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「本当は他の誰かになりたいわけじゃない」悩み続けた末に見えてきたもの ミュージカル俳優・津久井舞さん

今回インタビューさせてもらったのは、ミュージカル俳優の津久井舞さん。「人と比べて生きてきたけど、少しずつ解放されつつある」と話す彼女。どのような理由で心境の変化が生まれたのか。ミュージカルを始めるにいたった経緯と共にお話を伺った。

津久井舞
群馬県出身、神奈川県在住。2023年には自身初のストレートプレイ「雨夜の月」や、地方の小学校を回る公演「しあわせの王子」など、これまで多数の舞台に出演。2023年6月にはファンタジーミュージカル「おどり村と妖の森」に出演予定。「ハイキュー!!」が大好き。
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「これだ!」と感じたものに飛び込む

——ミュージカルとの出会いはいつからだったんですか?

高校に入学するまではミュージカルとは無縁だった。でも歌うことは昔から好きで、小さい頃は双子のお姉ちゃんと2人で一緒によく歌ってた。

母がその姿を見ていたからか、新聞に掲載されていた合唱団の団員募集を見つけて「やってみない?」と勧めてきたの。それで小学3年生くらいから合唱を始めて、中学生まで続けてた。

中学卒業後の進路を決めるとき、たまたまミュージカルのある高校を見つけて、「これだ!」と思って、学校見学もしないで、勢いのまま受験して入学したんだよね(笑)。

——わあ。すごい(笑)。

私そういうところが多くて「これだ!」と思ったら、知らなくても飛び込んじゃう。

——その学校の作品は観たんですか?

観ていないの(笑)。入学後の部活見学でようやく初めて作品を間近で観た。『レ・ミゼラブル』だったんだけど、もう先輩たちの迫力がすごくて! 本当に歌やダンスや演じることが好きなんだなあ、それが伝わってきて感動したんだよね。そこで改めてミュージカルをやってみたいと思った。

——舞さんの初舞台はどんな作品だったんですか?

初舞台も『レ・ミゼラブル』。私は革命軍の学生役を演じることになって、入部してすぐに先輩たちと稽古して3ヶ月後に本番だった。群馬県の1000人以上入る大きなホールで発表して、お客さんから拍手をもらえた瞬間に達成感を感じたね。

この頃からミュージカルに狂わされた感じがする。高校3年間は勉強そっちのけでミュージカルにどっぷりハマったよ。

もっと歌っていたい、演じていたい

——高校卒業後の進路はどうされたんですか?

大学時代も劇団でミュージカルを4年間続けていたよ。ミュージカルを仕事にする人はほとんどいなくて、私も卒業後の進路はミュージカルとは関係ないブライダル業界に就職したの。でも、やっぱり違うなって。

——違う?

結婚式を作り上げることは、舞台を作り上げることに似ているんじゃないかと思って、ブライダル業界を志望したんだ。でも本当は、誰かの舞台をつくりあげたいわけじゃなくて、自分が舞台に立ちたかった。

就職して間もない頃に大学時代の劇団員と行ったミュージカルのライブで、その想いが強くなった。「またここに戻りたい」と思った。もっと日常的に歌っていたい、演じていたいんだなってわかったの。

この仕事をしたままだと、充てられる時間が平日休みくらいで、土日が本番で行われる舞台には出られないんだよね。

それで母に「またミュージカルをやりたい」と相談してみたら「そう思ってた。なんで就活したの?」って言われて(笑)。

——ははっ(笑)。応援してくれたんですね。

そうだね。東京で音楽活動をしている知人にも相談したら「東京に来たら?」って。それで仕事を4ヶ月目で辞めて、地元の群馬から東京に出たの。

東京に来てから歌やダンスのレッスンを受けながら、知人とミュージカルの曲やポップスをベースに小さなライブを続けてた。しばらくしてミュージカルの養成所にも入って歌やダンスを1年間学んで、オーディションを探して受けたり、紹介してもらう形で舞台に立つようになった。

うまくやろうとして見せられなかった自分の弱さ

——前向きにアクティブに動かれているなあと感じました。その反面、出会ったときから舞さんは悩んでいる印象もあって。

養成所の卒業公演のあとから自分に自信が持てなくて、その穴から抜け出せなくなっちゃったの。「何をやってもダメだな、何もできないや」って人と比べて、自分を受け入れられなくなっちゃって。

—— なにがあったんですか?

卒業公演は帝国劇場に出演している指揮者やオーケストラが演奏する本格的な舞台で、作品は『レ・ミゼラブル』だった。私はやりたかったコゼットの母親のファンティーヌ役をやらせてもらえたんだけど、この頃は自分の中に変なプライドがあったんだ。

—— 変なプライド?

歌の練習で先生に「表現が押し付けがましい」と言われていて、でも私は「苦しい曲なんだから、苦しそうに歌うでしょ」って先生の言葉を受け止められなかった。どう感じるかは受け手によって変わるのに、私は押し付けがましく「こうだ〜!」って歌ってたんだよね……。

それで本番、ソロ曲の最後のフレーズで詰まってしまって、響かせないといけないのに力が入って声が出なかった......。この公演は私の中で大きな体験だったけど、すごくやりきれなかった。

本来、当時の私の歌唱力や演技力では、この役はむずかしかったの。うまくやろうと、いいところを見せようとして、できないことを認められなかったんだよね。いいところを見せようとするから弱さを見せられなくて、人と比べるようになって。それが卒業公演後も続いちゃったんだよね。

—— その期間が長かったんですね。

5年くらいかな。ようやく今はできないことを認めて、自分の弱さを見せたり、人に頼ったりできるようになってきて、前に抱いていたプライドはなくなりつつあるんだけどね。

本当は他の誰かになりたいわけじゃないから、人と比べて劣っているなんて思わなくていい

——心境の変化は何がきっかけだったんですか?

映画や本やアニメから影響を受けることが多くて、特にハイキューが大きかった。ハイキューの話をしてもいい?(笑)。

——もちろん(笑)。

ハイキューは高校の部活が舞台。チームの中にはプロになりたい、もっと上手くなりたい、負けたくないという人もいれば、たかが高校の部活でしょって少し冷めている人もいる。いろんな人がいて、バレーボールの技術力も一人ひとり違うし、個人がめざす方向性も違うの。

でもコートに立ったらボールを落とさないという目的はみんな一緒で、お互いができることを活かしながら、力を合わせて頑張るという考えもあるんだなって。

めざす方向性や得意なことも違って、それぞれの生き方があるのに、みんなを一括りにして同じ測りで比べることなんてできないはずなんだよね。お互いが自分の役割を活かせれば、みんながスーパーエースになる必要はないんだなって。

舞台に置き換えてみたときに、役者一人ひとりがめざす方向性が違ってもいいんだと思った。名のある舞台に出て有名になることだけが幸せじゃないんだって。

今までは「商業演劇の舞台に出ないとダメだ。もっと上手くならないとダメだ」とか、自分自身も他の人の考えも認められなくて苦しんでいたと思う。私がいつまでもそこに行きたいと思って、それだけが幸せだと思っていたら、一生幸せを感じられないままになってしまう。

——人と比べる原因はそこにあったんですね。

自分を見つめ直してみたら、気の合う人たちといられて、やりたいこともできているから、私は幸せだったと気づいた。 

本当は他の誰かになりたいわけじゃないから、人と比べて劣っているなんて思わなくていいよなあ。そう少しずつ思えるようになって、かなり楽になったんだよね。

そしたら、自分とは違う意見でも受け止めることができて、人にも頼れるようになってきた。

自分を否定するのでもなく、肯定するのでもなく、ただ生きている

——舞さんが舞台に立っているときの感覚は、どういったものなんでしょうか?

稽古を終えて舞台で演じているときは、ただ生きている感じがするんだ。自分を否定するのでもなく、肯定するのでもなく、私は役の箱として、そこにいる感じ。

それに自分がどう思われているか気にしながら演じると、やっぱりいい演技はできなくて、人に見られることを気にしているときは、自分でも迷っているのだと思う。

「観ている人は今の演技をどう思ったのかな」、「これが正解なのかな」って。特に稽古中は他の人の視線も気になるし、自分でも迷うことが多いから苦しい。

それでも稽古をすると観ている人の感じ方と自分の演技のすり合わせができるの。演出の人も客観的に思ったことを言ってくれるし、共演者も「こう見えた」と教えてくれるから、少しずつ周りの人と私の見ているものが合ってくるんだよね。だから本番では迷いがない状態でいられる。

—— 今年の1月に初めてミュージカルではない演劇『雨夜の月』に出演されましたよね。どうでしたか?

パフォーマンスをお客さんに観てもらうというよりは、登場人物のセリフに対してお客さんがどう感じるかの方が大事だから、大袈裟に演じなくていいと演出の指示があって、ミュージカルでは大袈裟に演じる場面もあるから、会話の抑揚の違いとかに驚いた。

今回はミュージカルで付いた癖を少しずつ削っていって、日常の会話に近づけていくことを意識したの。会話はセリフとして予め決まっているけど、ただ言うだけじゃなくて、きちんと相手の言葉を受け取って、返す。

その実感が今回の作品でよく感じられて、言葉を受け取ったときに自分の心が動いていることを確かめられた。観ている人も大袈裟に演じなくても作品を楽しんでくれるんだって気づくきっかけにもなった。

単純に舞台に立つのがたのしい

——悩みながらもミュージカルを続けてこれた舞さんの原動力はどういうものがあるんでしょうか?

私から舞台を取り上げてしまうと何もなくなってしまう。それが怖いという思いも少なからずあって、苦しいと感じる場面は沢山あるし、辞められたら楽だろうなとも思う。でも辞めたら後悔するから辞められない。

今でも全然やれているなとは思わないけど、唯一みんなに求めてもらえるというか。みんながいいって言ってくれて、私もいいって思えるのがミュージカルだった。

楽しみにしてくれている人がいてくれて、出演してしてくれませんかって言ってくれる方がいる限り、舞台に立ちたい。作品を見てよかったよって言ってもらえたり、拍手をもらえる瞬間は嬉しいからね。

色々理由はあるけど、単純に舞台に立つのが楽しいから。それが一番だと思う。

——これからやってみたいことはありますか?

私の小さい頃は、舞台芸術に触れる機会が身近にあまりなかったから、子供達に舞台芸術に触れさせる機会を作ってあげたい。そう思って小学校を回る公演を3年前からしているんだけど、ちょうど今、私が卒業した小学校の先生が「学校で公演をやりたい」って話してくれたの。だから母校で公演を実現させるのが今のやりたいことかな。


(撮影・執筆:タオ)

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