ひとりの夜にその物語。

ひとりの夜に寄り添うように、 小さな物語を公開していきます。 日曜・木曜夜連載。

ひとりの夜にその物語。

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最近の記事

出口を探して

夜の首都高は近未来。 僕は君のことを考えながらハンドを握っている。 だけど君は他のやつの腕の中。 僕よりは君のことを大事しないやつ。 僕より君のことを知らないやつ。 そいつのせいで君が泣いていることを知らないやつ。 この宝石箱をひっくり返したような道を、ただ出口を探して走っている。 君にたどり着きたいのに。 遠いんだ。

    • その瞬間

      好きになった時のことなんて、覚えていない。 気が付いたら、好きだった。 でも、なんでだろう。 もしかしたら、飼っている猫の話を聞いたときかな。 それとも、昔の学生生活の話を聞いたときだったかな。 なんか可愛くて、静かで、いいなって、思った。 それだけ。 私のこと、見て欲しかった。特別にして欲しかった。 もう諦める・・・そう決めている。 だけど、お願いします。 「大好きだよ」 この言葉を、彼の耳もとにどうぞ届けてください。 なんて、子供みたいに月に願った

      • 忘却の先

        忘れない 私はこの瞬間を、絶対忘れないんだ。 ――・・・ お風呂場に重曹を撒いて、ピカピカに磨き上げる。 シャワーで浴槽を流し終わって浴室を後にすると、脱衣所の鏡に、あの時、あれだけ忘れることはないと思ったあの瞬間を、すっかり忘れてしまった私が映っていた。 忘れないって、何をだっけ? いつからだろう、自分のことばかり考えるようになったのは。 自分がどうやったら愛されるのか? どうやったら気にかけてもらえるのか? どうやったら好かれるか? どうやったら人に評

        • 幻の女

          ―元気? ―おう、元気 私たちは、このゲームの中だけで会話をする、仮想の友達。 だけど本当は、わたしだけが彼の正体を知っている。 彼がこのゲームの中のヒーローだって知ったのは3ヶ月ほど前。 職場の飲み会でのこと。 酔っ払った彼が「やばい、この時間、このアイテムだけ回収しておかないと」とログインをした横にいた私は、何やってるんですかーと覗き見た。 別に、覚えようとしたわけじゃない。 だけど、彼のH Nとキャラクターの情報を記憶してしまったのだ。 興味本位で翌日

          朝。

          ものすごく重たい瞼を、ゆっくりと押し上げ、目覚めた。 無意識にスマホをつかんだ手を、引っ込める。 顔を洗って、歯を磨く。 それからゆっくりとコーヒーを入れて、丁寧にメイクをしあげた。 ゆっくり、ゆっくり動いた。 そうしないと、ふとした振動で涙が滲んで溢れてしまいそうで。 通勤用のフラットシューズに足を入れ、外へ踏み出す。 ピリピリするくらい冷たい空気を肺一杯に吸って、吐き出した。 また吸って、吐き出す。 心臓がたまにぎゅうと鳴る。 鼻がツンとする。 後ろ

          ひとりの部屋

          「つまらないな・・・」 昨日まで面白いと感じていたお笑いも番組も、漫画も、全てつまらない。 何も感じない。 それでも、夜に一人で部屋にいると人の声が聞きたくなって、僕は音楽を聴いた。 君の声はもう聞くことがないから。 お気に入りの曲が流れる。 それを歌っているのは、夢を叶えた人間。 それだけじゃない、テレビに映っている人も、漫画を書いている人も、全員夢を叶えた人たちだ。 部屋は冷えている。 突然、僕は叫びたくなった。 でも実際に出たのは嗚咽だった。 笑い

          月は綺麗だった。

          「別れたいの」 全くいつもの調子で、彼女は言った。夜の喫茶店だ。 「わかった」 僕は言った。 「なんでなのかな? 何がいけなかった?」 僕が聞くと、彼女はやっと少しだけ悲しそうな顔をした。 「君にいけないところなんて何もないよ」 何もいけないところがないのに、なぜ別れるのだろう。それが僕にはわからない。 だけど明日からは「おはよう」のラインをしない。「昼何食べよう」も、「おやすみ」のラインもしない。 それで、いいの? 彼女は、それでいいんだ。 「そっか・