【あし #25 / て #7 / しんけい #26】社会を変える経営者を目指す障害当事者を求む
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安藤 信哉さん
以前、あし第19話・て第3話・しんけい第20話で、頸髄損傷を負って車椅子生活を送る戸塚さんをご紹介した。その戸塚さんは自ら、ヘルパー・スタッフを直接管理するなど、重度な障害があっても自分で自分の暮らしをつくっている。
この仕組みは『パーソナルアシスタント』と呼ばれ、北欧では一般的なこの仕組みを、日本の重度訪問介護・居宅介護に適用したのが、安藤さんが立ち上げた株式会社障碍社だ(設立当初は、有限会社パーソナルアシスタント町田)。
「事故の前から経営者になると決めていました」
安藤さんは、18歳の時に交通事故で頸髄損傷を負い、重度障害者として車椅子生活になる。それ以前からの目標通り、大学では経営学を専攻し、大学院修士課程2年時には一人暮らしも始め、ヘルパーさんの助けを借りながら学業と自立生活を両立させていた。
しかし、博士課程に入ったときに、予想もしなかった制度の落とし穴に落ちた。
当時、制度で認められるヘルパー派遣の対象基準が見直され、当事者に対して派遣の必要性に関する審査が行われた。制度変更を知らなかった安藤さんは、それまでと同じように派遣してもらう想定で「月曜日は学校に行って、、」と、正直に話したのだ。
すると、必要なヘルパー派遣が「削減されてしまった」。なんと、ヘルパー派遣は、通院や普通の外出には使えても、通学や通勤には使えなかったのだ。結果的に、安藤さんは「通学できず、ニートになった」
重度障害者は学びにも出られないし、働きにも出られない。「そんな制度はおかしい、社会を変えたい」という志を抱き、「学んできた経営学の実践の場にもなる」と、安藤さんは経営者になり、冒頭でご紹介した『パーソナルアシスタント』を適用した重度訪問介護・居宅介護事業所を開いた。
多くのヘルパー事業所を利用者として見てきた安藤さんには、経営学を学ぶ学生として思うところがあった。「みんな、福祉の心は熱いが、経営やマネジメントのスキルが足りない」。経営学の教科書には書いてあることだが、現場ではうまく経営や組織化ができず、ヘルパーの離職率が上がってしまい、悪循環に陥る事業所を見てきた。
一方で、安藤さんが導入した『パーソナルアシスタント』の場合、利用者本人が直接ヘルパーさんをコーディネートするので、裏を返せば「ミドルマネジメントのコストを下げることができる」。もちろん、”勝手に直接やってください”では決してなく、同じ重度障害を抱えた当事者がピアサポートに付くことでコーディネートのスキルも上げていく。
さらに、障害者雇用も積極的に行い、助成金などもやりくりすることで、「間接費をできるだけ圧縮して、その分を現場のヘルパーさんのお給料に還元し、離職率を下げている」
福祉サービスは官製市場で「どこの事業者もサービス単価などが同じになるため、競争にならない」のが通例だ。安藤さんはそこで、経営やマネジメントのスキルによって「競争優位性を実現した」。
こんな安藤さんのもとには、当事者による起業相談もある。「車の運転と一緒。基礎的な経営知識を勉強した上で始める」ことを助言する。それは「経営者として、結果的に従業員を不幸にしないことにつながる」からでもある。
そして、「儲けようとするなら違うことをやった方がいい。それよりも社会をよくする、それでもそれなりの生活ができることを目指すべき。例え儲かっても、社長の総獲りではなく、その時こそ分配する。そんな気持ちの方が長く続く」とも話してくれた。
そんな考えから安藤さんは、「狙ってやったというよりは、必要性を感じて」事業を広げてきた。『パーソナルアシスタント』を皮切りにした事業は現在、重度訪問介護従事者を増やすための資格取得、ケアプランを作成する相談支援はもちろん、就労継続支援B型、福祉用具、さらには障害児支援まで多岐にわたる。
また、その先に目指す未来を、安藤さんは「重度障害者の自立生活」や「障害者の社会性の向上」といった言葉で表現した。「津久井やまゆり園の事件にも考えさせられた」と話す安藤さんは、できるだけ施設ではなく地域の中で自立して生活できるように、さらに社会人として就労していけるようにと考えている。
重度障害者が外に出ないままでは、「地域の中で孤立してしまう」ことはもちろん、言いなりのヘルパーさんたちを前に「裸の王様になってしまって」、それが結果的にヘルパーさんの離職も招く可能性もあることも懸念している。
しかし、今でも制度上、通学や通勤のためのヘルパー派遣は認められていない。「そこで制約を受けるから、学ぼう働こうとする意欲が失われる」と安藤さんは強調する。インセンティブがなければ、どうしても、働きに出て納税するより「障害者年金と手当で生きていこうになってしまう」
ヘルパー派遣に制限がない「シームレス化」がなされない限り、重度な障害があっても自分で自分の暮らしをつくる、本当の『パーソナルアシスタント』は実現しないのだ。
安藤さんは現在50歳。10年後の60歳には退任し、事業を承継すると決めている。「これから色んな人に働いてもらって、障害当事者の人に社長になってもらいたい」
しかし、「大きい志をもつ障害当事者がいない」ことが課題だ。昔に比べて、障害当事者に優しい時代になったのかもしれない。それ自体は良いことだが、かつての安藤さんのように「社会から拒絶された経験がないから、だったら変えてやろうという熱意も生まれない」ことを心配している。社内でもそういった経験をあえてすることも奨励している。
安藤さんは、社外にも「次にバトンを受け取ってくれる人を探している」と呼びかける。「やる気があって働きたい重度障害者がいたら、是非紹介してほしい」と託された。
障害者就労がなかなか進まないと言われる世の中で、こんなチャンスがあるだろうか。この業界に不足していると言われる経営やマネジメントのスキルも間近で習得できる。将来自分で起業を考える障害当事者にとっても貴重な経験になるだろう。
当事者として逆境を経験し、社会を変えていこうという志がある当事者の方がおられたら、是非ご連絡いただきたい。
ここまで読んでくださった皆さまに‥
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