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Spice Road

カワムラケンジ(THALI/Spice Journal)

スパイスジャーナルという本


 本稿は僕カワムラケンジが手弁当で創刊した『スパイスジャーナル』(二〇一〇年三月~二〇一五年一月。全十八巻刊行。愛称スパジャー)において、一番人気コンテンツだった「アドベンチャーレポート」のオムニバスである。既出テーマに未公開要素を大いに加筆し、さらに未公開テーマをでっぷりと加えた超拡大版だ。

 スパジャー創刊のきっかけは、「スパイス」という言葉を今一度、固定観念なくフラットなものとして見てもらいたいと思ったから。2010年創刊当時、多くの友人知人から「スパイスなんて言葉はマイナー過ぎる、ピンとこない。それを言うならせめて香辛料やろ」と突っ込まれるほど、スパイスという言葉はマイノリティの極みだった。そして香辛料といえばカレー、たまにインド料理、と誰もが直結して考える時代だったのだ。

 でも僕としては「スパイス」は国境を問わず世界の人々から使われているもの、その一方で同一種に見えて唯一無二であることがポイントだった。スパイスは植物である。同じ種類であっても育ちによって色形風味が違い、また料理法も国や地域、時に宗教によって違ってくるというその永遠的多様性がとても面白いと感じていたのだ。

 わざわざ珍しいスパイスを引っ張り出してきてひけらかすことに興味はない。また強引にスパイス=カレーという洗脳を先導する気もない。

 植物であるスパイスには国境がない。何十億もの人が住む世界各地に広がり、食や香料、時に健康面でも重宝がられ、それぞれのご当地文化となっていることがたまらなく面白いし、ピースフルだし、ちょっと大げさかもしれないが神がかり的なものさえ感じるのである。これはスパイスに着目して40年経った今でもまったく変わらない感度だ。

 さて本誌スパジャーについてだが、コンテンツもスパイスをテーマとしつつ末広がりな作りが特徴である。まずは人(特にインド料理人)、旅、各国文化と続き、その後に通常のレシピ、イラストによるレシピ、栄養評価、スパイスの実用データ各種、スパイス料理やその周辺の飲食物のトリセツとした。また、精神の調律もスパイス的であるという解釈からヨーガもレギュラーに。このコーナーのタイトル文字、カタカナやローマ字をヒンズー語にデザインしたのはこれが走りだったのではないか。とにかくそういう細部が読者の間でウケた。号を重ねるうち、マンガも加えた。

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スパイスという言葉にテーマを絞り込んだこと、そのコンテンツの多様性について、たくさんの編集者や飲食店などからも斬新なやり方だと称賛を受けた。斬新と呼ばれたのは他にもあった。それは、取次を通さず(正確には相手にされず)、すべてイベントや書店、飲食店などに足を運んで手売りし続けて一人ずつ読者を獲得していったこと。一年間ごとの定期購読制で、コースが本のみとスパイス付きと読者の希望に応じた配合スパイスをつけた三種類あったこと。すべて英語バイリンガルにしてレイアウトもできるだけ同じ位置に配置したこと、などなど。

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↑2010年3月創刊号の挨拶とコンテンツ

 もしかしたら、僕の気づかないところで、スパイスをテーマとした斬新な専門誌がすでにあったのかもしれない。ただ、少なくともスパジャー創刊を決めた二〇〇九年十二月から七号を刊行した二〇一一年末頃までの間、僕と共に作ってきた仲間たち約十名が調べた中では、スパイス専門誌はスパジャーが唯一だった。と同時にその二年間は「スパイス」とネット検索するとスパジャーが必ず最上位に来ていたのも事実だ。

 だが、斬新だったのはいいが、想像もつかないような不便さであり、想定外のパクり被害にも遭った。ご購入は現金か振り込みのみで、書店様に対しては下代を設定するもののお買切り(お買取り)でお願い、発行日はしょっちゅうずれ込むし、稀に送付先間違いなんてこともあったりで、製作以外はからっきしの素人丸出し。

 さらに創刊してしばらくして模倣品があれこれと登場。スパジャーのコンテンツの一部をそのまま引っ張り出し、サイズもA五判型でオールカラー。ロゴの字体までなんだか似ている。中にはそのまんま同名「スパイスジャーナル(SpiceJournal)」とした冊子や本まで現れだした。

 創刊当初から、スパイスを科学するコンテンツ「スパイス宇宙の旅」でコラボしていただいていた近畿大学からは創刊直後から「一刻も早く商標登録したほうがいい」とアドバイスを受けていたのだが、実際に近畿経済産業局の特許相談に行くと「造語でないと資金と時間がかかる上、取得できない可能性もあります。一般個人がそれをやり続けるとなるとさらに時間と資金がかかります。言葉の登録ではないですがデザインの意匠登録をするという方法もありますが、それはあくまで警告レベルであって、スパイスジャーナルという言葉自体を守る力はありません。それでも申請しますか」と言われ、アホな僕では理解ができず、多忙を理由にそのまま流してしまった。(二〇二一年㈱アーキタイプが商標登録)

 製作以外の営業や法律のことなどまったく素人であたふたしているうちに、創刊して一、二年が経ち、世の中がどうもスパイスブームになりそうな雰囲気が出だした。

 が、スパジャーはそもそもが根本的にお金の勘定というものができておらず、印刷総数二千部を完売しても赤字であることが徐々にわかってきてしまう。このままではあかんと、ちゃんと本体価格と税を設定し、限定的だが広告も入れるようにし、九号からページ数を三二ページから六四ページに、本体も三〇〇円から六〇〇円と倍増。が、それでも徐々に想定外の支出が増えていく。

 例えば倉庫代。号を重ねるほど、しっかりとした倉庫が必要であることがわかってくる。印刷物に対し相応の空調管理は不可欠であり、できれば火災や盗難などの保険がかかっていることが望ましい。さらに搬入や搬出作業は自分個人でやるほかないので、倉庫の前か近くに車が停められるスペースがあったほうがいいし、それが自分のいる場所から通いやすい場所でないと何かと問題が出る。そこで家から車で二〇分ほどの場所にいい倉庫を探し出せたわけだが、今度はこの作業をするのが想像以上に手間暇がかかることがわかってくる。

 手分けしながら、と思いスタッフにも相談するが、最も近しい編集スタッフの家は京都の左京区で、当倉庫まで片道どうしても二時間近くかかってしまう。ギャラさえも破格でやってくれているのに、これ以上の負担をかけるわけにもいかない。僕と同市内に住む管理栄養士の女性がいたが、彼女は車の免許がないし新婚でそれどころじゃない。結局、僕は一人で切り盛りし続けたわけだが、この倉庫代だけで年間三十万円ほどかかっていた。

 最初の一年半は家賃月額五二五〇〇円、階段で五階の事務所に本を在庫し、その後はおんぼろだがエレベーター付きの家賃四〇〇〇〇円のビルへ移転。しかし、そのビル付近は駐車禁止が異様なまでに厳しいエリアで、営業や配達のために十五万円で買った一一〇シーシーのスクーターが七回駐車禁止の切符を切られてしまう。打開策を講じているうちに、この空調管理や保険がついた倉庫を探し当てたのだった。だが、この倉庫は賃貸期間が長くなるほど賃料が少しずつ上がっていくシステムで、初期に二五〇〇〇円だったものが徐々に値上がりして最終的には三万円を超えていた。こうして、いつからか僕は生活費ではなくスパジャーのために雑誌やウェブなどの仕事に奔走することになり、カミさんがさらに鬼に見えるようになっていったわけである。

 スパジャーはテーマやコンテンツ、スパイスとセットでの販売など、作りこみとアイデアこそ斬新であったが、それは出版業全体から見ると数ある部門のうちの一部でしかなかったのである。僕の貯金はあっという間に底をつき、無情にも終焉を余儀なくされる。

 たくさんの書店、読者、本好きの編集業界者たちから熱い応援をいただいていたが、二〇一五年一月、十七号をもって休刊を決断。

 容赦のない現実に打ちのめされたが、それでも普通のクリエイターではなかなか知りえそうにないことが山ほど経験できたことは幸せである。おかげで編集者のみならず、出版社の営業や企画、書店員、大書店の裏の倉庫で働く人まで、みんなすごい人なのだと思うようになった。

 こんな屋台のようなスパジャーであったが、今なお応援していただいている書店や飲食店、輸入雑貨商などで、こつこつと売れ続けているというのは感無量である。こんなに嬉しいことはなく、この場を借りてお礼を申し上げたい。

 で、休刊を決めた際、多くの知人や読者などからたくさんのお声をいただいたのだが、その中で一番多くあったのがこのアドベンチャーレポートの単行本化であった。

 当コーナーは毎回何か一つのスパイスにテーマを絞り込んで、国内外を問わず、その本場や生産地等へ出かけ、密着取材していくコーナーである。毎度真面目にドキュメントするばかりでなく、時にはインドのお調子もんの友人と旅をするうちテーマからどんどん離れていく、なんてドタバタ劇もあるが、それはそれでスパイス王国の人間はエネルギッシュだということでよしとしよう。情報盛りだくさんで便利、フォロワーてんこもりだから安心の教祖でもない、そう、ひとつの物語、カワムラケンジのエッセイとしてとらえていただけたらありがたい。

 スパジャーを創刊した当初は「スパイスなんてマニアックすぎる」「殆どの人は興味を持たない」と信じ込まれていたことから、本誌はできるだけ情報量を減らし、カジュアルでちゃらい雰囲気にしていたが、今や女子大生までが「スパイス好き。アジア旅大好き」などと言う時代。よって本稿では遠慮せずに書き記そうと思う。

 僕は昔から一人で取材に出かけて話と写真の両方を担当することも多く、今回の写真もすべて自前だ。プロほど高価なカメラや機材は持っていないが、物書きにしてはなかなかいい写真を撮るもんだとお褒め頂くことも多い。

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↑創刊準備号vol.00(2010年3月完売)のアドベンとびらページ 

本稿の与那国島クシティ、カンボジア胡椒などは、スパジャー本誌十四・十五号、ウェブ連載の「カワムラ商店・職人味術館」(メープルファームズジャパン媒体)やBE-PAL.NET(小学館)、書籍「THE KURATAPEPPER」(小学館)、全日空機内誌「翼の王国」などにも書いた。休刊後もスパイスをテーマに各地へ行く習性は今なお続いており、ここでは本誌未公開のストーリーも執筆しようと思う。

 ということで、最初から最後までアドベンチャーレポート一色、遠慮なしの書きまくりの未公開写真も載せまくりでお届けする。

 ということで、さぁ帆をあげろ!

 
与那国島 コリアンダーは伝統野菜

与那国島 空港横にクシティの花畑

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与那国島 台湾とそれほどに近いから

与那国島 海のシルクロードを伝って

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カワムラケンジ(THALI/Spice Journal)
著述・スパイス料理研究家 10代から大衆中華、カフェ、ラウンジ、築地魚河岸、バー経営、日替わりインド料理店経営など飲食の現場一筋。行動でしか学べない体質を改善するため20代後半から縁あって文系ワーカーに。 https://www.kawamurakenji.net