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「家族」という檻を破壊する新種モンスター! 内藤瑛亮監督と押見修造のコラボ作『毒娘』

 この映画を観た人は、新しい都市伝説の誕生の瞬間に立ち会うことになるかもしれない。そう思わせるのは、内藤瑛亮監督のオリジナル脚本による映画『毒娘』だ。内藤監督はネットの掲示板で読んだ実在の出来事をモチーフに、新時代のホラーアイコンとなる「ちーちゃん」を生み出している。

 これまでも『先生を流産させる会』(12年)や『許された子どもたち』(20年)といった実話からインスパイアされた社会派の問題作を、内藤監督は撮ってきた。今回のモチーフとなったのは、2011年に子育てブログに投稿されたある記事だった。それは育児放棄された少女・Kちゃんに自分の子が付きまとわれているという内容で、『先生を流産させる会』を完成させたばかりの内藤監督は、この育児放棄された少女に魅了されてしまった。

 手がつけられないほど凶暴で、恐ろしい存在だけれども、どこか孤独さも感じさせるちーちゃんは、現実世界から生まれてきたキャラクターだった。本作を観ている観客は、ちーちゃんの考えた危険ないたずらに誘われ、知らないうちに加担してしまう。そして、危険ないたずらがとても楽しいことを知ってしまう。

廃材扱いのハサミが、ちーちゃんの凶器になる

「ショートケーキとコーラを買ってきて」


 映画のストーリーはこんな感じだ。服飾デザインの仕事をしてきた萩乃(佐津川愛美)は、会社員の夫(竹財輝之助)と結婚し、夫の連れ子である萌花(植原星空)と共に中古の一軒家に引っ越してきた。家族愛に飢えていた萩乃にとっては、ずっと憧れていた愛に満ちた家庭生活だった。萌花は子どもの頃に負った火傷の痕を気にして中学校に登校できずにいたが、時間をかけて本当の家族になれればいいと萩乃は考えていた。

 だが、そんな幸せの予感は、ひとりの闖入者によって粉々に破壊されてしまう。ある日、家にひとりでいた萌花から、萩乃のケータイに電話が掛かってくる。「ショートケーキとコーラを買ってきて」という萌花の切羽詰まった声に、萩乃は慌てて箱入りのケーキとコーラのペットボトルを買って帰る。

 自宅に戻った萩乃が見たのは、リビングで萌花に馬乗りになったちーちゃんがハサミを振るっている姿だった。初めて見る少女・ちーちゃんだが、どう見ても尋常ではない光景だ。萩乃がケーキとコーラを渡すと、ちーちゃんはケーキを手づかみで食べ散らかし、コーラをラッパ飲みして去っていく。「またね~」という言葉を残して。

 帰宅した夫に相談しても、「警察に知らせたら面倒なだけだろう」と真剣に取り合おうとはしなかった。数日後、ちーちゃんの正体が分かる。かつてこの家に住んでいた家族の娘らしい。ちーちゃんと呼ばれるその娘が暴力事件を起こしたため、一家は別の街へ引っ越したはずだった。ちーちゃんは自分が育った家にこだわって、ひとりで戻ってきたらしい。

 その後も、ちーちゃんの影がたびたび家の周辺に現れるようになる。ちーちゃんが出没するようになって、まず萌花が変わっていく。不登校で友達のいなかった萌花は、年齢の近いちーちゃんの影響を強く受ける。また、萌花の母親になろうと努めてきた萩乃も、ただでは済まなかった。ちーちゃんは感染力の強い致死性ウイルスのような存在だった。

ちーちゃんの襲撃に遭う夫婦(佐津川愛美、竹財輝之助)

イノセントな悪の象徴・ちーちゃん

 萩乃役で本作に主演したのは、犯罪サスペンス『ヒメアノ~ル』(16年)でストーカー被害に遭うヒロインを熱演した佐津川愛美。2023年は主演映画『蜜月』が公開中止になるという不運に見舞われたが、そんなネガティブなニュースも跳ね返すタフな女性像に挑んでいる。

 もうひとつの注目ポイントは、少年少女たちのサバイバルバイオレンス映画『ミスミソウ』(18年)で話題を呼んだ内藤監督からのオファーを受け、人気漫画家の押見修造氏が「ちーちゃん」のキャラクターデザインを担当したこと。押見氏は『惡の華』や『血の轍』など、思春期の少年少女たちの内面世界を繊細に描くことで知られている。内藤監督も押見氏も、共に思春期の子どもたちの危うさをテーマにしてきた表現者だ。敬愛する内藤監督からのオファーを、押見氏は快諾。ちーちゃんを怖いけれど、愛くるしくもあるキャラクターとして描き出している
(ふたりがコラボした過程については、こちらを参照に 対談前編 https://magmix.jp/post/221187   対談後編 https://magmix.jp/post/221628)。

 ハサミを手にしたちーちゃんは、まったく躊躇することなく人に襲い掛かる。社会常識から逸脱した、恐ろしいモンスターだ。ちーちゃんに一度ロックオンされると、ちーちゃんから逃れることはできない。ちーちゃんの強い毒を浴びると以前の状態にはもう戻れない。

 だが、解像度の高いもうひとつ上のフェーズから見れば、ちーちゃんは学校に通うこともなく、地域社会や家族という縛りから解き放たれている完全に自由な存在でもある。イノセントな悪の象徴だとも言えるかもしれない。

萌花(植原星空)はちーちゃんに感化されていく

思春期の心の闇でつながった仲間たち

 友達がいなかった萌花は、次第にちーちゃんに惹かれていく。危険な存在だと知りながら、どうしようもなく引き寄せられてしまう。ふたりの関係性は、北欧のホラー映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08年)の両親が離婚した孤独な少年・オスカーと吸血鬼として闇に生きる少女・エリとの構図を彷彿させるものがある。

 ちなみに押見氏の人気コミック『ハピネス』は、『ぼくのエリ 200歳の少女』から影響を受けた作品だ。北欧を舞台にした『ぼくのエリ 200歳の少女』のエリたち、コミック世界の『ハピネス』の吸血鬼・ノラたちも、本作に登場するちーちゃんと萌花も、みんな思春期の心の闇でつながった仲間たちだと言ってもいいだろう。そして、その闇の中には、やはり孤独な少年時代を過ごした内藤監督や押見氏もいたはずだ。

 自分が育った「家」に固執するちーちゃんだが、その「家」で暮らすことになる家族の欺瞞さを見抜くと、容赦なく攻撃してくる。ちーちゃんがぶっ壊すものは、つまらない社会常識であり、この国の基盤となってきた家父長制度であり、その制度に支えられてきた男や父親たちだ。ちーちゃんが起こす“ひとり暴動”によって、家という見えない檻に閉じ込められていた女性や子どもたちは解放されることになる。怪獣映画の怪獣が、大人たちのつくった街を破壊するシーンに、子どもらがカタルシスを覚えるのに近いものがあある。

 内藤監督は『先生を流産させる会』で長編デビューするまで特別支援学校(旧養護学校)の教員を務めていたという、映画監督としてはユニークなキャリアの持ち主だ。そんな内藤監督に共鳴した形で、漫画家の押見修造氏がちーちゃんをビジュアル化し、オーディションで選ばれた新進女優の伊礼姫奈がすぅ~とちーちゃんというキャラクターに溶け込んでみせている。ホラー映画界に降臨したちーちゃんは最凶に恐ろしく、最高にチャーミングでもある。

 新しい都市伝説が生まれる瞬間に、この記事を読んでいるあなたにもぜひとも立ち会ってほしい。

『毒娘』
監督/内藤瑛亮 脚本/内藤瑛亮、松久育紀 
ちーちゃんキャラクターデザイン/押見修造 
出演/佐津川愛美、植原星空、伊礼姫奈、馬渕英里可、凛美、内田慈、クノ真季子、竹財輝之助 
配給/クロックワークス 4月5日(金)より公開中
(c)『毒娘』製作委員会2024

※毒親問題に関心のある方は、こちらもどうも。
チリのアートアニメ『オオカミの家』のレビューです
https://www.artagenda.jp/feature/news/20240417?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR28gBMImr6tqlaoXORuM_dgGMww2tE2B_ud5sF5IBiYqkeCAN0BoE1s88M_aem_Aaw4S_lXkLwuokWwv2gmJQwuD0TK2DnrBxTvyRP0NqUDcEyswh63EMdxA0MkXYulPKqkGb5ElCC27e_KjKquQSU7


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