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忍殺文体とテキストカラテ学習教材について俺がいつも通り偉そうに好き勝手に書くだけだから、とっとと帰っパしたほうが身のためだ


スコープドッグいいですよね。割とポンコツめな機械であることを強調するパーツでできたデザインゆえに、↑みたいな切り取り方をすると、「こっち見んな」感が出てきてジワジワくるのがすごい好きです。

じゃあ本題に入る前のおすすめ教材です。


「スウィングしなけりゃ意味がない」で今すぐスウィングのニンジャパワーを勉強しなおせ!



「スウィングしなけりゃ意味がない」(Amazon)


ジャズが彼らのすべてだった――戦時下のドイツを舞台に描く音楽青春小説!

1940年代、ナチス政権下のドイツ。

金もあるし、暇もある。

無敵の悪ガキどもが、夢中になったのは敵性音楽のジャズだった――!


1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ15歳の少年エディは享楽的な毎日を送っていた。戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段もある。ブルジョワと呼ばれるエディと仲間たちが夢中なのは、”スウィング(ジャズ)”だ。敵性音楽だが、なじみのカフェに行けば、お望みの音に浸ることができる。ここでは歌い踊り、全身が痺れるような音と、天才的な即興に驚嘆することがすべて。ゲシュタポの手入れからの脱走もお手のものだ。だが、そんな永遠に思える日々にも戦争が不穏な影を色濃く落としはじめた……。一人の少年の目を通し、戦争の狂気と滑稽さ、人間の本質を容赦なく抉り出す。権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。


業界のやつらは、明白な誤謬を含んだ(主人公の父はベアリング工場を営んでいて戦争のおかげで儲かっているが、別に「軍需会社」ではない)的外れなあらすじを書かないと死んでしまう病にでもかかってんのか?眩暈がする。悪ガキどもが出てくるのはその通りだが別に無敵でもなんでもないのであっけなく悲惨な目にあう。ガキどもの家族はなおさらだ。住んでる街が戦略爆撃の標的になるくらいだから当然だ。「”スウィング(ジャズ)”だ」なんて書いてる時点でもう本当にどうしようもない。めんどくさいからどこがどうダメかなんてここでは説明しない。音楽で踊って酒飲めば「享楽的」って、あらすじ書いた奴はナチなのか?業界のやつらは全員今すぐニンジャスレイヤーを読んで反省しろ。それにも増して頭に来るのが

業界のやつらが全然分かろうとしないせいで、とうとう佐藤亜紀までセルアウトしたじゃねぇか!KADOKAWAお前どういうつもりだ!

ってことなんだよ。誰が責任をとるつもりだ?

だいたい、お前らが佐藤亜紀のヤバさを全然分かろうとしなかったのが悪い。佐藤亜紀は日本文学界(そんなものが実在すればの話だが。佐藤亜紀は「日本文学」を書いている意識は毛頭ないだろう)の頂点に傲慢不遜に君臨する女帝、真の男が好む真の女帝だ。まるでフィメール次元の逆噴射総一郎だ。俺は絶対作者本人には近づきたくない。そんなヤバいやつが「権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語」みたいな安っぽいシロモノなんか書くわけないだろ!

だから、セルアウトしたとはいえ今回もいつもの佐藤亜紀だ。ありとあらゆる権力はアホであり、一切の思想だとか主義主張なんてものは、正しいか間違いかなんて関係なく、人が生を享受することよりも優先させるべき思想だとか主義主張だとかがあるという発想を捨てない限りにおいて、クソだ。スウィングミュージックが平然とボーダーを越えて見せて、ダンスミュージックの野蛮を当たり前に肯定しているので、主人公たちは一発でノックアウトされ決定的に変えられてしまった。明白なニンジャパワーの影響だ。だから、カラテに目覚めた主人公たちは、それをアティチュードに従って続ける。ナチがアホの振る舞いに及べば笑いものにする。思想の内容がどうであろうと、わざわざ思想なんてもののためにおおごとをやらかす間抜けさはどうしたって笑えるからだ。幻術で出来た幻の壁に立ち向かう大勢の人間を想像してみろ。幻術にかかってない人間にとっては、最高に滑稽な集団パントマイムだ。そんな振る舞いに及ぶやつは、幻の壁のあっち側にいるやつもこっち側にいるやつも、等しく間抜けだ。

そんな戦争だの革命だのという派手なドンパチに酔ってるやつらには見えないところで、静かに真の変革の芽は生じる。キャラバンのAメロが♭9th(♭2nd)音から3rd音への飛躍によって浮遊するハーモニーを示唆するので、ピアノの神童と老教授が「おお」「なるほど」と新たな発見に感嘆しながらセブンスコード上での完全5度下のハーモニックマイナー/メジャースケールをいじくったり、おもむろにsus4♭9コードとかの機能が曖昧な上に不協和盛りまくったリハモで解決感が薄いハーモニーを生み出して(このリハモで長2度下のメロディックマイナースケールに由来する3度7度を使わない(1・4・6・♭9)ハーモニーにモーダルインターチェンジするというのは完全に60年代以降のモダンジャズの手法なので、佐藤亜紀自身がインタビューとかで「モダンジャズは分からない」と言ってるのは、完全な三味線か、そうでなければジャズたこつぼに棲息するジャズ警察に対する警戒と憎悪の表れだ)、ほとんど誰も見ていないところで軽々と時代を超えてみせれば、ヒトラーユーゲントのスパイは音楽の神々への忠誠を捨てられないがためにドイツ社会での立身を諦め、痛快な堕落をやってのける。ただギターを買ってジャンゴフォロワーになることが堕落と見做されるのだ。そういう世界がいつものようにそこには実在した。そして変革の芽は例によって、ただ単にほとんど誰も見ていないからという理由で消える。表面上は。物語が終わったその先で、堕落したかつての神童マックス君が、ド下手糞なオケをとことん焚きつけて疾走するヘルマン・シェルヘンのごとき振る舞いに及ぶ……そんな未来を想像するかどうかは読者しだいだ。

だが権力が本質的にアホであるせいで、ただ好きに踊りたいだけの人間は、ただ好きに踊りたいというアティチュードを持っているという理由で迫害される。権力というものは、組織内の力学を生むインセンティブの設定が権力機構の外にいる大半の人々の利益と一致しないがために基本的にコントロール不能なので、組織内のやつを除けば誰がどうみても非合理的な選択を重ねて予定された破滅に至る。要するにアホだ。そのせいで、ただ好きに踊りたいだけなら、破滅の巻き添えにならないよう、生き残りに全力を尽くす必要がある。たとえ街が死んだ後でも、自分自身が死んだ後でもだ。だから主人公たちが実行するのは権力との「闘い」なんてものではなく、システムの隙を突いた一種の寄生、ハッキングだ。そして、それをとことんやる。それがアティチュードを貫くということだと、「スウィングしなけりゃ意味がない」は分からせるのだ。

俺がこれだけ説明してやっても、業界のやつらが「時代性」だとか「ファシズム」がどうこうとかにかこつけて本作を評価しようとするせいで、お前らの中にも誤解するやつらがいるだろうから補足する。ちょっと周りを見渡せば、「時代性」だとか「現代性」だとかをテーマにしたとかいう作品の陳腐化っぷりは笑えないほどだ。「なんとなく透明に近いブルー」やら「限りなくクリスタル」やらを今の時代に失笑せずに読めるやつがいたら逆に尊敬する。佐藤亜紀は本来そんな2,30年たっただけで陳腐化して笑われるような作品を書くやつじゃない。80年前と今とが似ているっていうなら、80年前の出来事を、今の読者だけでなく80年後の読者にも読まれるように書くのが佐藤亜紀だ。

にもかかわらず、業を煮やした佐藤亜紀は、現在の読者に分からせるためにセルアウトした。お前らが大好きな糞掲示板やSNS由来の「誰得」とかのジャーゴンによってだ。お前らが大好きな「おっぱい」の連呼ももれなくついてくる。おっぱい。作者は絶対爆笑しながら書いたとは思うが、お前らはその苦悩をちゃんと理解しろ。

どういうことか分かるか?「誰得」みたいなジャーゴンをリアルの会話で平然と使う風潮なんて、そのうち廃れる。たとえ廃れなくても、現時点でポピュラーなジャーゴン(この言葉の矛盾はどうにかできないのか?ネットによって世界が狂わされた事の証左だ)は、10年もすれば絶対に廃れる。現時点で「逝ってよし」みたいなジャーゴンを使ってるやつがいないのと同じだ。ジャーゴンに限らなくても、所謂「若者言葉」を多用すれば、やがては廃れた言葉による小説に成り下がる。だから、現時点でポピュラーなジャーゴンや若者言葉を山盛りした小説は、10年か20年もすれば陳腐化し、寒すぎて読むに堪えない代物になる運命を背負っている。例外は、自ら生み出した作品内でしか通用しない記号の意味合いを自ら更新し続けるみたいな出鱈目を実行している「ニンジャスレイヤー」くらいだ。自分の作品が「なんとなく透明に近いクリスタル」扱いされるのがどんな気分か、ちょっとは想像してみろ。 

それが分かったら、お前らは直ちに佐藤亜紀にごめんなさいして、「スウィングしなけりゃ意味がない」を読んでファッキンシリアスニンジャパワーについてきちんと勉強しなおすと誓え。俺は既にそのようにしたからこの記事を書いている。みんなが分かろうとしないのが悪いのは明白なのに、女帝佐藤亜紀はセルアウトすることでみんなを赦し、万人の罪のために自らを犠牲にすることを択んだ。そしてみんなに贖罪の可能性をもたらした。これじゃまるでゴルゴタの丘か何かだ。佐藤亜紀のセルアウトは、それほどまでに偉大かつ重大な事件だ。佐藤亜紀がお前らに贖罪の機会を与えているのだから、そうするのは義務だ。

(追記)

2017年5月上旬の時点で、Amazonでは物理書籍が売り切れと再入荷を繰り返している状況で、佐藤亜紀の作品としてはあり得ないほどの部数が出ているものと予想される。ここまで来ると、文章に明示的に書かれたことしか読めない思想警察が「主人公たちがナチに迎合して収容者働かせて儲けてるのに自己批判してない!思想犯罪!」と叫びだす頃合いなので、めんどくさいが、思想警察のやつらがいかに間抜けで的外れかを説明してやるからよく聞け。

さっきから説明してる通り、本作は、佐藤亜紀が現代の若者言葉とかを大々的に採用してセルアウトした作品ではあるが、言葉遣いを除けば内容はいつもの佐藤亜紀だ。つまり、佐藤亜紀は、1940年代の出来事を題材にした現代小説を書いているわけではなく、ある意味1940年代当時の当事者の体験を切り取っているにすぎない。だから、主人公は、現在から見れば歴史的事実になる、1940年代当時の状況やそれをもたらした過去の経緯なんて知っててもいちいち説明しない。当時は誰でも分かってる当然の事実なんだから、読者に当時をリアルタイムで体験させるのにいちいち当時の歴史的事実を説明するなんて不自然極まりないからだ。

だから、主人公たちもその親の富裕層も、財界が財界の都合でナチの台頭を後押ししてヒトラー政権が誕生したことを十分わかってる。そんなことくらい説明がなくてもお前らが自分の頭で考えて気づけ。思想の正しさなんかに酔ってるせいで自分の脳みそで考えることがおろそかになっていることをきちんと自覚しろ。突撃隊のウンコ色の制服からしてタダじゃないのに、あれやこれやを賄う大量の資金が在野時代にどこから出たと思ってるんだ?首相えらぶときに、政府のやつらが財界の意向を無視したとでも思ってるのか?そうして主人公の親父とかの財界人は、ナチがやらかすアホの振る舞いを笑いものにしながら、金儲けのチャンスと見るやこれみよがしに党員バッジを見せびらかし、ナチの重鎮を篭絡することに血道をあげるのだ。んで、貧乏人がドイツ社会で立身しようと思ったらヒトラーユーゲントで目立って親衛隊入りを目指すという社会構造になってる。そういう事実が明白でも、現在、ナチが人類史上最悪の悪の象徴とみなされる一方で、他方、財界がガス抜きを超えて責任を問われる様子はほとんどない。それが現実だ。

そして、この物語がスタートした時点で、おつむが多少回る人間であれば、既に破滅の可能性を予測している状況だ。主人公は父親より遅れてそれに気づくに過ぎない。金もってるやつらも所詮は人間だから自らもアホであることから逃れられない。権力の本質的なアホさにナチのアホっぷりが掛け合わされた結果は、財界のやつらの予測を裏切り急速に到来したコントロール不能状態だ。やがて訪れる独ソ戦が意味するところは、要するに両面作戦を通じた第一次大戦の二の舞だ。ドイツ軍が現実にもたらした電撃戦は、各国の軍事ドクトリンを激変させ、もはや第一次大戦の時みたいな塹壕戦での膠着状態すら許さない。いくらわが軍が快進撃したところで、いつかは攻勢の限界点に達して敵軍の反転攻勢を受け袋叩きにされる運命が待っているだけだ。権力はここまでアホなのだ。根本にあるのは、みんながみんな、自分がアホであることを棚にあげて他人を笑いものにする状況が生む、巨大な合成の誤謬だ。そしてナチの思想がどうこう以前に商売の都合で戦争を継続することを是とする以上、総力戦体制のための社会の締め付けは不可避なのだ。そういう状況で、主人公も親父たちも、自分自身のアホさ加減を棚に上げてナチを笑いものにしているのだ。この自業自得の状況は、直接的な言及はなくても、登場人物たちはちゃんと認識している。だから、作中ではちゃんと度々「イロニー」に言及がある。登場人物たちのうち、誰が何に対してどのようなイロニーを持つのか、あるいはそのようなイロニーを拒否する態度をとるのか、作中であえて明示されないのであれば、だからこそ、そういったことを自分の脳みそで考えるくらいはしろ。

そういった、あえて明示的な言及を避けているということすら読み取ろうとしないことについては置いておくとしても、お前ら思想警察は、上記の状況にある登場人物に対してどういう言動を期待してるんだ?お前ら思想警察は主人公が生き残りそっちのけで泣き言を言って反省するか、そうでなければナチズムに敢然と立ち向かって英雄的な勝利を収めるとか英雄的な死を迎えるとかがないと満足しないのか?そうであれば、思想警察は、要するに作品に非現実性を要求しているにすぎない。つまり、思想警察が欲しているのはポルノじみたファンタジーだ。俺は受け手スキルが高い低いなんて概念は心底憎悪しているから、受け手としてのお前を批判するつもりはない。だが、思想警察のやつらは、作品の受け手であることすら放棄して作品や作者に対する非難を自己目的化した腰抜けそのものの振る舞いに及んでいるだけだ。表面的なテキストを証拠か何かとして扱う発想に溺れているからだ。その熱意は否定しないから、せめて、矛先を向ける相手を間違えるな。ニンジャスレイヤーや本作を読んでカラテ学習し、ちゃんと見えない敵を見るようにするんだ。俺の話が理解出来たら、思想警察みたいな振る舞いはいますぐやめるとここで約束しろ。

(追記終わり)


本題に入るまでが長くなって申し訳ないが、悪いのは俺にいらん手間をかけさせる業界のやつらと思想警察のやつらだってことは理解してくれ。さて、ニンジャパワー学習教材の紹介が終わったところで、いよいよ本題だ。ここからは楽しく行くぞ。スウィングしなけりゃニンジャじゃないからな!












空には灼熱の太陽。ラジオが……音楽の断片が次々と聞こえてくる。

101フリーウェイ。クルマが動く気配はない。凶悪な渋滞だ。朝のラッシュアワー。日差しに打たれたアスファルトが陽炎を立てている。彼方にはL.A.中心街高層ビル群のスカイライン。

渋滞自動車毎にオーディオが流す様々な音楽が聞こえる。ある者はプログレに乗せてハンドルをタップする。あるいはオペラを歌う者。三人目はヒップホップでラップしている。インタビュー放送、フレンチバラード、テクノ。そして最後に聞こえてくるのは……新しい、聞いたことのない曲……

その曲を流すクルマのドライバーは若い女性。彼女は曲のイントロにあわせてハミングし……そして、歌い始める。

そして……彼女はクルマを降りる……自動車レーンを歩き始める

ドライバーが一人またひとりと運転席を降り、歌い踊りながら彼女に加わる。ワンカットが続くまま、気が付くとまごうことなきミュージカルナンバーに突入している……

ドライバーたちは、クルマの上で跳ね、路上を、そしてクルマの煌めきとを操って、ジェローム・ロビンスさながらに踊る。音楽の爆発に乗せて、腕を振り、足を踏み鳴らし、ダンサーがパッパパッパと踊る。ミュージカルの魔法を我が物にしながら、カメラはクルマの合間を縫い、回転し、唐突なほどに跳ね回り……

そしてついに……全員が運転席に舞い戻り……曲は劇的に終わる。



WINTER


また別のクルマ。80年代ダサめオープンカー、ダッジ・リヴィエラ。乗っているのはセバスチャン、32歳、生まれも育ちもL.A.。ラジオを聴きながら、車載オーディオで曲をかけている。セロニアス・モンクが演奏する「荒城の月」のカセットだ。だが彼は、何度も、曲がある一点にさしかかる度にテープを止めて巻き戻す。

その一台前のクルマ。ライトグリーンの10年落ちプリウス。運転席に座るのはミア、27歳、ネバダ出身。6年間「NO」を突き付けられっぱなしのL.A.暮らしでタフにはなったが、未だに肩書から「志望」が取れぬまま。彼女は車載ハンズフリーで電話の最中のようだ。早口で、燃えるような、全力全開……

「……でさ、ガッドに誓って言うけど、あのコぶっ壊れてたわ!あれ完んっ璧に狂ってた」

ミアは固まる。考える。自分につぶやく。「『狂ってた』」……そして助手席側に体を伸ばして紙片を掴む。台本だ。

「完璧にイカレてた。オゥガッド、ええそうよ……」

その時、ミアの周りのクルマが動き出した。彼女はセリフに集中し過ぎて気付かない。

そして……彼女の後ろから押しっぱなしのクラクションが鳴る。プァァァァァァァァン!

ミアはそのせいで一気に現実に引き戻される。後ろのクラクション車が車線変更し追い越す。セバスチャンだ。ミアは彼に「指」をくれてやる。そしてカメラは運転を再開した彼女を追う……


以上、LA LA LAND Screenplay.pdfより冒頭部分を抜粋(PDF注意)


はい、ちゅうもーく。マガジン3回目にしてはじめて「ニンジャスレイヤー」文体を直接扱うわけですが、今回のテーマは文体の「素体」です。今回に関しては、これまでの記述でもう、いろいろ説明しなくてもお分かりいただけましたよね?さくっと結論からいきましょう。


忍殺文体の素体は映画の脚本だ!脚本こそは最良のテキストカラテ学習教材だ!


さっきの「ラ・ラ・ランド」冒頭から明白な通り、脚本をほぼそのまま翻訳しただけで、ほぼ忍殺です。地の文にそのままクラクション音みたいな擬音が挿入されてるあたりの小説では普通みかけない特徴が、脚本と忍殺文体とで共通していることに注意してください。「……」の使い方も、ヘッズスラングの鉄板ネタである「〇〇を〇〇し……〇〇するというのか!?」とかのそのまんまです。日本の映画の脚本と全然スタイルが違う脚本(日本では絵コンテのほうがハリウッド脚本に近い)ですが、だからこそ、忍殺の原文(英語)がハリウッド脚本に近いスタイルで執筆され、それが翻訳されて忍殺文体になっているのは間違いないと思います。ニンジャスレイヤー以外でも、多分ですが、ジェイムズ・エルロイなんかも似たような手法をとってると思います。ちなみに、俺はこのことを大きな根拠の一つとして、ボンモー(原作者)実在説をとっています。


いやー良い時代ですね。優れた映画の脚本がタダであっという間に手に入る。で、さくっとカラテが高まる。あ、ちなみに、普通に「lalaland screenplay」とかでググると、2013年段階の古いバージョンがヒットしますのでご注意を。上でリンク張ってるのはララランド制作したライオンズゲート社が自サイトで公開してる、ほぼ最終版です。「ほぼ」なのは、完成した映画とちょこちょこ細部やセリフが異なってるからです。多分、撮影現場のその場で変えたんでしょうね。

脚本と実際の映画とで変わってる部分を見つけるのもすごい面白いですよ。たとえば、最初のほうの、セブが家に帰ったら姉ちゃんが勝手に入り込んでるシーン。姉ちゃんが持ってきたカーペットを広げながら

姉  「で、これがマイルズ・デイヴィスがオシッコかけたカーペットだとしたら?」

セブ 「マイルズをブジョクするな!……もしかしてホンモノ?」

ここで、台本だと、セブのアホなセリフを聞いた姉ちゃんは、無言で頭を振る「アンビリーバボー」ジェスチャーをするんですけど、完成した映画では、ジェスチャーも何もなしで、完全にセブ発言をスルーしてるんですよね。台本から変えた実際のシーンのほうが、観客に「あー姉ちゃんが完全スルーするくらいセブはいっつもこんなアホ言ってるんだな」って伝わりますよね。観客に十分に分かるように、写したほうが効果的なのかそれとも写さないほうが効果的なのかを考えて、本当に必要な要素を計算してカットを、シークエンスを作る。そして、セブを紹介する段階で、セブの憎めないアホっぷりが観客にちゃんと分かる姉セブになってる。これですよ。こういうのがドメスティックダメ映画では全く抜けてるんですよ。

なんか脱線気味なんで話を戻します。俺は忍殺文体の素体が何なのかはテキストカラテ探求クエスト遂行上、最も重要な課題だと考えます。なぜかといいますと、目につきやすいパワーワードに引っ張られがちですが、忍殺文体の魅力は、個々のパワーワード自体が持つ強さだけに頼るのではなく、文章全体について、シンプルな言葉を効果的に並べてスルっと文章及び文章が提示する情景が読者の頭に入るように心掛け、これを通じて、書かれた言葉以上の豊かなイメージを読者に体験させるとともに、油断した読者に耐衝撃姿勢を取らせる間を与えずにパワーワードをニューロン直撃させる部分にあるからです。そして、上記の、スルッと頭に入ってくるのに豊かなイメージをもたらす文章を、ハリウッド脚本の手法により実現しているのです。

では、なぜ、ハリウッド脚本スタイルが効果的なのか?それを、先のララランド脚本を読めば一目瞭然なのですが、ポイントだけ整理したいと思います。


1 観客に「体験」させることを常に忘れるな!

さっき、脚本を「ほぼ」そのまま翻訳したと言ったんですが、なぜ「ほぼ」なのかというと、脚本の一番特徴的なところを、小説的な文体に寄せるために、意図的に省略したり、どうしても省略できないところは「カメラ」に変えたからです。

その特徴とは「We」という主語です。この「We」が脚本の中で意味するところは、単なる「我々」ではなく、「観客である我々」です。これは本当に重要なポイントなので忘れないでください。脚本読めば一目瞭然ですが、一貫して、カメラが何を写して、あるいは何が聞こえて、役者がどんなリアクションをするか、それによって「観客である我々」がどういう体験をして、何が分かるのかという演出意図と表裏一体の記述になっているんです。この方針を貫くことによって、シンプルな記述だけでも、逆にシンプルな記述に徹するからこそ、いちいち説明的な要素を入れなくても、映画の中の要素の動的な化学反応が連鎖し続けるダイナミズムと豊かさが生まれてるんです。だから


2 言葉の修飾ではなく、観客目線で提示すべき要素の選択に徹しろ!

っていう記述が効果をあげています。

「……」の使い方(英語原文では「--」も使われていますが翻訳では「……」に統一してます)やアンダーライン強調(翻訳では太字にしました)も、観客に体験させるにあたっての重点ポイントを明確化した演出意図の説明を兼ねていることが分かると思います。俺は専門家ではないので良くわからないところもあるんですが、推測だと「…」は、観客に敢えて説明せずにいきなりスクリーンにバンと映して体験させる驚きや意外性を手法として採用しているポイントだと思われます。「--」はスクリーンの中で複数の要素が同時進行していることを示す記号でしょうか?詳しい方がいらっしゃったら教えてくれるとありがたいです。

このような観客の体験を第一にするので、細かいところですが


3 まずはシチュエーションを一発で分からせろ!

という方針は一種のルールとして意図的に徹底されています。

だから、シーンが切り替わるたび、まず、その舞台が屋内か屋外か、具体的なロケーションはどこか、昼か夜かといったことが必ず最初に具体的に指定されるとともに、これが最初に観客に伝わるような撮影を言外に指示していることは明白です(もちろん、ララランドでは出てきませんが、演出上の例外として、登場人物が失神から目覚めたところでどんな場所か分からないなら観客にもシチュエーションが分からないようにするというケースもあると思います)。これもニンジャスレイヤーでは例外ケースを除いてやってますね。


そして、1でも触れた「We」のアティチュードは極めて重要であり


4 作り手はひたすら観客に奉仕する存在だ

っていうことが自明ってうアティチュードなんですよ。だから、常に観客目線で徹底して考え抜いて、演出意図を制作陣みんなで共有してチーム一体で一つの目標につきすすむ映画作りをする。その設計図が脚本だっていう自覚がある。

だからララランドの脚本では、脚本から最終的に削ったシーンは、ここを削ったよっていうことが分かるように「OMIT」って書かれてます(し、書き直し(リバイズ)した部分は書き直し前と書き直し後の両方が併記されてます)。これによって、(書き直し前後の比較を通じて)演出意図がより明確になるからです。

*2017年5月17日追記。上の段落の( )内の部分は僕の勘違いです。併記部分は間違って脚本に残ったもののようです。


どうですか。これがカラテですよ。受け手スキルみたいなクソ下らない思い上がりの発想とは無縁に、作家性の傲慢とは無縁に、ひたすら合理的に追求して観客に届けようとする。そして、すげえ映画作ってるくせに、天才のインスピレーションだとか作家の神格性みたいなものなんてカントクもカイシャのやつも全員クソどうでもいいと思ってるから、平然と脚本を公開して演出の種明かしをする。んで、観客である俺らは完全に思い知らされるのでもうドゲザするしかない。これこそ真に作家性と呼ぶべきものじゃないでしょうか。脚本スタイルの分析を通じたスキル習得は、絶対にあらゆるアートやメディアで役立つはずです。それを現に実行して成功しているのがニンジャスレイヤーなんです。だから、文章力みたいな曖昧なものを高めるよりも、客観的な形式としての、習得可能な方法論として、文体を身に着けるべきだと思います。映画の脚本は、文体のスタイルこそ、観客を、読者を分からせる力の根源であることを証明しているのです。


……俺としたことが、「えっ英語?わかんなーい」とか言って帰っパする腰抜けの多さをみくびっていた。なぜお前は英語を分かろうとしないのか自分で考えたことがあるか。それを考えようともせずいい年こいてタルサ・ドゥームの罠にはまったままだから、お前は腰抜け呼ばわりされる。だが俺は、誰に言われなくても自分で考える真の男だから、これから、お前が英語を分かろうとしない理由を説明してやる。

そもそも英語とはなにか。English……それは一見奥深く見えるが、要するにビーバスとかバットヘッドとかの想像を絶するアホが好んで使用する言語であり、フィクションと現実とを問わず、英語を喋るやつは大体アホであることは完全に証明されている。真の男であるお前が英語を好まないのも無理はない。だが、英語が世界言語としての覇権を握っているのも事実だ。ボンド&モーゼスもやむを得ず英語で執筆している。だから本来、真の男であるお前がビーバスとかでも余裕で使える程度の言語にすぎない英語を苦手とする理由など存在しないはずだ。

だから、お前は、英語が苦手な自分を責めるようなことは全然しなくていいし、頭の良さとかで英語が得意だったり苦手だったりする違いが生じるなんてことは全然信じなくていい。どんな腰抜けであろうとビーバスよりもアホであるなんてことはさすがにあり得ないからだ。だが現に英語が苦手なやつは大勢いる。その原因は当然お前以外の何かによる妨害だ。タルサ・ドゥームの支配とはそういうものだ。それが継続することが、カラテガルドの最終戦争に「バトルロイヤル」みたいな副題を与える邪悪の根源であることをきちんと認識しろ。映画の副題をまともにすることを望むのであれば、たとえお前が英語を好まなくとも、英語のカラテによりタルサ・ドゥームの幻術を打ち破らねばならない。

そのせいで、俺はお前に残酷な現実を知らせなければならない。お前が真の男として向き合わねばならない現実。それは、お前がこれまでの人生で一切英語を勉強したことがないという事実だ。



お前は今すぐビーバスレベルのアホに自ら身を落とせ


俺がお前に告げた事実はあまりに衝撃的で、お前はすぐさま「俺だって中高6年間英語カリキュラムを受講し、大学でも少しやった。そうして、カラテガルドの荒野を生き抜く力を身に着けてきたんだ。お前はその事実を否定できるのか!」と激高するだろう。だが何度でも繰り返す。お前は英語の勉強をしたことがない。お前は、真の男であるにもかかわらず、タルサ・ドゥームの幻術により、英語を勉強したかのような錯覚に溺れているのだ。

お前は真の男だから、カラテガルドの過酷な大地を生き延びる過程で、油断なく周囲を観察し、常に自らを鍛え、学習することを怠らなかった。だが、そのことがまさしく落とし穴になる場合もあることを決して忘れるな。お前はフジキドを見習って真の男に要求される生真面目と善良さのスキルツリーを伸ばしてきたために、タルサ・ドゥームの邪悪さを疑うことを疎かにしてしまい、その結果、タルサ・ドゥームの幻術にはまっているのだ。

お前は、今一度、タルサ・ドゥームの邪悪さには底がないという事実に立ち返った上で、ビーバスが英語を使えてお前がビーバス程度の会話もできないという事実がどこから来るのかを見つめなおせ。さっきも言ったが、頭の良さとかそういうのは関係ない。そういう発想を捨てて、いったい何が違うのかという点を素直に観察しろ。そうすればお前にも、今まで見えなかった単純な事実が見えるはずだ。そしてそれがタルサ・ドゥームが必死に隠そうとしていた世界の真実だ。

要するに、ビーバスはアホだから、英語しか喋れないし、英語でしか思考できない。だから英語を習得している。

いいか、この事実をきちんと直視しろ。ビーバスよりも優れた頭脳を持つお前は、学校教育カリキュラムの中で、英語を日本語に変換するプロトコルや日本語を英語に変換するプロトコルを鍛え、正確な単語の暗記に努めてきたはずだ。だから、日本語と英語を合わせた総合的な言語スキルはお前のほうが明らかにビーバスより高い。だが、英語スキルだけに着目すると、お前は大差でビーバスに負けているのだ。

だから、お前が英語のカラテによりタルサ・ドゥームに立ち向かうためには、お前は自らビーバスレベルのアホにならねばならない。つまり、英語でしか思考できないアホになるのだ。そのためには、英語を日本語に変換する思考は一切が有害だ。

そして、ビーバスレベルのアホになるためには、ビーバスレベルのアホの振る舞いをそのまま真似するほかない。英語の文法を理屈で分析したり、英語の単語を正確に記憶するといった振る舞いを一切排除しろ。適当であることが一番重要であり、正確性は有害なのだ。英語だけでいい加減な思考をするアホになれ。

そのようなアホの振る舞いをするのは極めて簡単だ。金も大してかからない。ちょっと大きな書店に行けば、ビーバスレベルのアホでも読める児童向けの英語小説を売ってる。だから、ハリーポッターでも買ってこい。お前がどうしても辞書が必要だと思うなら、英英辞書のペーパーバックを買え。だが、そのような辞書に手を出すのは最後の手段だと思え。なぜなら、ビーバスは分からない単語があっても、卑猥な性的単語でない限り、辞書など引かずに読みとばしていくからだ。英和辞書など絶対に使うな。

そして、意味を把握することよりもスピード重視で読め。繰り返すが辞書など引くな。分からない単語があったら、印付けるかメモるかだけにとどめ、必ず、分からない単語の意味を前後の文脈から推測しろ。そして推測にとどめろ。どうせ分からない単語を辞書で引いたところで、辞書には載ってない場合が大半だ。その単語がハリーポッター世界でしか通用しない造語であることがほとんどだからだ。つまり、お前にとって意味が分からない単語は、ビーバスにとっても意味が分からない単語であり、かつ、その単語は英語に元々ある単語かもしれないし、ハリーポッター世界の造語かもしれないのだ。ビーバスはどっちだろうと気にせず、適当に意味を推測してどんどん読み飛ばすのだから、お前もそうしろ。そのうち、適当に推測した意味で大体合ってる場合がほとんどだと気づくはずだ。お前の推測が、ちゃんと文脈との整合性という根拠を持っているからだ。

そのようなスピード重視で適当に推測するということを重視した読書は、お前に、英語の直感的な把握、すなわち、正確な意味合いを探るのではなく、分かる部分から分からない部分を無意識に探る英語トゥ英語の思考様式を植え付ける。これが英語で思考する英語の言語原を脳みそにもたらすのだ。繰り返すが、だからこそ、意味の正確性を求めることや文法の分析は有害なのだ。

とりあえず、ハリーポッターを1巻か2巻読んだら、レンタルビデオとかでハリーポッターのDVDを借りてこい。そして、字幕なしの英語で視聴しろ。できれば登場人物のセリフも真似ろ。これでリスニングとかスピーキングもばっちりだ。もうちょい学習を続けたければ、残りのハリーポッターの原書も買って映画も見ろ。もしお前に子供がいて、子供に英語教育を施そうと思っているなら、お前も子供といっしょにハリーポッターを読め。そして、子供にはハリーとかエマワトソンとかの役をやらせて、お前は精一杯マルフォイの役をやったりして、全力でハリーポッターごっこをやれ。当たり前だが英語でだ。

繰り返すが、英語の習得にあたっては、一切の教育システムは有害だ。どんな良心的な英語教室でも、なぜ、その英語がそのような意味なのかということを分析的に説明する時点で有害だということが、ここまで読んだお前には一発で分かったはずだ。英語の意味は、お前の野生の直感だけを根拠に把握されなければならない。お前自身、生まれて初めて日本語の辞書を開いたのは何歳だった?中学生になってからだというやつが大半のはずだ。高校生になってようやくというやつもいるかもしれない。お前はそうやって、日本語の文法の分析も単語の意味の正確性も一切無視して日本語を習得したはずだ。幼稚園児のうちから何か分からない単語がある度に辞書を引かされていたら、お前の日本語習得はずっと遅れていたはずだ。だから、英語の荒野は、お前が直感を頼りに生き抜く真の男のためのカラテガルドだということが分かるはずだ。

これだけ言っても、既存の学習システムにこだわるやつは、勝手にしろ。だが、既存の学習システムの機能不全は、さっきから言ってる権力のアホさに起因するということはちゃんと頭に入れておけ。中高6年間勉強しても一切英語の勉強にならない英語のカリキュラムは、権力の都合で作られた、学習者の利益に反するシステムだ。ビーバスが生まれてからティーンエージャーになるまでの間、何歳でどれくらいの英語スキルを身につけたかを客観的に点数化することなど不可能だ。ただ、ビーバスは最悪のアホだがそれでもいつのまにか英語が喋れるようになっていたという事実があるだけだ。だから、本来の英語教育は、ビーバスの成長をなぞって、途中の段階で英語スキルを点数化することは一切放棄して、ただいつのまにか喋れるようになっているようにすればいいだけで、そのほかの教育的試みの一切が有害だ。にもかかわらず、文部省は権力なので明白なアホの振る舞いに及び、学習者の英語習得の利益よりも、学習者のスキルを点数化するということを重視して、そのために、実際には全然英語学習にはつながらないが、一応見た目は学習システムにはなっているという、日本語英語間の言語変換プロトコルを学習させる教育システムを作り、維持しているのだ。そんな特殊プロトコルにいくら習熟したところで、ビーバスと会話することもままならいのにだ。生徒をテストの点数に数値化してマッピングするという教育課程上の手段と生徒の学習という目的が完全に逆転していることに着目しろ。要するに、文部省は、権力側の都合で、学習者の利益よりも、生徒を数値化するシステムを通じた偏差値制度の維持を優先させて、学習者を害しても省みることがないのだ。これが権力のアホさだ。お前はこの事実を直視ししろ。

だからどうしてもお前がお勉強をしたいのであれば、文部省の手を離れた制度を利用するほかはない。具体的にはトーフルだ。実際国際的に意味がある英語検定制度はトーフルしかない。トーイックはまるで役立たずだ。国際的には全然つぶしが効かないトーイックは、タルサ・ドゥームが英語コンプレックス者から搾取するために流行らせているのだということがお前には分かるだろう。だから、腰抜け呼ばわりされたくなければトーイックには手を出すな。英検など論外だ。

そして、大枚はたいてトーフル教材を買ってきたお前は、自宅に帰り、トーフル教材を開いた瞬間、後悔の念に打たれ崩れ落ち、涙をながすはずだ。「トニオ、あたしが馬鹿だった……お願いだから戻ってきて……」その教材は「意味が分からない単語があってもどんどん読み飛ばせ」との指示に続いて、あとは読み飛ばすためのテキストが満載されているというものだからだ。だがもう手遅れだ。真の男はお前のもとを去り、二度と戻らない。

そのような悲劇を繰り返さないためにも、お前は、真の男のアドバイスを注意深く聞き、英語の荒野に立ち向かえ。合理的な手段としてアホになることが求められるのであれば、躊躇なくアホになれ。別に英語博士になることを求められているわけではない。ハリーポッターだってララランドだって、ビーバスでも見て意味が分かる映画であることには違いはない。だから、お前が映画脚本の荒野に踏み出すにはせいぜい1,2か月程度の学習で十分だ。それが分かったら、今すぐアホになれ。そして、映画脚本の荒野でお前を待つ、お前だけの素体を求めるのだ。




これだけ説明しても「えっ映画と小説は別物じゃん。こじつけ!」とか言ってる奴はタルサ・ドゥームが弄するジャンル分断の罠に完全に嵌っていて、どうしようもない。だが、俺はカラテガルドの冒険者である真の男だから、ちゃんとお前に分からせてやる。

お前でも「シェイクスピア」という名前の文豪は知ってるだろう。しぇ・い・く・す・ぴ・あ。分かるか?だが、お前でもこのことくらいは知っているはずだ。シェイクスピアは何を書いた?小説か?当たり前だが、シェイクスピアが書いたのは演劇の脚本だ。だが奴は文豪だ。だから普通に書いたものが読書されてる。ちなみに俺はまともに読んだことはない。

それに、お前もニンジャヘッズなら、当然、「アガメムノン」をネット検索したことがあって、こいつが古代ギリシャの演劇とかホメロス叙事詩の主要登場人物であることを知ったのに、そのまま今俺に指摘されるまですっかりそのことを忘れていたはずだ。

お前も真の男なら、ここまで読んで分かってるはずだ。テキストによって書かれたフィクションは、元来、専ら、吟遊詩人の歌唱や役者の演技として再生され、受け手に届けられるものだった。商業出版という文化や技術がなかったからだ。もちろん大枚はたいて写本スクロールを購入しテキストをそのまま読んで楽しむやつもいたが、テキストをそのまま読むことを前提としたジャンルとして成立することはなかった。中国では唐代から出版技術があったのでそのころからフィクションとして書かれたテキストをそのまま読むという「小説」が存在したが、西洋では大規模な商業出版を可能にする技術は中国から1000年くらい遅れて普及したので、それから「小説」というジャンルが成立した。セルバンデスとかでだ。これは読んだ。日本で一般的に小説だと思われてるジャンルも、昔は存在した平家物語みたいなやつの系譜から全然切れていて、明治時代になって西洋から輸入された形式なので、結局、その根っこをたどると古代ギリシャとかになる。

だからお前はこのことを頭に入れておけ。演劇の脚本であろうと小説であろうと、テキストによって書かれたフィクションであることには変わりないのであって、お前がジャンルだと思っているのは、実は、再生メディアの違いでしかない。映画の脚本もそうだ。だから脚本を直に読んでも普通に読み物として楽しめる。これが、古代ギリシャカラテを論じたアリストテレスの「詩学」が、何千年たっても普遍的なフィクション論として通用するニンジャパワーを有している理由だ。そして、お前は簡単に「詩学」を入手して平安時代の神話級リアルニンジャの危険な秘密に迫ることができる。ちなみに、ホラティウスは無視していい。

アリストテレース詩学/ホラーティウス詩論 (Amazon) 




お前は今すぐ「詩学」でパワーレベリングに手を出せ


お前は、お前がテキストカラテガルドの大地に降り立った冒険者であることをきちんと自覚しろ。「古典とか哲学とか難しそうだし興味ないし」みたいな言い訳をせず、素直に運営が用意した導線に乗っかれ。お前は自キャラを作成して初心者エリアで適当に雑魚を狩ったりオークの角を10個届けるクエストを繰り返し受注してレベル8くらいまで上げたところで村長から推奨レベル10の王国の首都に行けみたいなクエストを受注するだろう。そこでいよいよ初心者エリアを飛び出して世界の広がりを実感するあのゲーム初期の特別なワクワク感を感じるから、運営がこれみよがしに道端にオーディンめいたジジイのNPCを立たせると、お前は「あっクエストありそう」と思いまんまと運営の思惑どおりにジジイにはなしかけ、ジジイが「アリストテレス……かの地こそ全てのはじまりの場所……お前はそこに赴き目にするのじゃ!」みたいな壮大なことを一方的に語るので、熟練の冒険者であるお前には、王国の首都に行った後は野良パーティーを組んでフレンドの輪を広げながらアリストテレスを目指し、そこに行けば重要なメインクエストがあったり、あからさまな中級レベルまでのレベリングに適した狩場があってレアドロップウマーとかが可能だと一発で分かったはずだ。

このように運営が過疎ってほしくないからあからさまに張った導線なのに、「俺は普段からカイシャとかで疲労してるのにゲームの中でまで必死こいて稼ぎとかをやるのはまっぴらごめんだからハードコアなロールプレイでみんなを楽しませて俺も癒されたいんだ」みたいなことを抜かしてレベリングを疎かにする腰抜けは、キャラになりきってそれなりに面白いことをチャットで喋るから、先行組の高レベルプレイヤーに気に入られてクランに加入しマスコット的な扱いをされ、「いつか装備できるようになったらいいね」とか言われてレベル不足で装備できないがとりあえず先輩キャラからお古を受け取ったりする日々を送るが、ある日、フレンドの一人が冗談のつもりで一発殴っただけでレベルも装備も弱すぎたために一発で死ぬ。フレンドが「ごめんごめん。まさか一発で死ぬとは思わなかったから」とか謝ってる間にもフレンドのネーム表示は真っ赤に染まりあっという間に殺到してきたPK狩りに囲まれてそのフレンドはぶっ殺されて貴重な装備を落とす……全てはレベリングを疎かにしたことが悪いのだ。それなのに今まで親切にしてくれたフレンドは揃えるのに半年かかった最強セット装備を失って即座に引退宣言……先輩クラメンが「アリストテレスでパーティ組んで土日ぶっ続けで狩れば10はレベルが上がるから連れてってあげるよ」と誘ってくれた時にカッコつけて「土日はデートの約束があるんで」みたいなありもしない予定をでっち上げて先輩の誘いを断りパワーレベリングで楽をしようとしないから、こんな悲劇が起こるのだ。

だが、熟練の冒険者であるお前はそんな悲劇には無縁だから、王国の首都にたどり着いたらすぐさま野良パーティー募集に応じて意気揚々とアリストテレスに向かい、適正レベルに2,3くらい足りないせいでパーティー全滅の危機を迎えたりしながらもアリストテレスでの狩りを続ける中で、だんだんと、アリストテレスはさっきのジジイがいかにも壮大な設定っぽいことを語って誘導してるだけで、実際には、ようやくスキルやルーンがそろってきた初級から中級に移行しつつあるプレーヤー向けにスキルやルーンの組み合わせでどういうふうにキャラを強化できるのかというシステムの奥深さの部分に触れさせ、ただクリックして殴るだけの段階から卒業させる第二のチュートリアルエリアというべきものだということを理解するはずだ。つまり、アリストテレスは、フィクションの手法や形式を分類整理し、フィクションの力をもたらす要素を分析してプレーヤーに分かりやすく紹介するという、テキストカラテガルドが売り物にしている奥深いゲームシステムの基本の基の部分を分からせることを通じて、プレーヤーをレベリングに誘導しているのだ。お前は、そういったことをアリストテレスの「詩学」ダンジョンで学習するはずだ。運営は、やがてはお前を1か月ぶっ続けでログインしてもレベルが1上がるか上がらないかみたいなエンドコンテンツに誘導してEXPブーストアイテムにマイクロトランザクションさせたい目的で、しきりにアリストテレスを奨めてくるのだ。

だから、お前は、「詩学」ダンジョンのウマさを知っている他のプレーヤーにレベル差をつけられないためにも、しり込みすることなく「詩学」に突撃して高レベルパーティーに寄生してでもパワーレベリングしろ。高レベル帯に近づくに従って成長速度があからさまに鈍化するから、マイクロトランザクションしながらナボコフエリアとかに挑戦するかその前にアカウントを消すかはお前の好きにしろ。俺もあまりナボコフは読んでない。だが、高レベル帯には、ほとんど廃人しかプレーしてないにもかかわらずレベルデザインの秀逸さで名高い「巨匠とマルガリータ」ダンジョンとかもあるから、そういうのに興味を持ったお前は、「巨匠とマルガリータ」ダンジョンで、全てのケモノの始源にしてアーキタイプである最高ケモ度のどでかい黒猫が狂人の群れをかき回しどったんばったん大騒ぎするイベントが目白押しのクエストを体験して、改めてこのゲームの面白さに感動し課金してよかったと思うはずだ。このようにアリストテレスでのレベリングはテキストカラテガルドの世界を堪能するために必要不可欠なのだから、お前は迷わず挑め。



こうしてお前は、映画脚本の荒野で素体を手に入れ、「詩学」ダンジョンで得た学習、さらにその先の高難易度ダンジョンの攻略を通じて得たノウハウに従って、テキストカラテガルドの冒険を通じて手に入れたスキルやルーンをはめこみ素体をカスタマイズし、装備セットボーナスとかと組み合わせてキャラビルドしていくだろう。俺はお前がこうして真の男が好む真の冒険者に覚醒したことを心から祝福する。だから俺は、テキストカラテガルドの果てに挑むお前への餞別として、最後に、「素体」をめぐる、ある男の物語を語ろう。















ギルガメスとバララント、この二つの星系は原因も定かではない戦いを100年も続けていた。初めは局地戦が続いていたが、俺が志願するころには戦線が拡大し、二つの星系に属する200余りの惑星が戦火に巻き込まれていた。

俺は戦った。初めは生まれ故郷のメルキアのためと信じて戦った……だが、戦いは長引くばかりで終わりがなかった……

……俺は疲れた……誰も彼もが疲れていた……


  O P



しゅう せん

終  戦


宇宙の虚空をただ一隻航行する茶褐色の無骨な大型宇宙艦。そのブリッジは軍用通信の傍受の最中。通信機のスピーカーから流れる壮年の男の声。

……ザリザリ……ロッチナ大尉、聞こえるか?私だ、カルメーニだ……

それに答える声は、カルメーニと名乗った男の声よりも若いが、堅物であることはその口調から明らかだ。

……はい、将軍。ロッチナです。和平交渉は纏まりましたか?……

……バカ者!この戦争が簡単に終わると思うか!?……

……はっ!済みません。そんな噂が流れていたもので……

ヘッドセットを装着して通信コンソールデッキに座り通信機器のダイアルを操作している軍服のブリッジクルーは、傍受通信を聞きニヤつく。彼をとりかこむ形で通信に耳を傾ける他のクルーらも、その凶相を歪め無言でせせら笑う。

通信が続く。カルメーニのイラつきを滲ませる声。

……バッテンタイン閣下から、お前に依頼があるそうだ。代わるぞ……

ブリッジ前方では、白髪をオールバックにした堂々たる体躯の、やはり軍服姿の男が、通信機器を囲むクルーたちに背を向け、彼方に広がる虚空を眺め無言でたたずんでいる。艦長か。通信機からは、バッテンタインと呼ばれた、カルメーニよりもさらに高官と思しき男の老成した声。

……バッテンタインだ。ロッチナ、戦艦テルタインを知っているな?……

……はい。惑星べラモスに係留されています……

……それが何者かに奪われたのだ。すぐ、追跡してほしい……

傍受通信を聞きながら、艦長らしき男は無言でパイプに火をつける。老境にさしかかったと思しきその顔は厳つい。傍受通信ではロッチナが答える。

……お言葉ですが、テルタインは既に役目を終えた退役艦です。さほど重要とは……

バッテンタインが遮る。有無を言わせぬ口調。

……重要なのは艦ではなく、その行先だ。ビーコンによれば、艦は「LX2045(にー・まる・よん・ごー)」へ向かっている……

ここで通信コンソールのクルーはスイッチを切り、ヘッドセットを外す。「へっ、ようやく気付いたか」明らかな侮蔑。

そのすぐ脇に立ちコンソールデスクに片手を突くクルーが答える。「連中が着くころには仕事は片が付いて、もぬけの殻さ」それを聞いた別のクルーが上げる同意の哄笑。彼らのやり取りが意味するところ……彼らの艦こそがまさしく問題の「テルタイン」……

その時、一人ブリッジ前方にいた艦長らしき男が声を発する。「諸君!」クルーたちは即座にその声の主に目を向けるが、くつろいだ姿勢のままだ。およそ正規軍とは思えぬ振る舞い。

彼らの視線の先にいる艦長は、クルーたちに背を向けたまま命じる。「準備にかかれ。目的地についたぞ」ブリッジから見える光景はもはや虚空ではなく、艦は小惑星帯を航行している。

テルタインは小惑星帯を進む。前方に一際大型の小惑星。テルタイン船首下部ハッチが開き、そこから逆台形の船体に4本のランディングパッドを備えた揚陸艇が発進する。

揚陸艇の二つの操縦席には赤褐色のパイロットスーツを着た2名の兵士。テルタイン艦長から通信が来る。「オリヤ!コニン!準備はいいな?」「万事オーケーです」「突撃隊員に異常はないな?」「はい、最終確認を行います!」「特に『ミッションディスク』の確認に念を入れろ」

モニタに、揚陸艇のカーゴ内の光景が映る。全高4メートル弱のロボットが10機、2列向かい合わせで整列している。装甲車を彷彿とさせる無骨なトルソに無造作に取り付けられたような手足。シンプルなドーム状の頭部からレボルバー台座に取り付けられた三連カメラレンズが突き出る様は戯画化されたタコめいている。機体の腕部マニピュレータには制式ヘヴィマシンガン。形式番号ATM-09-ST、「スコープドッグ」のペットネームで知られる、ギルガメス軍制式ミッド級AT(アーマードトルーパー)である。

カーゴ内カメラが整列するスコープドッグの上半身を順に写して異常の有無を確認する。報告の声。「特に……ありません」「例の男は?」「キリコですか?」

カメラが静止する。整列するスコープドッグの内の一機がなぜか胴体ハッチを開放し、コクピットに座るパイロットの姿をさらしている。

その姿はテルタインのブリッジのモニタにも表示される。艦長はパイプを咥えたまま、モニタ映像でパイロットの様子を確認し、返答する。「『例の部隊』から突然に転属させられてきた男だ。怪しまれてはならんから連れてきた。何も教えていない。感付かれんようにしろ」「もし感付かれても、ちゃんと手は打ちます。ご安心ください」

カーゴ内カメラはそのパイロット、すなわち「キリコ」と呼ばれた兵士の姿を拡大する。他の兵士と同じ赤褐色の耐Gパイロットスーツにフルフェイスヘルメット。バイザー越しに覗く無造作に刈られた短髪。HUDゴーグルを装着し、鼻から口元は酸素供給マスクで覆われ、表情は全く見えぬ。

「よし、では行け!」

艦長の命令を受け、揚陸艇は船尾バーニアを全開にして急速にテルタインから遠ざかる。急接近する「目的地」、小惑星リド。そして、揚陸艇は船体側面のミサイルハッチを開き……前方の小惑星基地に向けて4本の大型ミサイルを連続射出した。


________________________


小惑星「リド」、宇宙港ドッグ。小惑星の奥深くから外部に向かって宇宙船発着レーンが長く伸びる。

突然、発着レーンの「リド」地表開口部付近に大型ミサイルが着弾!KABOOM!大規模爆発の炎と爆風が地表から発着レーンを伝って宇宙港最奥まで到達し、管制施設をなぎ倒す!轟く宇宙港スタッフたちの断末魔の悲鳴!「「「グワーッ!」」」

……爆風が収まった頃合いを見て、揚陸艇が侵入する。揚陸艇は破壊の嵐が終息した発着レーンを進む。揚陸艇の周囲には破壊によって生じた残骸の破片と宇宙港スタッフたちの無残な死体が無重力状態で漂う。

そして揚陸艇は宇宙港最奥に到達し停止する。揚陸艇の船底ハッチが開き、オリーブドラブに塗装され宇宙空間戦闘用のバーニアを備えたX字型モジュールを背中に装備したスコープドッグの群れが降下し、基地内部施設への侵入を開始する。

すぐさま、基地各所の警備AT……侵入者とは違いライトパープルに塗装されているが、侵入者と全く同型の「スコープドッグ」……が侵入者のもとへ集まり始める。そして、長い縦穴を降下する侵入者を発見した警備ATはすぐさまサブマシンガンの発砲を開始する。BATATATATATA!だが侵入者らの駆るスコープドッグは警備ATの発砲をものともせず応戦し、基地施設の破壊を省みぬヘヴィマシンガンの連射で次々と警備ATを破壊する!その火力と練度の差は明白だ!

やがて、オリーブドラブのスコープドッグ部隊は縦穴の警備ATを全滅させ、次々と縦穴の底に到達する。損失は一機のみ。だが、一方的な戦闘の中、コックピット内のキリコは激しく動揺していた。

「味方だ……!隊長!相手は味方じゃないんですか!?」

「訳は後で話してやる!今は黙って戦え!」

オリーブドラブの部隊は縦穴の底から水平方向に延びる通路を突撃する。ほとんど抵抗はない……突然移動銃座に乗って現れたライトパープルの機体が、単機、迎撃を試みるが、あっさりと撃墜される。部隊長であるオリヤが全機に通信で指示を送る。

「これより二手に分かれる!No.6までは俺に、あとはコニンに続け!」

キリコは隊長機に従って進む。4機分隊で待ち構えていたライトパープルの機体がほぼ一瞬で全滅する。もはや抵抗はないかと思われたその時……部隊の先頭を進む機体が、突如何もない空間で停止し……短い放電の後に爆発した!電磁バリアトラップだ!慌ててオリーブドラブの部隊が後退に転じた瞬間、オリーブドラブの機体数に倍する数のライトパープルの機体が、キリコと所属部隊を高所から包囲する陣形で出現した。部隊は一転して包囲殲滅の危機!

だがキリコは機体頭部カメラレンズを観測用カメラに切り替え、一瞬で高所に陣取る「敵」の陣形を読み取る。3機のグループ、5機のグループ……キリコは2機のみのグループに向け躊躇なく機体をジャンプさせ、急接近した。オリーブドラブの部隊の中でただ一機のみが後退せぬどころか無謀な突撃を敢行し、突如眼前に出現したことは「敵」を一瞬思考停止させた。その隙にキリコの機体は目前のライトパープルの機体の頭部に容赦なく左腕マニピュレータの拳を叩き込んだ!KRAAAAASH!あたかも空間が歪んだかのような錯覚すら覚えさせる衝撃!一撃で機体上半身をあらかた破壊され吹き飛ぶライトパープルの機体!腕部マニピュレータの肘に仕込まれた炸薬の爆発により肘から先の下腕と拳を前方に超高速スライドさせ敵機に叩き込む粗暴な格闘戦兵装、アームパンチである!

アームパンチで破壊された機体と並んでいたもう一機は、驚愕から回復しすぐさま機体を転回させてキリコの機体を狙うが、予め一連のマニューバを想定していたキリコが速い!敵の発砲に先んじてヘヴィマシンガンの大口径弾を叩き込む!BLAM!BLAM!撃墜!

さらに別の離れた敵グループから2機、サブマシンガンを乱射しながらキリコの機体を標的として接近してくる。だがキリコはまたもや敵への急接近を行った!予想に反して高速接近してくるオリーブドラブの機体の動きにライトパープルの2機の照準が追い付かぬ!逆にキリコの機体は狙いすました射撃!そしてオリーブドラブの1機とライトパープルの2機はそのまま一直線に飛び空中で交錯し……キリコの機体の背後でライトパープルの2機はほぼ同時に爆発した!キリコはすぐさま機体を反転させ、さらにキリコ目掛けて下方から襲い掛かろうとしていた3機の敵グループに向けてヘヴィマシンガンをフルオート連射!キリコが単機の突撃を開始してからここまでわずか10秒余り。何たる冷徹さ、何たる操縦か!

突然、キリコの無線に味方の通信が飛び込む。「味方だ!」その声にキリコも反射的に振り向き、味方の増援を目にしてつぶやく。「味方だ……」別行動をとっていたコニン率いるグループが合流したのだ。

今や敵の包囲網は破れ、数でも敵を上回ったオリーブドラブの部隊は、直ちに残敵の排除に移った。ライトパープルの機体が次々爆発する。オリーブドラブの部隊の損耗がさらにもう一機。そして……抵抗は皆無となった……絶体絶命の危機を乗り越え、コックピット内のキリコは、戦闘から遅れて膨れ上がる興奮状態をなだめるかのように、満面に汗を噴出させながら、荒い呼吸を繰り返す。眼下に集結する味方の生き残り合計6機が全周囲を警戒する円陣を組んでいる。キリコは味方に向かって機体を降下させる。

敵の抵抗が途絶えたことを確認し、隊長が部下に問うた。「シミルはどうした?」部下の一人が答える。「電磁バリアで……やられました」「電源は切ったのか!?」「たった今、切断しました」隊長は降下してくるキリコに気づいた。

「キリコか……よくやった。敵はまだ残っている。お前はここで見張っていろ。他の者は俺に続け」そしてキリコの復唱を待たず機体の方向を転じる。命の恩人に等しい部下への態度とはほど遠いよそよそしさ。

キリコもまた、命令の復唱もせず隊長に問うた。「隊長。作戦の目的を教えてください」隊長機のカメラがキリコの機体を直視する。「後で教えてやる!」「何故味方を襲うんです!?」その声に反応し、隊長機以外の機体も一斉にキリコの機体にカメラを向ける。「訳を、訳を教えてください!」

隊長機は、キリコの機体を捉えたまま、威圧的にカメラレンズを切り替え、いらだちを露わに叱責する。「貴様、俺の言っていることが聞こえんのか!」「し、しかし!」「ここを動くな!命令だぞ!」キリコの機体を隊長機のカメラレンズが睨み据える。「た、隊長……」

隊長はもはやキリコを無視し、その他の部下に命令を下す。「よし、行くぞ」そしてキリコを残し、キリコには行く先すら知らされぬ目的地に向けて部隊は移動を再開する。キリコは呆然とその背中を見送る。

そして、部隊はついに目的の場所に到達する。眼前には差し渡し20メートルに迫る巨大な4分割ハッチ。オリーブドラブの1機がハッチのふもとにあるハッチ開閉操作盤に暗号キーを入力する。巨大なハッチが開き始める……その奥に光るのは……積み上げられた莫大な黄金インゴットの山だ!それを目の当たりにした部隊メンバーは皆思わず笑い声をあげ……やがて、その笑い声は正気が疑われるほどの爆笑へと変わっていった……

その爆笑が通信を通じて一人残されたキリコの耳にも届く。笑い声をどうにか収めた隊長が部下に指示する。「あとは例のモノだ!この近くにあるはずだ。今度は簡単にはいかんぞ」キリコは堪えられず、再び隊長に問うた。「隊長!自分にも作戦を教えてください!」隊長は再び叱責で答えた。「キリコ!いい加減にしないと軍法会議だぞ!」「隊長……!」「全員、キリコとの交信を絶て!うるさくてかなわん!」「隊長!隊長!」しかし、もはやキリコに答える声は皆無であった……その時!

ただ1機、物陰に潜みキリコの機体をロックオンするライトパープルの機体あり。その機体が構えるのは、大型対艦エネルギー砲、GAT-35 ロッグガンだ。ただのAT一機に使用するのは明らかにオーバーキル、それどころか、そのような兵器を宇宙基地内で使用した結果もたらされる基地への被害は甚大である。いかな絶望に駆られた自暴自棄の行動か?その意図がどうであろうと、発射に向けたエネルギー充填は今まさに終わろうとしている。その機体のカメラレンズが切り替わる。超人的な第六感ゆえか、キリコがその機体に気づく。直後、エネルギー砲からまばゆい閃光を伴う紫電が放たれる。キリコの機体はギリギリで回避する。その背後の壁に巨大エネルギーが衝突し、更にまばゆい光球を生じる。背後からの衝撃波に吹き飛ばされながら、キリコの機体は敵機を照準に捉え、放った銃弾は過たずその頭部を貫く……狙いを外したエネルギー砲の砲撃は、小惑星の外部まで貫通した。

キリコの機体は浮上し、その貫通痕を確認する。壁面に空いた巨大な穴が図らずもその壁の向こうにあった部屋を露出させている。貫通痕は、更にその向こうの壁を貫き、小惑星の外殻を貫き小惑星の外部まで到達し、宇宙空間に至っている。

そして、壁面の向こうにある部屋の中央には、棺桶めいて金属製の円筒カプセルが横たわっている。キリコは荒い息を吐きながら周囲を警戒し、そして、機体をその部屋へと進める。謎のカプセルを見下ろす位置に浮上したまま停止し、カメラレンズを切り替え、カプセルを観察する。不意にこれが「例のモノ」である可能性に気づく。キリコは最早味方と呼ぶことができるのかどうかも不明な他の部隊メンバーが周囲に見当たらないことを確認し、機体を床面に着陸させる。

キリコは、まず、機体頭部のバイザー部のみを開きカメラレンズを通さずカプセルを見た。カプセルの内部はここからでは全く不明だ。そして、機体胴部のハッチを開き、機体に降着姿勢をとらせ、コックピットを降り、自らの足でカプセルに接近する。重力は弱く、その歩みは跳ねるような滑稽なものとなる。

そして、カプセルの傍らに立ったキリコは、ヘルメットの上から装着していたHUDゴーグルを額へと持ち上げ、肉眼でカプセルを見た。先ほどの狼狽ぶりが信じられぬほどの鋭い眼光に力強さを感じさせる眉。膝をつき、金属製のカプセルの表面に手のひらで触る。反応なし。カプセルの端にある小型インジケータは謎の光と電子音を発している。そのすぐ下にボタン。ややためらったのち、押す。何の反応もない……と思った矢先、突然、カプセル表面の金属の覆いが開きだし、内部から謎の青い光が漏れる。キリコは反射的に飛びのく。だが、その目線はカプセルの内部に釘付けにされたまま。やがて、青い光が弱まり、内容物が明らかとなった……

カプセルの金属の覆いの下には更に透明の覆いがあった。その内部に青い光の中に浮かぶように横たわっているのは……全裸の若い女である……!キリコの理解を全く拒むその光景は、キリコに考える間を与えず、キリコに染み付いた兵士の本能に働きかけキリコをスコープドッグのコックピットへと駆け戻させる。コックピットに到達する寸前でキリコは恐慌状態を脱する。あらためて背後のカプセルに向き直り、腰のホルスターから拳銃を抜き、再びカプセルに歩み寄る。

今度は、カプセル内で眠るように仰向けに横たわる者を観察する。キリコの目線が女の足元から頭部へと動く!カメラはキリコの目線に合わせて女の裸身を容赦ないクローズアップでスローで舐める!明らかに力が入った作画!その体にはまつ毛と眉毛を除き一本の体毛すら見当たらぬ。そしてそのバストは……豊満である!……キリコは無意識によろめく歩みで女の頭部に接近する。キリコの凝視の先、眠るように閉じられていた女の瞼が……やおら開き始め……その眼球が動き……茶褐色の瞳が傍らのキリコに凝視を返した!……







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目線が女の足元から頭部へと動く!カメラはキリコの目線に合わせて女の裸身を容赦ないクローズアップでスローで舐める!明らかに力が入った作画!その体にはまつ毛と眉毛を除き一本の体毛すら見当たらぬ。そしてそのバストは……豊満である!……キリコは無意識によ






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の裸身を容赦ないクローズアップでスローで舐める!明らかに力が入った作画!その体にはまつ毛と眉毛を除き一本の体毛すら見当たらぬ。そしてそのバストは……豊満である!


















……キリコは無意識によろめく歩みで女の頭部に接近する。キリコの凝視の先、眠るように閉じられていた女の瞼が……やおら開き始め……その眼球が動き……茶褐色の瞳が傍らのキリコに凝視を返した!……

キリコは反射的に拳銃の銃口を女の頭部に向ける。だが、女はまるで銃口が視界に入らぬかのように無言でキリコへの凝視を続ける。その無表情は無邪気といえるほどだ。異常な凝視がキリコを混乱へと追いやる。銃口が震える。女の凝視から目線を外せぬ。



【VOTOMS】



 C M







【VOTOMS】


……女の凝視はなおも続く。キリコはその凝視から逃れるべく、意志を総動員し、強いて顔を背け目を閉じ……うめき声を上げ……手探りで先ほどのボタンを再び押した……カプセルは再び、先ほどの金属の覆いで閉じられ、女の裸身と青い光とをその内部に封じた。

キリコはしばらくカプセルに手をついたまましゃがみ込み、呼吸を整える。金属の覆いを再び見る。反応なし。思わず呟く。「何だ……これは、何だ……!」

その時、突然キリコと部隊との通信接続が復活し、ヘルメットに隊長の声が響いた。「キリコ!」反射的に振り返ると、既にエネルギー砲が空けた大穴の向こうに部隊が集結している。「お前そこで何をやってるんだ!何があった!?」キリコは反射的に立ち上がって気を付けの姿勢で返答した。「はっ!これを……妙なものを見つけたもので」「妙なもの?」隊長機のカメラレンズが切り替わりカプセルを捉える。「俺たちが探していたものはそれだ!あとはいい。任せておけ」「はい!」キリコは即答し自機のコックピットに戻る。振り返るキリコの視線の先、2機がカプセルに接近する。キリコはシートに座りハッチを閉じ、再びHUDゴーグルを装着してそのケーブルをコクピットに接続する。

再び隊長の声が届く「キリコ!」「はい」隊長機が残りの部下を従え室内に到達する。隊長がキリコに命じる「表に母艦が見えるかどうか調べてくれ。そこから運び出したいんでな」視線の先には例の宇宙空間への大穴。「はい」キリコは直ちに機体を移動させる。命令に従順に従いつつも、キリコの脳裏には疑問がつきまとう。自分以外は「あれ」が何なのか知っているのだ……なぜ隠す?

そしてキリコの機体は再び宇宙空間に至る。テルタインを視界に捉える。あれも退役艦のはずだ。やはりこれはまともな作戦ではない。そして先ほどの貫通痕を逆に辿り基地内部を目指す……その前方から何かが漂ってきた……何らかの爆発物だ。

それに気づいた瞬間、キリコは反射的に機体を反転させた。すぐさま背後で爆発が起こった。基地内部に留まる部隊と「あれ」に被害を与えぬよう爆発規模は抑えられており、キリコの機体を破壊するには至らぬが、それでも、キリコの機体をコントロール不能状態にして吹き飛ばすには十分だ。キリコの機体はいずことも知れぬ虚空目掛け吹き飛ばされる……

……テルタインのブリッジでは、艦長が目前を横切り飛ばされてゆくキリコの機体を眺めている。「上出来だ。よし。撤退開始」……

……もはや小惑星リドから遠くはなれた空間をキリコの機体は漂っている。機体が動く気配はない……今再びの、そして、これまでで最大規模の爆発が背後に生じ、一時閃光が空間を満たす。小惑星基地が完全爆破されたのだ。コックピット内のキリコは機体を吹き飛ばした爆発の衝撃で未だ失神しており、背後で起こった大破壊には気づかぬ。やがて、その機体の前に、テルタインとは別の巨艦が姿を現す。

……こちら、戦艦バウンドント。応答せよ!くりかえす。こちら戦艦バウンドント。聞こえないか!?聞こえていたら応答せよ!……


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突如の激しい色とりどりの閃光の乱舞。戦場の死と破壊の光景。轟音とともに爆発が壁面を貫き、兵士たちが焼き払われる。ありとあらゆるものが炎にのまれる。キリコは絶叫する。「グワーッ!」

絶叫とともにキリコは覚醒する。「ア……ア……」その頭部には何らかの拷問装置。暗い室内に、やおら光が差しキリコの顔を照らす。キリコは眩しさに目をつむる。光の方向から男の声。「お目覚めのところをすまんが、質問に答えてもらおうか」キリコは薄目を開け、声の方向を見る。逆光になった軍服のシルエット。おそらく士官。声を絞り出す。「ここは、どこだ……」

冷酷な堅物そのものの声が返る。「質問はこっちがする。まずはお前の名前を聞かせてもらおう」「……キリコ、キリコ・キュービー」「生年月日は」「ギルガメス歴2326年7月7日」「18歳か。所属は」「ギルガメス星団・第24メルキア方面・2045部隊・機甲兵団」キリコはリクライニングした拷問椅子に寝そべる格好。パイロットスーツの上半身は剥ぎ取られている。その手足はベルトで拷問椅子に固定され拘束されている。

質問が続く。「あそこで何をしていたのだ」「作戦に、参加していた」「誰の」「聞いていない」「お前を指揮していたのは」「オリヤと、コニン。他の者は知らない」声に徐々に力強さが戻る。隠すことも、今更隠し立てする義理もない。「小惑星リドを爆破したのは」「俺は知らない」

質問の声が明らかに鋭さを増す。「では『素体』をどこへやった」キリコには全く意味不明の言葉だ。「『ソタイ』?……何のことだ」「棺桶のような箱があったろう」「……あれか」

しばしの沈黙。質問の声の音程が下がる。「……中身を見たのか」「……中身……」

突如として、キリコの脳裏に、青い光が、あの「凝視」がフラッシュバックする!豊満なバストその他もろもろは全く意識に入り込む余地なし!

「……見なかった」

「嘘を言え!素体をどこへやった」

その指摘にキリコは動揺する。「知らない!俺は本当に知らないんだ!」「とぼけるな!」キリコは声を張り上げる。「俺は仲間に裏切られたんだ!だからあとのことはグワーッ!」

キリコの頭部に装着された拷問装置が稼働する。「グワーッ!」数秒の絶叫の後、拷問装置は唐突に止まる。キリコはぐったりとうなだれる。室内の明かりが点灯し、医療スタッフ2名がすぐさまキリコに駆け寄って拷問装置を取り外しにかかる。質問をしていた軍人は手を後ろ手に組んだまま、動じる気配は微塵もない。その斜め後方から軍医が近づき、並ぶ。

医療スタッフの一人がキリコの心拍を確かめる。軍人が問う。「どうだ?」「気絶しています」もう一人の医療スタッフが続ける。「ショックが強すぎたようです」言わずもがな。

軍人の横にあるモニタに将官らしき男がバストアップで映る。机の上に両肘を突き、顎の下で手を組んでいる。「驚いたな、味方の仕業だったとは……どう思うね?ロッチナ大尉」

ロッチナと呼ばれた軍人はモニタに顔を向ける。金髪、青い瞳、角ばった顎に鷲鼻。冷酷な堅物そのもの。「バッテンタイン閣下、とにかく手がかりはこいつだけです。吐かせるしか、ないでしょう」

モニタの中の男、バッテンタインは瞑目するかのように瞼を閉じる。低く唸る。「それにしても重大事態だ。こうなると、早く休戦を締結したほうがいいかもしれん。バララントに機密が漏れぬうちにな」キリコは眉根を寄せて苦悶する。覚醒が近いか。ロッチナはバッテンタインに返答する。「はっ。私は直ちにメルキアに戻ります……じっくり、こいつを料理しましょう」キリコはうっすらと目を開く。


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航行する戦艦バウンドント。その行く先には紫と赤褐色が入り混じる不穏な色彩の惑星が迫る。惑星メルキア。周囲には無数のデブリ。

上半身裸のままのキリコは、その光景を独房を兼ねた船室の船窓から眺める。彼にとっては生まれ故郷。船室の壁面はくまなく柔らかい素材のパッドで覆われている。

そのパッドの一つがスライドし、パッドの奥からカメラがレンズを覗かせる。カメラはキリコの後ろ姿を捉えるとともに声を発する。「どうかね。故郷の星に帰る気分は」先ほどの軍人の声だ。嫌味さまで加わっている。

キリコは質問に答えず、船外の光景を見つめたまま、逆に問う。「メルキアは……酷くやられたのか?」「……ああ、人口の4分の3が死んだよ」今回はキリコからの質問も許されるらしい。キリコは、ただメルキアを見つめる。

軍人が続ける。「……だから、あと一人死んだところで、どうってことはない……ックククククッ」ゲスであることを隠すつもりはないらしい。ただメルキアを見つめる。

……シャトルは地表へと降下する……


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メルキア地表。夜。軍用滑走路。だがその地下には地表の簡素な建造物からは想像がつかぬほどの大規模な軍事基地が存在する。

その地下深くの一室。キリコは今度はうつぶせに寝かされ手腕をベッドに拘束され、頭部に拷問装置を装着されている。足の拘束は必要ないとの判断のようだ。そして、拷問装置が送り込むパルスに合わせて呻き声を上げるキリコの背後から、何らかの薬物を満たした注射器を保持するメカアームが迫る。キリコは横目でそれを視認し、必死に身をよじるが、避ける手段はない。注射針がキリコの右上腕に突き刺さる。

絶叫する。意識が飛ぶ。「グワーッ!」その絶叫は、拷問装置が送り続けるパルスによって定期的な呻きに変わる。

ロッチナ、その直属下士官、軍医及び医療スタッフが、キリコを見下ろす位置にある別室から、ガラス窓を通じてそのさまを見守る。バッテンタインが入室する。

「どうかね」

「はっ。脳刺激を3時間続けているのですが、意外にしぶとい奴です」そしてガラス窓に向かい身を乗り出す。「キリコ!いい加減に吐け!『素体』はどこだ!」キリコは呻きながらもかろうじて返答する。「知らない……知らないものは、知らないんだ……」

ロッチナは傍らの軍医に平然と指示する。「電圧を上げろ」軍医は立ち上がり、ロッチナに面と向かって言う。「いかん。これ以上は命に係わる」ロッチナもまた軍医を睨みつけたまま、畳みかける。「フーセン軍医。君は事の重要性が分かっておらんようだな」フーセンと呼ばれた軍医はなおも反論する。「しかし……」その言葉が終わらぬうちに、ロッチナは別の医療スタッフに向け命じる。「やれ」拷問コンソールの電圧スライダが上昇する。

キリコは一際激しく絶叫!「グ、グワーッ!グワーッ!」痙攣で上半身がのけぞる!……そして唐突に絶叫が止まり、のけぞっていた上半身がもとに戻る。拷問コンソールのモニタが示すバイタルサインはフラット。

ロッチナは驚愕し、バイタルサインモニタに身を乗り出し、問いただす。「どうした!?」電圧スライダを操作していた医療スタッフが顔面に汗を浮かべて答える。「心臓が……止まりました」言わずもがな。ロッチナは自分のことを棚に上げて叱責する。「馬鹿者!早く蘇生させろ!」そして再びキリコを見る。ピクリとも動く様子はない。

「まだか……まだ動かんぞ」ロッチナは狼狽を隠せぬ。医療スタッフが拷問コンソールのボタンをほとんど出鱈目に押す……突然、キリコは絶叫とともに蘇生!「グワーッ!」その痙攣はさきのものとは比べ物にもならぬ!意志に反して暴れまわる両腕はとうとう……両腕の拘束を引きちぎった!拘束具のネジがはじけ飛ぶ!……そして、キリコはベッドから転落した。

監視室の面々はそれを見て一斉に立ち上がった。床に転がるキリコは早くも目を開こうとする。霞む視線の先にあるのは……拘束具からはじけ飛び床に落ちたネジだ。ロッチナと軍医らが駆け足で入室してくる。キリコは震える左腕を伸ばし……ロッチナらに気づかれる前に、ネジを拳に握りこんだ。

フーセン軍医と医療スタッフがキリコに駆け寄る。ロッチナと下士官は駆け寄ったはいいが何も手出しできぬ。手早くキリコの状態を確認したフーセンは、ロッチナに毅然と言い渡した。「彼に死なれたら君も困るはずだ。今日は打ち切らせてもらうよ。」そしてロッチナの返答を待たず立ち去った。バッテンタインとロッチナがその背中を見送る。バッテンタインが口を開く。「ロッチナ大尉……奴は案外、本当に知らんのかもな」ロッチナは冷静さを取り戻している。「いえ、どこかあいつは反抗的です。何かを隠しているに違いありません」


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上半身裸のままのキリコが、うなだれたまま、二人の警備兵に肩を担がれ通路を引きずられてゆく。二人の警備兵は、とある独房にたどり着くと、シャッター扉を上げ、独房の床にキリコを放り出す。警備兵らはキリコを見下ろす。相変わらずピクリともしない。

痩せぎすの警備兵が相棒に話しかける。「こいつ、一度心臓が止まったそうだ。みっかぶっ続けであの拷問を受けても、まだ吐かねえらしい。全くしぶといやろうだぜ」そして床に転がるキリコに目を向けたまま、独房の外にむかう。太り気味の相棒は冷笑で答える。存外に声が若い。「それもあと2,3日さ。ロッチナ大尉がしくじったことはないんだ」そして、瘦せぎすにむかって歯をむき出して意味ありげな笑みを見せる。痩せぎすは一瞬、ニヤリと笑みで応じ、キリコに背を向け、独房から出る。太り気味が後を追う。シャッター扉が降下を開始する。

そして、警備兵たちが完全にキリコに背を向けたまさにその時、キリコは目を開き、先ほどのネジを静かに床に転がした。転がったネジは……シャッター扉の真下で止まり……シャッター扉による完全な密閉を妨げた。

先ほどの警備兵の背後から、すぐさまBEEP音が鳴る。警備兵たちは立ち止まり、振り返る。今しがたキリコを放り込んだばかりの独房が、シャッター扉上のレッドサインを点滅させ、アラートを発している。太り気味が先に察知する。「完全に閉まってないようだ」痩せぎすは返す。「閉まってるじゃないか」確かに閉まっているように見える。太り気味は困惑する。「故障かな……ちょっと見てくる」言いおいて独房に向かう。痩せぎすは、相棒に任せることにして、帰り道を再び歩き出す……

……独房内では、既にキリコが立ち上がり、シャッター扉脇の壁に背中を貼り付け。奇襲の用意を整えている。「ロッチナ大尉」の名前は既に記憶に刻んだ。警備兵の足音が近づいて来る。扉の前で足音が止まる。シャッター扉が半開きになる。太り気味が中腰になり、独房内の床を見渡す。「おかしいな……別に何ともないんだが……」キリコが床にいないという事実に気づく前に、横からキリコの手が伸び、太り気味の襟首をつかみ、独房に引きずり込む。

タバコを加え火を付けようとしていた痩せぎすは、相棒の発した驚愕の声に振り向いた。視線の先には、既に相棒が担いでいたアサルトライフルを奪い取り扉の前で低い姿勢で銃口を痩せぎすに向けるキリコがいた。独房内には相棒の動かぬブーツだけが姿を覗かせる。

痩せぎすが、担いでいたアサルトライフルを手に持ち構えようとしたとき、既にキリコは引き金を引いていた。銃声が鳴り響き、4発の銃弾全てが瞬時に胸部に命中した。「グワーッ!」

銃声と絶叫が、すぐさまフロア内の全警備兵の注意を引いた。しかし、どの警備兵が事態を把握するよりも早く、キリコは通路を全力疾走する。何たる回復力。キリコをキャットウォーク上から視認した警備兵が銃火を浴びせるが、キリコには追い付かぬ。

キリコは背後の足音に気づく。角を曲がりキリコの背後に現れた別な二人の警備兵は、即座にキリコの掃射に撃ち倒される。「「グワーッ!」」撃たれた警備兵が床に崩れ落ちるよりも早く、すぐさまキリコは元の進行方向に銃口を向ける。今度は3名の警備兵が前方から角を曲がって通路に姿を現すが、これも現れた端から射殺される。「「「グワーッ!」」」先の小惑星基地におけるAT戦に勝るほどのキリコの反応速度と射撃の正確性!

キリコはすぐさま疾走を再開し警備兵の死体を通りすぎる。目指す前方のエレベーターの前には二人の警備兵。キリコは走りながら迷うことなく発砲。射殺。後方からも警備兵が迫る。振り返る時間はない。キリコはエレベーターに飛び込み、ドア脇に身を隠す。警備兵の放った銃弾が閉まりかけるエレベーターのドアをすり抜けカゴの中を跳弾するがキリコは無傷だ。エレベーターのドアが閉まり、上昇を開始する。キリコは壁に両腕でもたれかかり、荒い息をつく。体中から汗を流しながら、階層表示を見る。何10もの階層をランプが高速で駆け上がる。


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基地指令室にロッチナが現れる。「責任者は」

「はっ」直ちに居並ぶスタッフの中から一人の軍服を着た男が敬礼とともにロッチナの面前に踏み出す。既に顔面に大粒の汗。「わ、私であります」すぐさまロッチナはその男に平手打ち!「イヤーッ!」「グワーッ!」そして振り返りながら大声で命じる!「総員出動!急げ!全部署のシャッターを閉じろ!」ロッチナを囲むスタッフらは命令を受け、すぐさま各々の持ち場に散る!


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三脚に設置した機関砲で前方を狙う警備兵。傍らにはもう一人の警備兵がアサルトライフルを片膝状態で構える。いずれもエレベータードアに狙いを定めている。エレベータードアが開く。中のキリコが、警備兵の予想よりも低い姿勢、腹這いの状態でドア外に向け既にアサルトライフルの狙いを定めている。警備兵らの放った弾丸はキリコの上を通りすぎる。ほぼ同時にキリコは発砲した。いずれの警備兵も瞬時に射殺される。「「グワーッ!」」その時、既にキリコはスプリントを開始している。まだ地表には至らぬ。

走り出したとたんに、はるか下まで続く吹き抜け構造の縁に至り急停止する。同時に何らかの低い駆動音が頭上から聞こえてくる。見上げる。狭く切り取られた夜空。地表に至る10メートルほどの梯子。だが、夜空がどんどん狭まる。地表へ通じるシャッターが今まさに閉じられようとしているのだ。

キリコはすぐさま梯子に取りつき、全速で登り始める。キリコを発見した警備兵が斜め下から発砲するが、相当の距離がある。キリコの周囲に着弾する。一発がキリコの右上腕をかすめる。キリコは一瞬、左腕のみでぶら下がる状態となるが、己を強いて登る。数段更に登ったところで、警備兵の射角から逃れる。巨大シャッターが閉じるまでギリギリの時間との闘い。そしてついに……キリコは上半身を地表に投げ出し、下半身を引きずりあげ……足先まで完全に地表に逃れた直後、シャッターは完全に閉まった。

キリコは四つん這いのまま、息を整えようとする。だが休む間もなく、複数のサーチライトがキリコを照らす。すぐさまキリコは駆け出す。跳弾がキリコの後を追う。キリコは幸運にも数メートル先にあった装甲車に乗り込み、発進させる。そして基地の検問に全速で突っ込む。突破した直後、キリコは装甲車から飛び降り地面に転がる。装甲車はそのまま前方の戦闘機に突っ込む。KABOOM!

その周囲にも何機かの戦闘機。軍用滑走路だ。サーチライトが爆発地点の周囲を探るが、キリコは既に戦闘機の下に潜り込み、機会をうかがっている。そしてその戦闘機のコクピットに飛び込む。「あそこだ!」キリコを発見した警備兵の銃撃。キリコは急いでキャノピーをスライドさせ閉める。キャノピーに着弾。戦闘機のエンジン起動を急ぐ。どこで操縦法を知ったのか。戦闘機の背後から先ほどの警備兵が迫る。エンジンが点火する。ジェットが後方の警備兵を焼き払う。直後、急加速。体がシート背もたれに叩きつけられる。Gに耐える。そして……エンジンを全開にした機体は短距離離陸し……星空へ飛び去る……空の端は白みかけている……


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基地指令室。ヘッドセットを装着したオペレーターが背後を振り返って狼狽しながら報告する。「たっ大尉!キリコが、脱出しました!」「何!?」「戦闘機を奪って、たった今です」ロッチナは立ち上がる。呪詛する。「キリコめ……」周囲の指令室スタッフは一様にロッチナに指示を仰ぐ。「追跡しますか!?」「大尉!ご命令を!」ロッチナの背後から落ち着いた声。「いや、慌てて追う必要はない」歯を食いしばり小刻みに震えるロッチナの肩越しに、声の主であるバッテンタインがフーセンを伴って現れる。バッテンタインが続ける。「フーセン軍医によれば、キリコの体内には既にビーコンが埋め込まれているそうだ」ロッチナは素早く小さい息を吐く。指令コンソールのマイクで全土に命じる。「メルキア全域監視ステーション、及び、衛星監視システム。作動!」

ロッチナの命令一下、監視衛星が、レーダーシステムが作動を開始する。ロッチナとバッテンタインはその様を指令室でモニタリングする。再び、ロッチナの目に確信が宿っている。奴は知っている。知っているのだ。


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俺の運命を狂わせたあの忌々しい戦争は、その日、終結した。だが、それは何の意味もない……「あれ」を見た時から、俺自身の戦いが始まっていたのだ。果ての無い戦いが。




予  告



ロッチナの手を逃れたキリコを待っていたのは、また、地獄だった。

破壊の跡に棲みついた欲望と暴力。100年戦争が生み出したソドムの街。

悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけた、ここは、惑星メルキアの、ゴモラ。


 次 回

   ウ ド


来週も、キリコと地獄に付き合ってもらう!




最後に


参考:動画フッテージへのリンク(バンダイチャンネル公式。第一話のみ無料)


30分アニメを脚本式で文字起こしした場合の分量の目安となれば幸いです。小説に寄せるために映像情報を文字で補った部分があるため、純粋な脚本なら3割減くらいの分量になると思います。


文中で生じた不可解なリピートの原因については現在調査中です。ちなみに、上記の動画フッテージでは、閲覧中に自由に一時停止と巻き戻しが可能ですので、思う存分お試しください。


なお、当チャンネルはテキストカラテ専門チャンネルであり、第2話以降の執筆の予定はありません。続きはネットフリックス等でお楽しみください。


以上








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