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ピンチをアドリブで乗り越える技 91/100(スピーチ8 -ミスダイレクション)

自問自答を繰り返しながら、
アドリブと演技の関係を
追求していってみようと思い立ちました。
100回(?!)連載にて、お送りします。


昨日は、スピーチをする空間によって、観衆の視線が向いてくる方向が違うというお話をしました。

今日は、その視線をどのようにコントロールするかというお話をしたいと思います。

正直、これはマジシャンの方々のほうが専門分野かと思うのですが、役者としての考え方を綴ってみます。

イギリスの演劇学校では、もちろんマイムの授業もします。

壁を作って押したり、ロープを引っ張ったり、飲み物を飲んだりするアレです。

マイムといえば、一つ忘れられない出来事があります!

幼かった頃、父親が教える演劇合宿について行ったことがあります。

世界中から、演劇の生徒が集まり、山形県の小国町というところで、数週間にわたって合宿をしてました。

講師陣も、同じく世界中から名だたる人たちがやってきていて、その中の一人が、かのマルセル・マルソーという近代マイムの父ともいえる人でした。

ある日の朝、朝食会場でハムエッグか何かを食べていた私は、先に食べ終わって会場を後にするマルソーの姿を見てました。

私がたまたま見ていただけで、彼は一人、特に誰の注目も浴びていない、日常のほんの一瞬のことでした。

朝食会場の出入り口に差し掛かった彼は、ごく自然に、
両手で障子を開けて、会場を出て、後ろ手にその障子を閉じて
去っていきました。

その会場の出入り口は観音開きのガラス戸で、開けっぱなしになっていたのにです!

私の目にはその障子が鮮明に見えていました。

彼ほどのマイムの技術があるのなら話は別なのですが、ふつうにマイムをすると、その精密でない部分が気になりがちです。

マイムで、そこに存在しないテーブルからグラスを取って、一口飲み、そのグラスをテーブルに戻すとしましょう。

最初にグラスを取ったテーブルの高さと、戻す時のテーブルの高さ、これが正確に合っていないと、観客としては気になります。

そんな時に役立つのが、「ミスダイレクション」です。

原則として、観客は演者の目線の先にある物を見がちです。

だから、スピーチをする時に自分の目線が、どこを向いているか把握しておくことが、重要になります。

ピンチを感じているからって、手元ばかり見ていては、観衆の目線も下がったままになってしまい、不安を煽ってしまうことになります。

逆に、紹介したい商品などに視線を向けさせたい場合は、自分自身がそこから目を離さないことが重要です。

これは、文楽などの人形劇でも使う鉄則で、対象からは決して目を離してはいけません。

もう一つ、観衆の視線が行きがちなのが、表情です。

当然と言えば当然なのですが、忘れがちではないですか?

とくに、感情の動きがあった時、急に笑顔になったり、驚いたりすると、そこに注目が集まります。

これれを上手く利用して、マイムの正確性を必要のないものとしているのが、狂言です。

例えば、お酒を飲むという型をする時、広げた扇、もしくは大盃を両手で持ち、それを口まで持っていきます。

そのまま盃を傾けて、中のお酒を飲み干すのが型なのですが、このとき演者の顔は、一瞬隠れます。

そして、盃を片手で持ち、大きく横に両手を広げます。

幸せそうに
「さてもさても、うまい酒じゃ」
と、言いながら。

そうすると、観客が見ているのは演者の表情だけであって、べつにマイムの正確性は気にも留めません。

ただ、お酒を飲んでそれを楽しんでいるという、研ぎ澄まされた情報のみを、型として観客に表現しています。

そういえば、ビールなど飲料水のCMとかもそうですよね。

スピーチで、お酒を飲むということはなかなかないと思いますが、表情の変化をうまく使うことによって、観衆の視線をコントロールすることが可能です。

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