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【しんけい #1】重度障害児の意思表示を救うテクノロジー

伊藤 史人さん(前編)


 伊藤さんは、島根大学で助教授として教鞭をとりながら、福祉情報工学系の情報を発信する『ポランの広場』を主宰するとともに、意思表示が難しい重度障害児の視線入力によるコミュニケーションを支援するシステム『EyeMoT(アイモット)』の開発と普及に取り組んでいる。


 原点をくれたのは、「コンピュータと通信」。30年近く前に遡る。当時は、まだ一部のオタクがネット上でやり取りする時代。メールを交換するうちに相手とリアルで会おうとなり、「実際に会ったら、(相手は)全盲の方だった」。ネット上でやり取りしている間は全く気付かず、「コンピュータと通信があれば障害がなくなる、技術がデメリットを消し去ることに衝撃を受けた」。


 しかし、「障害や福祉工学の分野は研究として評価されず、お金にならない」。大学院時代の研究テーマは画像処理、就職しても仕事の内容はデータベースと、障害とは無縁。ただ、その傍らで、大学時代から始めていた障害児と遊ぶボランティアや、障害のある方にパソコンの使い方を教えるボランティアなどに取り組み続けた。

 そんな中、障害のある人の周辺は、教育分野でもコンピュータに強い人がおらず、「コンピュータをできる人がやたらと重宝された」。「世の中にテクノロジーが溢れているのに適用されない。谷間になっている分野に、やれることはある。」と想いを募らせ、30代半ばにして大学教員に転じることを決めた。


 そんな「やりたいことをやるための見込み発射」は、難病患者や重度障害者の方のコミュニケーションを、ICTを活用して支援するNPO法人『ICT救助隊』への参画から始まり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)※患者や重度障害児との出会いに届いていく。

 それまで重度障害児の支援と言えば、読み聞かせやマッサージ程度など一方的かつ受動的なものしかなかった。何かをしてあげて愛情深い親が「この子はこう反応している」と感じても、医者などの専門家がその子は認知面に困難があると断定してしまえば、その診断を信じるしかなく落胆した。専門家を批判したいわけではない。「(客観的に)その能力を判定する方法がないため、即ちできないと判断せざるを得ない状況」があった。

 しかし、「子供自身がどう感じているか見える技術が増えてきた」。視線入力を通じてコミュニケーションをとったりゲームをすることで、周囲が「(本人が)見えて理解できている」ことに気付いた。周囲の反応が変わると「お子さん本人の目つきが変わり、親が明るくなり、周囲の他人にも伝えやすくなった」。それまでは、「本人として(意思を)アウトプットしているつもりでも、よだれを流すだけでは周囲が気付けてあげられない。それが続くと(アウトプットを)やめてしまう」。そうした「学習性無気力から脱する」恩恵こそ、コミュニケーション支援システムを通じた可視化のメリットだと伊藤さんは教えてくれた。


 可視化したいことはまだある。これまで多くのお子さんにシステムを提供する中で、例えば「ゲームに集中していると、体調が良かったり、血液の値もよくなる」。一方で、「入院して家族とコミュニケーションがとりづらくなると、それがストレスで体調も悪くなったり、病状が進む」ことを「ヘルパーさんとも体感している」。その因果関係を論文で示したい。


後編に続く)


※ALS(筋萎縮性側索硬化症)
 手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気。しかし、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)が主に障害をうける。その結果、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていく。その一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが通常と言われる。



▷ ポランの広場

▷ EyeMoT(アイモット)

▷ ICT救助隊



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