサウジ・UAEがカタールへの断交措置についてトランプに直談判し、トランプが迂闊にもそれを承認したことで、3年半に渡る外交トラブルが湾岸諸国内で起きたことは思い起こしておく必要がある。複雑性を増す地域秩序の維持にほとんど関心を寄せないトランプにとって、湾岸諸国は多額の投資や米国製の武器の購入をするビジネスパートナーであることに価値を見出しており、こうした取引的なアプローチが第二次政権でも継続されることになるだろう。一方、湾岸諸国は取引の見返りとして米国の安全保障が供与されることを求めており、トランプが繊細な調整をおざなりにすれば、関係が抉れる可能性もある。サウジアラビアとイスラエルの国交正常化の後押しは第二次トランプ政権でも継続されることはほぼ確実だが、サウジが求める防衛へのコミットメントをトランプが確約できるかは微妙だ。
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