見出し画像

イギリスの男女の賃金格差 ー なぜ、それが重要なのか?​自分たちの生活や人生にどう影響するのか?

今週の月曜に、The Global Institute for Women's Leadership(GIWL)が開催した、イギリスの男女の賃金差についてウェビナーに参加しました。

パネリストには、労働党の女性国会議員のJess Philipps(ジェス・フィリップス)もいて、「統計や数字だけだと、人々には響かず、無関心に終わってしまう。男女の賃金格差が一人一人の生活や人生にどう関わるのかという、感情に響く部分も大事」と言っていて、その通りだと納得しました。これは、イギリスだけでなく、全世界共通です。
なぜ、この問題(男女の賃金格差)は特に女性にとって重要なのでしょう?

ジェスが指摘しているのは、現在の賃金格差は、女性の経済力の弱さを招いており、男性の女性への暴力を起こしやすくする、ということです。彼女も指摘していましたが、「あの人は暴力的な人だから、家庭内暴力を行う」という言い訳は全く論理的ではありません。これらの人々は確実に、自分の会社の女性上司には暴力は振るわないし、セクシャルハラスメントも行わないでしょう。彼らが家庭内暴力やセクシャルハラスメントを行う対象は、自分より経済的、社会的、政治的にパワーのない人々です。往々にして、経済力の弱い女性や移民、若い人々、子供たちが暴力の対象となります。女性への暴力を解決するためにも、男女の賃金格差の解決はとても重要です。
また、イギリスでもケアセクター(老人介護、子供の世話等)は、圧倒的に女性が多く、ほとんどが最低賃金で、仕事の内容や環境も過酷であることが指摘されています。女性の経済的、社会的、政治的なパワーが男性と同等にならないと、これらの問題もなかなか解決されないでしょう。
男女の賃金格差は、女性の生涯の間で得る収入や、年金にも影響します。イギリスでも、特に女性の高齢者の貧困は問題となっています。

個人的には、女性がエンパワーされた社会(=男女平等)だと、女性が一方的に経済的に弱い立場に陥らず、男女が対等な関係で、単に「お互いが好きだから」という理由で一緒にいられて、人間らしい関係が築きやすい社会になると思います。これは、結婚する/しない、子供を持つ/持たないという二極化した選択というよりは、もっと緩やかな、それぞれの人生や変化にあわせて関係性も変えていける自由があるということだと思います。
私の周りのヨーロピアンは、数十年一緒にいて子供も大きいけど結婚していないカップルや、結婚せず十数年、数十年の恋愛生活を楽しんでいる人が多いです。共通しているのは、男女どちらもが経済的・精神的に自立していること、一緒にいる理由はシンプルにお互いが好きだから、ということ。結婚していない長年一緒にいたカップルが別れても、子供は共同親権でお互いが近くに住んで子供の面倒や金銭的な負担をきちんとシェアするのがごく普通です。日本だと「子供をもつ=結婚」かもしれませんが、ヨーロッパでは結婚と子供は結びついていません。だからといって、子供やお互いの関係について責任がないわけではなく、自主的にどちらもが大人として責任をもった言動を選択します。
経済力は「自由」をもたらします。一般にヨーロッパでは、パートナーへの条件付け(学歴、収入、職業や働いている会社、本人の生まれた家族の財産、等)は聞きません。相手の経済力はまず問われません。この条件付けは、まるで、人間同士の関係性を、金銭や商品のやり取りに置き換えたように感じます。お互いに十分な経済力、社会力があれば、「婚活」というような、目の前にいる感情をもった一人のかけがえのない「ひと」を、学歴・収入・若さ等によって機械的に振り分けて値踏みをしたり、自分が値踏みをされたりする必要は全くなく、好きな人と一緒に幸せに暮らせる人が増えるのではないでしょうか。

このウェビナーで参照されている男女賃金格差(6か国比較)レポートは、ここからダウンロード可能です。
残念ながら日本はこの比較6か国には入っていませんが、世界経済フォーラムのランキングによると、2021年度のジェンダーギャップは、イギリスは156か国中23位、フランスは16位、スペインは14位です。(日本は120位
イギリスの場合、透明性は高い(イギリス政府のウェブサイトより、男女の賃金格差のデータを参照、ダウンロード可能。ここより)ものの、問題は以下だと、複数のパネリストから指摘されていました。

ー イギリスでの男女の賃金格差の報告が義務付けられているのは、従業員250名以上の場合。イギリスでは、95パーセントの企業が中小企業のため、多くの企業には報告義務がない。
※スペイン・フランスでは従業員50名以上の企業は報告義務があり。
ー 男女の賃金格差が大きい場合でも、イギリスでは、何らかの改善の施行やモニタリングの義務は存在しない。レポートしてそれっきりになってしまう。
※スペイン・フランスでは改善する義務あり。追跡調査あり。

上記より、以下の改善策が提案されていました。

男女の賃金格差を解消するためのアクションプランを公表することを、法律的な義務とする
ー 男女の賃金格差のレポートを義務付ける会社の規模を、従業員50名以上とする
ー 男女の賃金格差のレポートを期限内に提出しない場合には、自動的に罰金を科す
Government Equality Office (イギリス政府機関の平等事務所j)とEquality and Human Rights Commission (平等と人権委員会) のガイダンスとサポートを行う能力を増やし、厳格な監視と、提出されたデータについての解析を行う

また、パネリストのChartered Management Institute(勅許マネージメント協会)のトップのAnn Francke (アン・フランク)さんは、現時点でイギリスでは男女にLevel Playing Field (公平な競争の場)は存在しておらず、女性やマイノリティー、身体の不自由な人々に大きなサポートと、クォータ制(マネージメントに一定の人数の女性を含めることを義務付け)は必要であるとしています。彼女によると、新卒で働き始める場合のエントリー職は、男女の比率は同じだけれど、職位が上がるにしたがって、ピラミッド型のように女性の数が減ることを指摘しています。これには、大きな2つの要素を指摘していました。

一つ目は、いったん家族をもつと、女性が子供や親、親戚といった人々のケアの中心となることが多く、そのためにフルタイムで働くことを諦めざるを得なかったり、自分の技能に見合った職ではなく他の条件を優先した、能力をいかせない職を選ばざるを得ない場合などを指摘していました。これは、本人にとっては、本来行きつけるはずだったキャリアを積めないことで生涯で受け取る給料の額が大幅に少なくなることと、老後年金も積み立てられず経済的にダメージを受けること、また、社会にとっては、その人の能力に見合った仕事をしないことでのイノベーション・生産性の喪失、税金の収入が落ちることなので、女性だけでなく社会全体にもネガティブな影響を及ぼします。
二つ目は、プロモーション課程の不透明さです。男性が多くのトップの地位を占めている以上、男性同士のネットワークが圧倒的に男性に有利に働いたり、「男性のほうが能力が上」という思い込みをなくすのは簡単ではありません。アンは、「仕事は成果で判断されるべき」と断言していました。このプロモーションの課程を透明化し、仕事の成果をなるべく正確に客観的に判断することで、プロモーションされる女性は増えるはずだとしています。

ただ、過渡期として、女性にスポンサーシッププログラム(メンターが配置される)をつけることも重要だし、男性に育休を女性と同じように取得できるようにする法律整備も必要だとしていました。また、リモートワークについても、夫婦であれば、女性はリモートワークで家族のケアをし、男性は職場に通勤する場合が多く、毎日顔を合わせている人々のほうがプロモートされる可能性が高くなるという不公平を避けるために、企業は仕事の成果を公平で透明化された判断基準ではかり、リモートワークの従業員たちとも定期的に面談(リモート)を行うことが重要だとしていました。

アンも指摘していましたが、こういう議論が起こると必ず男性から「女性を優先するのは不公平だ」という声が上がります。彼女は、現状が多くの女性・マイノリティー、身体の不自由な人々に圧倒的に不利になっているのは明白であり、これらの人々にサポートをし、不公平を是正し公平な競争の場を作ることは重要で、それが結局は男性も含めて社会全体のためになるとしていました。

イギリスの場合、日本と比べると、圧倒的に多くの女性が国会議員や企業の重要な地位についているし、会社で、男性たちが女性上司を多くもつことも普通です。それでも、男女の賃金格差の是正にはまだ長い道のりが待ち受けています。

日本の場合は、さらに難しい要素が付け加わるでしょうが、誰もが平等な機会を得る社会を実現するためには解決していく必要があるでしょう。
日本とイギリスで大きな違いは、以下でしょうか。

働き方、労働の仕組)
残業は基本的にない (定時で終わり)。残業するのは、仕事の能力が低い証拠(就業時間内にプロフェッショナルとして質の高い仕事を遂行できない)とみられ、マネージャーもそういう人を放置しておくと責任を問われるので、残業をすること自体が問題となる。
サービス残業はない。賃金を払わずに従業員を働かせるのは違法。
病気で休んでもホリデーから引かれない。給料も当然ひかれない。※ホリデーは年間20日ぐらいがミニマム。最大30日ぐらいまで増えることもあり。西ヨーロッパだと、イギリスよりもホリデーは多い。
ホリデーは取りきるし、2~3週間程度の長さのホリデーや、Bank Holiday(国民の休日)とつなげて1週間ぐらい取得するのも普通。
新卒一括採用はなく、一般職・総合職といった区分けもない
ー 高卒・大卒で同じ職務なのに給料が違うということはない。学歴に関わらず、同一職務、同一賃金。
ー Zero Hours Contract (勤務時間を定めない雇用契約)はウーバー等の新しい形態での仕事では存在はするものの、日本よりはずっと厳しく管理されており、先述の契約でもホリデーの付与は法律的に義務付けられている。
ー 職務に基づいた雇用契約なので、同じ職務の場合、パートタイム/フルタイムに関わらず、時給は同じで職務も同じ。パートタイムはアシスタント的な仕事で責任が少ない、ということはない。どちらも同じレベルのプロフェッショナルで、対等で平等
職務に基づいた雇用契約(契約書の職務内容は長く、明細にわたる)なので、職務内容が変わった、増えた場合に、給料増やプロモーションの交渉が行いやすい。
日本のような正規・非正規雇用といった区別はない。ウーバー等の新しい働き方を除けば、通常は、企業に直接雇用されるフルタイム・パートタイム・期限を定めた雇用(ただし一定期間を超えると正規雇用への切替が法律的に義務付け)、或いはリクルートメントエージェンシーを通したテンプや期間限定雇用(この場合は、リクルートメントエージェンシーの社員扱い)。働く時間(パートタイム・フルタイム)に関わらず、企業に直接雇用されている人々は該当企業での正規雇用であり、職務に応じた賃金と責任が生じる。仕事のアサインメントを適切に行うのはマネージャーの責任です。また、同じ職場で働いている限り、勤務形態によって差別するのは違法です。そのため、子供と保護者(社員)のコモンルームや、無料の飲み物の自販機やウォーターサーバー等は、そこで働いている誰もが使用する権利があります。
パートタイムで働いている人に対しても、勤務日数や給料額に関わらず、会社は諸々の保険料を負担する義務がある。一定の給料額を超えると、国民年金とは別に政府がサポートしている個人年金へ従業員を加入させることが義務付けられています。会社は給料とは別に、もし給料の3パーセントを従業員が振り込むとすれば、それと同じ金額を個人年金に振り込みます。福利厚生として、かなり大きなパーセンテージでこの個人年金に上乗せして振り込む企業もあります。
ー かなり職位が上でも、パートタイム、リモートで働いていることは珍しくない。働く時間数や場所ではなく、成果を出すことが大事
ー 交通費は出ない。

社会の仕組)
セーフティーネット(失職したり、重い病気になって働けない場合等の保障)がEU諸国と比べるとかなり見劣りし、十分ではないものの、日本よりは少し良い :失業した場合、病院治療は引き続き無料・歯医者は無料となる・薬の処方箋料も割引か無料、税金の多くは免除、家賃も状況によっては地方自治体等から支払われる、生活費へのサポート、電車賃、映画・劇場・美術館への入場料の割引、等
※小さな子供でない限り、家族がサポートをするという前提にはなっていないので、家族に照会がいったりはしません
病院での検診・治療・手術・入院は基本的にすべて無料(入院や3か月入院が必要なぐらいの大きな手術、癌等の高度治療、入院中の着替えや食事、その間の薬もすべて無料)。
ー 大学を例にとると、イギリスを含むヨーロッパの大学はほぼすべて国立大学で、イギリスは授業料を15年ほど前から徴収するようになりましたが、政府が最高授業料額を決めているので、日本のように極端に高額な授業料にはなりません。スコットランドは、スコットランド人等の必要条件を満たしていると今も授業料は無料です。2021年大学学士コース(フルタイム)入学だと、上限は9250ポンド(約138万円/年)です。上限なので、多くの大学はこの金額よりは低い授業料です。ただし、外国人へは、授業料額の上限設定がないため、大学によってはブリティッシュ学生の3倍ぐらいの授業料を課している場合もあります。それ以前は無料で、他のヨーロッパの大学の授業料は現在もほぼ無料かとても低い授業料です。「教育は万人のため、教育の平等な機会は基本的人権」という考え方も影響しているでしょう。政府からの大学への支出は、日本に比べるとイギリスでさえかなり多く、そのため、全般的に大学の質は日本に比べると高く、学生ローンも税金から支出されていて、返還の仕組みも寛容です。学生ローンは、一定の収入を超えてから、超えた分の9パーセントのみを返還します。(例/2010年に大学を始めた場合は、税込の月収が1657ポンド=約26万円を超えた段階で返還が始まる。税込み月収が2000ポンドだと、前述分を超えた343ポンドの9パーセントの30ポンド=約4500円の返還/月)一定の年齢までに払い終えない場合は、帳消しとなります。実際には、かなりの人々が学生ローンを返還しきらないそうですが、「人々にチャンスを与えることは大事」という国民の合意があります。また、失業したり、給料が決められた閾値の額以下となると、返還はストップします。
高等教育(大学)と成人への教育の門戸は広く開かれており、就職して十数年たった後に大学の学位を取ったり、仕事をCompressed Hoursにして(週5日35時間働いていたのを、週4日で35時間働く等)、大学院をパートタイムで2~3年かけて修了するケースもあります。大学によっては、働いている人が多いことを前提に、午後と夕方・夜に授業を集中させていたり、Adult Collegeでさまざまなコースを勉強することも可能です。また、会社や組織が大学院へ行くことをサポートして授業料を払い、働く時間も調整してくれるケースもあります。
ー 日本に比べると、男性の家事やチャイルドケアの分担が高い。家事・食事への要求レベルも、日本に比べるとかなり低いのが普通。

イギリスの場合、学校を卒業し仕事を始める時点では、男女の賃金差と男女の人数の差は認められないとする分析が多いです。

日本では、高等教育の入り口の部分ですでに男女格差が起きていて、イギリスよりは、一つ前の段階(男女の教育の格差の機会是正)をはかる必要があると思います。

【男女の教育の格差の是正】
女性の中等教育(中学・高校)での成績は良いにも関わらず、大学という高等教育となると、男性には浪人させてでもなるべく偏差値の高い大学へ送り込み、女性の場合は短大や本人の将来のキャリアや指向を何も考慮されない私立大学へと送り込まれたり、兄弟がいるため女子は希望の進学を、能力的には可能にも関わらず諦めざるを得ない、というのも耳にします。多くのアフリカの国々では、国自体が貧しいため、長男だけに教育の投資をし、娘たちはなるべく早く結婚させる、というのはよく聞きますが、これは、ヨーロッパで起こるとは考えにくいです。ヨーロッパでは、男女に関わらず、本人が望み、本人の能力があれば、高等教育に進みます。また、日本のように私立大学が乱立している状況では、大学は「教育」が目的ではなく、「利益を出すこと」が第一にならざるを得ないので、全体的な教育の質も下がり、またイギリスのような寛容な学生ローン(税金から出資)や授業料の最高額の法律規定は起こりようがないでしょう。そうすると、生まれ落ちた家庭がある程度裕福でなければ、そもそも、いわゆる就職に有利な大学へ行くこと自体が非常に難しくなるでしょう。
この状況が社会全体にとっても、個人にとってもいいことだとは思えません。
教育の機会は万人に平等にあるべきです。
質の良い国立大学を増やして授業料は税収を使い低めに抑え(=将来への人材投資)、学生ローンはイギリスのようにきちんと暮らせるだけの収入は本人に残した上で返還(=たまたま生まれ落ちた家が裕福でない人々にも教育の機会がある)というような仕組を考慮する価値はあるのではないでしょうか。学校に入る時点での男女差別をなくさないと、男女の賃金格差をなくすことは不可能でしょう。
また、学校教育をいったん終えた人々が、人生のどの時点でも高等教育を受ける機会があることは必要でしょう。
イギリスでは、長年主婦で子供と親戚の面倒を見ていた人が、大学へ進み、資格のある心理療法士になったり、会計士になることも珍しくはありません。寛容な学生ローンは経済的な助けになるし、在学中はチャイルドケアの無料サポートもあります。子供や老人のケアという社会での貴重な役割を果たした経験は、どのようなプロフェッショナルな仕事にも活かされるでしょう。

【家族をもった後】
いったん家族ができ、子供がいるのに夫婦のどちらもが長時間の残業を続けるのは、ほんの一握りの超人的な体力のある人々や、大きな経済力をもっている人々、ほぼ無料の家事やチャイルドケアを毎日してくれる人々が身近にいなければ、まず無理でしょう。そうなると、どちらかが、恐らく主に女性が、仕事の時間を減らす、或いは仕事を辞めざるを得なくなるのは、現状では仕方のないことでしょう。
ただ、このままでいいはずがありません。
長時間の残業は、生産性を上げる効果はないし、人々の生活や人生にもポジティブな影響を与えないのは明白です。ヨーロッパのように、働く時間は短くても、生産性をあげ、人間らしい生活を送ることは可能です。特に日本のように全体的に教育レベルが高い国では、十分可能でしょう。
このウェビナーでも上がっていましたが、チャイルドケアの充実と、仕事の評価を勤労年数や残業時間数でなく、明確で透明化された指標を使って仕事の成果ではかるようにすれば、もっと多くの普通の女性が力を発揮し、個人・会社・社会にポジティブな効果を与えるはずです。また、子育てや老人等のケアで、いったんキャリアに空白ができた女性たちが自分たちの力を発揮する機会を作るために、社会が大きくサポートすることは大切です。
ここでの「仕事」は、最低賃金の誰でもできる、かつ未来のない仕事ではなく(これは機械に早いうちに置き換えられるでしょう)、やりがいのある将来のキャリアにつながる良い仕事でなければなりません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?