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“和製トランボ”馬淵薫の最高傑作 八千草薫に魅了される『ガス人間第一号』 

 多くの男性に忘れられない一人の女性がいるように、多くの人に忘れられない一本の映画がある。鮮明に脳裏に焼きつき、折を見て見返したくなってしまう。自分の人生において、とても大切なことを教えてもらったような気がしてならないからだ。笑われるかもしれないが、私にとってのその一本が東宝の特撮映画『ガス人間第一号』(60年)になる。

 怪獣映画の金字塔『ゴジラ』(54年)を撮った本多猪四郎監督と円谷英二特技監督との黄金タッグ作であり、東宝の「変身人間」シリーズ『美女と液体人間』(58年)、『電送人間』(60年)に続く第3弾だった。出演は三橋達也、佐多契子(新人)、土屋嘉男、松村達雄、左卜全、八千草薫といった顔ぶれだ。

 東京都内で謎の連続銀行強盗事件が発生する。警視庁の岡本警部補(三橋達也)らが捜査網を敷くものの、犯人を逮捕することができずにいた。やがて捜査線上に、美しい踊りの師匠・藤千代(八千草薫)が浮かび上がる。

 落ちぶれた踊りの家元である藤千代は、急に羽振りがよくなっていた。新作の発表会のために大金を使っていることが分かる。彼女が支払っていたお金は、銀行から奪われたものだった。重要参考人として、藤千代は警察に連行される。

 そこに藤千代の無実を証言する男が現れる。連続銀行強盗の真犯人であるガス人間(土屋嘉男)だった。ガス人間こと水野は、生物学者・佐野博士(村上冬樹)による人体実験を受け、自分の肉体を自在に気体化できる特殊な能力を持っていた。厳重に警備された銀行にも、簡単に潜入・脱出することが可能だった。発表会を開くための金策に悩む藤千代を見かねて、水野は銀行強盗を重ねていたのだ。

 水野を逮捕しても、留置場からたやすく抜け出されてしまう。このまま野放しにすれば、社会秩序は崩壊しかねない。ガス人間を抹殺するための、冷酷な計画が進められる。あえて藤千代に発表会を開かせ、そこにガス人間を誘き出す。無観客状態にした劇場を丸ごと爆破しようという計画だった。ガス人間の藤千代への暴走愛と、ガス人間をあの世に送るための非情な計画とが舞台上で冷たくクロスすることになる。

哀しみを背負った怪物を描き続けたワケありな脚本家

 特撮という子ども向けのジャンルに、大人のメロドラマを盛り込んだのは、脚本家の馬淵薫だ。東宝の特撮映画でおなじみのこの脚本家は、遅咲きのかなり変わった人生を歩んでいる。

 1911年(明治44年)2月4日生まれの馬淵は、関西大学時代に演劇と社会運動に傾倒し、共産党員であることを貫いたために戦時中は獄中生活を味わっている。日本が太平洋戦争に敗れ、思想の自由が認められるようになり、晴れて日本共産党の一員として活動を再開する。ところが党内の抗争に巻き込まれ、1950年(昭和25年)に除籍処分となってしまう。社会のどこにも居場所のないガス人間は、馬淵薫自身だった。

 食べていくために馬淵が頼ったのは、関西での演劇仲間だった田中友幸だ。東宝に入社し、『ゴジラ』を大ヒットさせた辣腕プロデューサーとなっていた田中のもとで、馬淵は映画のシナリオを書くようになる。

 馬淵の手掛ける作品は、特撮ものが多かった。『空の大怪獣ラドン』(56年)の翼竜怪獣ラドンは、生まれ故郷である阿蘇山に帰巣しようとし、噴火口から流れ出るマグマに焼かれてしまう。『マタンゴ』(63年)で無人島に漂着した主人公は、妖しいキノコを食べ、自分もキノコの怪物になるかどうか苦悶した。『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(66年)はフランケンシュタインの怪物が残した細胞が善と悪とに分かれ、兄弟同士で闘うはめになる。どれも哀しみを背負った怪物たちの物語だった。

 本名は馬渕薫だが、『ガス人間』も含めて初期作品は「木村武」という平凡なペンネームを使っている。本来なら見た人の印象に残るようなペンネームを付けるはずなのに、馬淵の場合は逆だった。共産党で活動していた時期が長かったせいか、自分の名前が世間に知れ渡るのを避けていたように思える。

 馬淵がシナリオデビューを果たした1950年代は、ハリウッドでは赤狩りが行なわれていた時代でもあった。この時代の社会背景については、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(17年)などを参照してほしい。ちなみにダルトン・トランボが偽名で脚本を書いた『ローマの休日』が公開された1953年は、馬淵が『赤線地帯』で脚本家デビューを果たした年でもある。

女性が持つ二面生を演じ分けた八千草薫

 そんな馬淵薫テイストが全編にあふれる本作で、ヒロインを務めているのが八千草薫だ。1970年代になってからは、青春ドラマ『俺たちの旅』(日本テレビ系)や山田太一脚本作『岸辺のアルバム』(TBS系)などで「美しい母親」を演じて人気を博することになる八千草だが、この時期の彼女は女優としては不遇の状態だった。

 宝塚歌劇団出身の八千草薫は、映画界でも清純派女優としてアイドル的な人気を集めた。だが、19歳年上の谷口千吉監督との交際が発覚し、また谷口監督が既婚者だったことから、世間から激しいバッシングに遭ってしまう。周囲の反対を押し切って谷口監督との結婚を果たすものの、女優としての仕事はすっかり減っていた。谷口監督の『大盗賊』(63年)などの脚本も馬淵は手掛けており、谷口監督の自宅で家事に勤しむ八千草の様子を見ていたようだ。

 ガス人間が馬淵自身であるように、落ちぶれた美貌の家元・藤千代もまた、世間から干されていた八千草薫そのものだった。彼女の女優としての魅力と才能を、自分の筆でもう一度世間に知らしめてやりたい。ガス人間・水野と脚本家・馬淵薫の心情は見事なほどにシンクロしている。

 クライマックスはあまりにも哀しく、そして美しい。ひとりの女性が持つはかなさと恐ろしさの両面を踊りで表現する藤千代の舞台シーンには、鬼気迫るものがある。藤千代は水野から渡されたお金がきれいなものではないことを知った上で、踊りの発表会を開く。社会人としてのモラルよりも、表現者としてのエゴのほうが上回ってしまったのだ。

 劇場が大炎上するラストシーンの解釈は、観る人によって大きく異なるだろう。愛する女・藤千代の発表会を最後まで見届けることができ、ガス人間は最高にハッピーだったに違いない。だが、藤千代は芸の世界に身も心も捧げており、必ずしも愛情によってガス人間と結ばれているわけではない。ガス人間はどこまで理解していたのだろうか。藤千代とガス人間との心の距離は、10,000光年くらい離れている。

 それでも自分は、この物語を折に触れて見返してしまう。もちろん何度観ても、結末は変わらない。でも、いつかガス人間と藤千代との心の距離が、ほんの一歩でも二歩でも近づく日が来るのではないか、そう願いながら繰り返し観てしまうのだ。

『ガス人間第一号』
脚本/木村武 監督/本多猪四郎 特技監督/円谷英二 音楽/宮内國郎 
出演/三橋達也、八千草薫、佐多契子、土屋嘉男 製作・配給/東宝 1960年12月公開

※馬淵薫(木村武)へのインタビュー記事、もしくは『ガス人間第一号』をはじめとする馬淵薫脚本作に関する文献を探しています。記事が掲載された雑誌などお持ちの方はご連絡をいただければ幸いです。

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