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【め #21】ひきこもった10年を抜けた先の自立

藤井 実都江さん(前編)


 第4話で、視覚障害のある鷹林さんが日常の中で頼りにしているサービスとして、プライムアシスタンス社が提供する『アイコサポート』をご紹介した。スマホカメラで写した映像や位置情報を遠隔のオペレーターがサポートしてくれるものだ。

 その開発に携わってこられたのが、同じ視覚障害の当事者で、現在は全盲の藤井さんだ。


 藤井さんが20代の頃、ご自身の状況にちょっとした変化が起き始める。アパレル販売の仕事をしていて万引きが増えたり、自転車が飛び出してきたり、階段を踏み外したり。当初はおっちょこちょい程度にしか思わず、「仕事中にライトの変化などで目の調子がおかしいな」と感じても、視覚障害には「すぐに結びつかなかった」。

 しばらく会っていなかった視覚に障害のある10歳上のお兄様との会話で「自分と症状が似ていると言われて」、病院に行くと『網膜色素変性症』と診断された。目の中で光を感じる組織である網膜に異常が見られる病気で、日本では人口10万人に対し20人弱の患者がいるとも言われる。

 いきなり見えなくなるわけではなく「徐々に(見えなくなる)と言われ、光は感じられると言われても、頭が真っ白で理解ができず、100%受け入れられなかった」。


 日常生活に戻り、段々とぶつかったり怪我をしたり、夜に酔っぱらいと間違えられたりするようになる。「助けてもらうよりは、そう見られた」。

 「すべてが被害妄想で、周りが敵に見えた。疎外感。色々なことが失われていく。足は動いても見えないからゴミ出しひとつ行けない」。出来ていたことが出来なくなっていく中で、失望感が日々大きくなっていった。それでも希望を失わずに「何とかしないと、働かないといけないなどと思ったが、失望感が大きすぎて動き出せなかった」。障害者手帳を取得していても自身の障害になかなか「向き合えない」から、視覚障害者の外出時に同行する『同行援護』サービスなどにも目が向かなかった。

 頼る先は家族になるが、家族にも「スケジュールを取られる、やってあげないといけないといったフラストレーションが重なっていった。笑顔もない修羅場でしたね」。そこから藤井さんは気付き始める。「それまで、なんで自分が障害者に?目が見えないから仕方がないじゃない?なんて思ってきたが、自分のせいで家族が傷ついている」。変わらないといけない。

 ひきこもるようになってからまた立ち上がろうとするまでの歳月は、10年にも及んだ。


 藤井さんは、ついに“自立”への一歩を踏み出す。役所に行けば『同行援護』サービスはもちろん、視覚障害者でもiPhoneを使えることを知り、「できないことの方が少ない」と気付いた。ずいぶん前に病院で聞いた『歩行訓練』に通うと、同じ境遇の人にも出会えた。「通って1週間で気持ちが上がり、笑顔や向上心が出てきた」。

 「失望の中で暮らしていた10年」が何だったんだろうと思うぐらい「変わった」。自分だけじゃない、何より「家族も変わっていった」。藤井さんが一人で外出する姿は、家族にとってかつて想像もつかなかった。でも今やそれは家族にとって日常的なシーンになった。「家族のためにと思った“自立”は、自分のためでもあった」。


 その次は仕事だ。就労訓練でパソコンの使い方などを学ぶも、当時はコロナ禍で面接もない。そんな折に、「視覚障害者向けの企画の話があると、ヒアリングの依頼が舞い込んだ」。

 藤井さんは、当時はもう自分で何でもできるという気持ちで生活していたので、困りごとを聞かれても「そんなないですね」程度に答えた。ただ、その後に一言、口をついて出る。「新しくできたカフェの情報を知って行ってみたくても、フラッとは難しい、(『同行援護』などを利用するとなると事前に)計画を立てないといけない」。

 困りごとではないのかもしれない。でも「その気持ちって行動に移せていない、諦めていたり我慢したりしているのかもしれない」と感じながらヒアリングを終えた。それが、冒頭で藤井さんが携わってこられたとご紹介した、当時まだ企画段階だった『アイコサポート』との出会いだった。

後編に続く)


▷ アイコサポート




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