【日記】 マダム様御一行のティーカップは5杯から
たまに東京の喫茶店を巡る衝動に駆られて、先日、恵比寿にある地下の喫茶店に吸い込まれた。一人、本を読んでいたら、マダムの集団(以下、マダム)が入店してきた。マダムは席に着くなり、紅茶や珈琲を頼み、そそくさと手相の話が始まった。その会話がやたら大声で盛り上がるため、あまりにも気になりすぎて、読んでいた本の内容はもう全然頭に入ってこない。
耳をそば立てることもなく、しっかりとよく話を聞いてみると、どうやらその日はこの喫茶店で占い師のイベントが催されているらしい。確かにそれっぽい年増の女性が奥に座っている。 なぜマダムはスピリチュアルにこんなにも熱心なのだろうか。会話を聞いていると、どうやら彼女たちは失敗談の飽和状態にあるのではないかと思われる。
マダムの席に紅茶や珈琲が運ばれてくるが、みんなの視線はリーダー的存在のマダムにあった。彼女は以前の成功体験を徐に話し始めた。
「手相を見てもらった後に、宝くじを買ったらね当選したのよ〜。」
周りのマダムはすぐさま「へー、凄い。早く見てもらいたいわ。」と、その場の空気をしらけさせないように絶妙な間で返答した。
話を聞く限り、マダムはスピリチュアルそのものに興味はない。彼女たちが求めているのは絶対的な成功体験のあやかり。
その一方で、いわゆる他人の悪口で盛り上がるマダムが私なりに思い描いていたマダム像なのだが、彼女たちも例外ではなかった。一旦場がしらけると話題は旦那話になる。「さあ、いつもの会話です」みたいな顔をして、ティーカップを置き、先ほどの盛り上がりとは打って変わって、会社のMTGのような雰囲気で進められる。
ここからはあくまでも私の勝手な推測の範疇でしかないが、おそらくマダムは旦那から常日頃から褒められることなく、逆に失敗に対して文句を受けることが日常茶飯事。だから、会話のなかで失敗談も含めて、失敗ということそのものに対して飽きていると仮定する。
そうすると、ふと成功体験を語り始めるその眼差しはあまりにも神々しすぎるほど、「私いま輝きを出してます」と言わんばかりの妙に納得できる雰囲気がそこには確かにある。それに釣られてみんな興味津々に身を乗り出し、普段の会話のマンネリ化を乗り切ろうとしているのではないか。そのツールとして手相占いを利用し、誰かが幸運な手相であれば一気に盛り上がる。マダムの盛り上がりを侮ってはならない。よくよく考えると、スピリチュアルというもの自体、失敗続きの人が救われた錯覚によってハマる側面もあると思う。それが上手く当てはまったのではないだろうか。
でも、これは逆パターンもあり得る。もし仮にめちゃくちゃ優しい旦那だった場合、失敗も失敗談に決してならないはず。ともすれば、周りの失敗談を聞くと普段の生活では起こらない出来事だから、興味本意で少なからず聞き耳を立てるだろう。 そうなれば、自分の優位性を実感し、極端な話「私の旦那話は結局自慢話になるのよ」の如く、余裕な素振りをまざまざとその場でマウントを取れる。マウントさえ取れれば、自慢話による逆マンネリ化じゃないけど、別にスピリチュアルに頼らなくても普段の生活にも飽きることもないのではないだろうか。 だからこそ、マダムがスピリチュアルにハマっている要因の一つに、もしかすると旦那の存在も欠かせないのかもしれない。
それであれば、先ほどの「さあ、いつもの会話です」的な雰囲気で話していた旦那話は、手相占いをさらに手相占いとして輝かせるために敢えてマンネリ化した会話を広げていたのではないだろうか。
おい、なんて楽しみ上手なのか。ただ憂さ晴らしをするだけの無駄な時間を過ごしている訳ではなかったのだ。マダムのMTGは不毛に見せて、自分の中に確実に楽しみをゲットしている。そんな策略に溢れたマダムの会話はその辺のエッセイよりも、小説よりも私は好きだ。
マダムのテーブルにはティーカップが計5杯。座っているのは4人だけなのに。そんなことはどうでも良く、目の前の席では手相占いで店一番の盛り上がりを見せるマダムが確かにそこにいる。