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幻の女


―元気?

―おう、元気




私たちは、このゲームの中だけで会話をする、仮想の友達。


だけど本当は、わたしだけが彼の正体を知っている。


彼がこのゲームの中のヒーローだって知ったのは3ヶ月ほど前。

職場の飲み会でのこと。

酔っ払った彼が「やばい、この時間、このアイテムだけ回収しておかないと」とログインをした横にいた私は、何やってるんですかーと覗き見た。


別に、覚えようとしたわけじゃない。

だけど、彼のH Nとキャラクターの情報を記憶してしまったのだ。


興味本位で翌日、そのゲームに自分もキャラを作ってしまった。

それから少しして、そのゲーム内でフレンドになり、たまに夜にチャットする仲になった。


最高に、きもい。

わかっている。


話す内容なんて、他愛もない話ばかり。

コンビニで買ったスイーツのこと。今日聴いた曲。


バレないように慎重に。


別に、彼の特別になりたいわけじゃない。


絶対に自分だなんて、気がついてほしくなんかない。


ただ彼を少し励ましたかった。


そんな好奇心から、始めただけなのに、意外にも仲良くなってしまっただけ。



あなたは素敵です。

あなたは頑張っています。


いつかは、お互い話すことはなくなる。


それはもしかしたら明日かもしれない。


ネットの関係性なんて、それだけ軽い。


          ***


「お、お疲れさん。後であれよろしくなー」

自販機の前で同期とサボっていると、彼に話しかけられる。

「お疲れさまでーす」

私と同期は元気に挨拶を返した。

「今日も、奥様のお弁当ですかー?」

「いやー今日はないんだよ」

「えーそうなんですか? なら一緒に飯行きましょうよ」

「おーいいね」

同期が彼を誘う。

「椎名さんも、一緒一緒に行こう」

「うんうん、椎名も行こうぜ」

「そうですね、みんなで行きましょう!」

私は元気に返事をした。


どうして彼は、結婚しているんだろう。



あの世界で、私は彼の味方のいい女になろう。

幻の女。


万が一、私のことが好きになってしまっても、私に会いたくなってしまっても、絶対に会ってあげたりなんかしない。



きもいなあ


心のなかで、私は言った。



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