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日本のコリアンダーの玄関口 #1

(原題「Spice Journal vol.15 夢のコリアンダー 与那国島クシティ伝説」)

Top Page スパイスジャーナルという本
1.コリアンダーは伝統野菜
2.空港横にクシティの花畑
3.クシティはどこから来たのか
4.台湾とそれほどに近い
5.考察 海のシルクロード
特別編.クシティの味わいとレシピ

1.コリアンダーは伝統野菜

 2013年12月、沖縄本島のハーブ農家・大原農園代表の大原大幸(ひろゆき)さんから興味深いニュースが飛び込んできた。

「なんとコリアンダーが自生している場所が日本にあるようなんですよ。それが与那国島。日本最西端の島と呼ばれていて、沖縄県なんだけど本島の人は殆ど知らない。沖縄の中の外国みたいな存在感で。僕が石垣島に住んでいた時も与那国島って異次元な感じがしたけど。まぁしかし、まさか与那国島でコリアンダーが自生してるなんてね」

 大原さんは静岡県のご出身。2005年に、憧れていた沖縄県石垣島に移住し不動産会社に就職。お客だった農家の影響を受けて、翌年に本島那覇市に転居し、2008年から南城市で本格的なハーブ農家として新たな人生をスタートした。

 その中で当時では珍しかったインドやスリランカでよく使われるカレーリーフの栽培もいち早く着手。ほか様々なアジア系ハーブの研究もされていて、生態、素材の観点からとても精通されていた。僕と同世代ということもあり、スパジャーをはじめ当時連載していたウェブ「職人味術館」でも特集取材させていただいたり、なにかと仲良くしていただいている。

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「しかもね、コリアンダーは与那国島の伝統野菜だ、なんて書かれてあるんですよ。アジアンハーブじゃなくて、わざわざ伝統野菜だって言うんです。これ、気になりませんか」

 コリアンダーとは、1980年代に日本にタイ料理店が急増したあたりから2000年頃まではカメムシみたいな臭いの葉っぱなどとゲテモノ呼ばわりされてきたが、それ以降はパクチーとタイ語で呼ばれることが増え、特にカレー愛好家の間で人気者になっているハーブだ。本場はアジア大陸か地中海沿岸のイメージ。それが、まさか沖縄の与那国島で「自生」「伝統野菜」と言うのだから意外である。

「耳を疑うような話でしょ。本当だったら驚きですよ。でもね、これがそれなりに根拠のある話だと思うんです。僕ら農家が見る資料にしっかりと書かれていたんです。研究者は城間清さんという方で、沖縄農業界ではとても高名な方。沖縄伝統作物研究の第一人者です。そんな方が言うんだからきっといい加減な話じゃないと思うんです」

 その資料とは一般社団法人沖縄県農業会議が発行する「農業技術情報誌Xうちなー在来野菜の栽培」(2009年)というものだ。一部を原文のまま紹介する。

「日本へは江戸時代に中国から渡来したようである。沖縄県への伝来時期は明確ではないが、南方からの伝来が有力で、与那国町では帰化した自生株が見られる。」

 続いて生態的特性や栽培データなどが詳細に書かれており、こう締めくくられていた。

「本島(沖縄)では殆ど知られていない“伝統野菜”であり、多様な伝統作物とともに沖縄県の誇れる健康野菜として普及させたいものである」

 やはり「帰化」という言葉を用いている。つまり、他の地域からやってきたものということだ。が、とりあえず高名な専門家が「自生株」という表現をしているということは、すでにその土地に根付いている植物であることは間違いない。さらに伝統野菜という表現や健康野菜としての希望も表記されている。

 これは面白い。で、与那国島ってどこにあるのか。どんな島なのか。

 大原さんの電話を切った後、僕はあちこち電話をかけまくる。が、のっけから意外なことで難航。電話先が行政機関であっても、言葉や認識が通じないことがあまりにも多くて(汗)。

「ハーブ?なにそれ。あっご安心ください、与那国にハブはいないよ」「与那国ってどこにあるかご存知ですか。台湾までもうすぐ目と鼻の先。石垣より台湾のほうが近いんですよ。石垣なら情報が入りますけど与那国の情報はちょっとね」「あなたクシティ知ってるよね。あんなもんあって当たり前さね。えっ、なに、お宅にはないわけ?」などなど。

 ネット検索もしてみるが、少なくとも2013年から翌年2月頃までの間では、説得力のある情報は出てこなかった。唯一具体的だったのが沖縄本島のウェブマガジン「DEEokinawa」だ。さっそく編集部に相談してみると、いくつかのことが明確になった。

 与那国島ではコリアンダーのことをクシティと呼んでいること。沖縄本島でも栽培されてるが、与那国出身者の間では与那国産のほうが格別においしいと言われていること。旬は冬、取材にいこうとしている4月中旬はすでに終了している可能性が高いことなど。

 そうなると「なぜ」「いつから」「どうして」??? 地元の人の話を聞きたい。と、そう思ったときに思いもよらぬところに与那国島の血を引く者がいた。

 それがスパジャーでマンガを担当している『堀内チキンライス』のマキちゃんだった。なんとなんと彼女の親戚が与那国島に住んでいるというではないか。

 マキちゃんが沖縄(本島)の実家に電話をかけて色々と聞き出してくれた。

「うんうん、お爺は与那国島からやってきたんね。あいぃ、お爺の兄弟の娘さん、つまりお父さんの従兄弟に大宜味純子(以下スミ子さん)という方がいると。長い間ウチナー(沖縄本島)にいたけどちょっと前に与那国へ帰ったって。ん、なに、こないだスミ子さん家のお婆さんが亡くなったって。うん、わかった、香典もって挨拶してくる、でぇじいいタイミングさね、ありがと」

『堀内チキンライス』のチキンライスとは、鶏のスープで炊いたご飯と鶏肉にタレをまぜて食べる料理のことで、またの名をカオマンガイ(タイ)とも言う。東南アジア一帯に存在しており、各国少しずつ味やスタイルが違うらしい。マキちゃんと浩樹くんはシンガポールのチキンライスを中心に、タイ料理やインドカレー、沖縄そばなどを売りとするアジア食堂を大阪の阿倍野で営んでいる。

 浩樹くんは30歳半ばで中肉中背、いつもシャンプーハットみたいなふにゃふにゃの帽子をかぶっていて顔は犬のレトリバーに似ている。実は漫画家でもあり、スパジャーでは『堀チキ愛の劇場』というタイトルで連載していた。一方のマキちゃんはまだ20歳台でムチムチのシーズーといった感じで、彼女もまた浩樹くんとお揃いの帽子をかぶっている。二人とも料理はお手の物だし仕事はどんなことでもてきぱきとこなす。

 今回はこの三人で与那国島探検に出かけることになった。

 2014年4月22日、朝7時半頃。関西国際空港第二から紫色と白色のツートンカラーのピーチに乗っていざ石垣島へ。

 まずは石垣島で一泊する。実はここに、僕が昔よく通ったバーのママ、メグさんが住んでいるので顔を出していく。メグさんは元々大阪府茨木市でジェリービンズというバーを経営していた。料理もさることながら、トークと歌も得意で、しばしばライブをやったり、我々のような若造のいい相談役になってくれた人だ。お母様の余生を考え、数年前に暖かい穏やかな石垣島に移り住んだのだ。

 港のカフェで、太くてごわっとした食感の沖縄ソバで作ったカルボナーラを食べながら、話はだんだんとコリアンダーへ。

 メグさんの知人のハーブ農家もコリアンダーはわんさかと栽培していて、おそらく石垣島のあちこちで生産されているだろうとのこと。島のスーパーでも、都心のスーパーみたく隅っこに申し訳ないような感じじゃなく、目立つところにどかーんと売られているともいう。

 食後、メグさんお勧めの農協スーパーへ行ってみると、広大な店内の中央部にでかでかと「ハーブコーナー」、そして「パクチー」と書かれたボードがかかっていた。

 コリアンダーの価格は十束ほどで100~150円。かなりの破格だ。他にもパセリ、フェンネル、フローレンスフェンネル、ピパーズ(八重山に多く自生する別名ナガコショウのことで、ヒバーチ、ピパツなどと色んな発音がある)の葉、オレガノ、アフリカブルーバジルなどが並ぶ。思ったよりもたくさんの種類があって名称や解説がかなり細かく書かれている。

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↑農協スーパーで目を凝らす堀内君
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すべてのハーブに説明書きが添えられている

 宿へ戻り、農協スーパーで購入したコリアンダーを眺めながら、3人で明日からのプランを練る。

「明朝7時に宿を出て、メグさんが教えてくれたユシ豆腐(型にはめずにフワフワとなたっ豆腐)の食堂で朝食をとり、8時半に現地を出て、九時半までに空港へ行き、午前10時25分発の与那国行きに乗るぞー!」

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車が前の道を走るたびに部屋がミシミシと揺れる宿

2.空港横にクシティの花畑 へつづく



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