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『スパイスの道』#3

カワムラケンジ(THALI/Spice Journal)

第一章 日本のスパイスの玄関口 与那国島

(原話「Spice Journal vol.15」夢のコリアンダー)

コリアンダーは伝統野菜

空港横にクシティの花畑

 翌日、我々は石垣空港から三九人乗りの可愛いプロペラ機に乗った。垂直尾翼に大きくシーサーのイラストが描かれた、黄色と青色のカジュアルな装いである。マイクロバスのようなそれはふわふわと風に揺られ、時折同乗するおばちゃん四人組がぎゃぁ~と叫び声をあげるのであった。

 飛行時間は三〇分にも満たない。石垣島から沖縄那覇までが約四〇〇キロなのに対し、与那国島までは一三〇キロほどとかなり近いのだ。飛び立ってわずか二〇分ほどで窓の外には深い紺色の海と分厚いステーキのような形をした与那国島が見えてきた。黒褐色の断崖絶壁に、真っ白な波しぶきがどっかーんとぶつかり続けている。さすがカジキ釣りの本場、黒潮に浮かぶ島だ。

 今日はあいにくの曇天だが、晴れれば海の向こうに台湾が見えるという。台湾までは百十一キロと石垣島よりも近い。

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 無事に着陸。タラップを降りると、どこからか潮の香りのする風が吹いてきた。どっしりと重たい風。帽子を押さえながら建物のほうへと足早に向かう。

 空港はどこかの田舎の駅のようにも見える。売店と二、三軒の土産物屋、レストランがあるだけで、一歩外へ出るとそこは駐車場と緑と青い空。二台の車が置かれていて、聞こえるのは風の音だけ。

 駐車場にはマイクロバス一台と、ワイルドな軽バン一台だけしかない。迷うことなく我々は軽バンの方へと近づく。あちこちが微妙に凹んだボディ、下部は全体に錆びて虫歯のように穴が開いている。すぐに男性が運転席から降りてきた。背は一六〇センチ半ばくらい、茶褐色に光る肌。渋い顔つきが、ふわっと笑顔になった。「めんそーれ、ようこそっ。大阪の河村さんご一行ですね」

車に乗り込み、小さな空港を後にする。ハンドルを握るご主人にさっそくコリアンダーの話を聞いてみる。

「はいクシティね。自生でも野生でもないね。あれは畑に蒔いて育てるの。そして種をとってまた育てるわけ。みんな家々で栽培してるよ。戦前に台湾から来たって言う話さ。与那国の人はみんな出稼ぎに台湾へ行ってたから誰かが持ち帰ったんだろうね」

 東の眼下にナンタ浜と港が、北には大海原が広がっている。宿の入口には『さんぺい荘』と書かれた木の看板がかかっていた。

 入口を案内するご主人がいきなりしゃがみこみ、コンクリートの脇から顔を覗かせている五十センチくらいの茶色くなった植物を指さした。

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↑「ほら、これクシティね」

 結実してシードができている。よくみると建物の周辺のあちこちに点在しているではないか。

「ここは畑ではなく建物と通りの間。まさか、ここに種を蒔いたんですか」

「ん、蒔いてないよ。どっかからやってきたか落ちたんだろね。どこにでも咲いてるよ」

 一人一泊朝食付きで二五〇〇円。宿は高台の上にたっているとはいうものの、少なくとも我々が泊まる部屋からはご主人のお宅が立ちはだかっていて海は見えない。時折波が岩にぶつかる図太い音と潮風が吹き抜ける。部屋は明るく、八畳ほどはあるだろうか。今日はここで三人川の字に並んで寝る。

 一服した後、出かける。ネットによると「島は自転車でも二、三時間で一周することができる」とマキちゃん曰く。が、宿のご主人に聞けば目を丸くして「絶対無理っ。与那国は坂道ばかりだからしんどいよ。空港にレンタカーがあるから絶対それ」と言うので、廊下の壁に貼られた観光案内に記されている番号に電話を入れる。十分ほどで一人の女性がレンタカーに乗ってやってきた。どうやら先ほど通ってきた空港の売店の女性だ。年の頃は40歳前後だろうか。

 空港まで女性を送る車中でクシティの話を聞いてみる。
「さぁ、歴史はぜんぜんわからないけど、とにかく与那国の人はクシティをよく食べますよ。生のままツナと混ぜたり。掻き揚げとか、さつま揚げみたいなカマボコにいれたりもする。冷凍もできるけど、島の人は新鮮なものを食べてます。内地のタイ料理店に行ったことがあるんですけど、トムヤンクンにしなびたクシティがわずかだけ浮いていて愕然としたことがあります。与那国ではクシティといえばボウルや丼鉢なんかにどっさり入れて、むしゃむしゃと食べるから。それに、与那国のものはものすごく香りもいいし柔らかで、茎が少なくて葉がたっぷり。沖縄本島で育てたものでもぜんぜん違うって、みんなよくそう言ってます」

 フレッシュなコリアンダーをむしゃむしゃと食べるとは、まさに季節野菜だ。話題は台湾に飛ぶ。

「そうそう、与那国島の人間はついこのあいだまでみんな台湾へいって社会の勉強をしたんです。女は嫁入り前の修行、男は仕事をする人もたくさんいてたと聞きます。みんな日本語を話してるし一見は日本だけど、台湾文化が色濃く入り交ざってるんですよね」

「花嫁修行や出稼ぎに行くって、まるで台湾が都みたいですね」

「そう、一応は日本が統治していた国ということだけど、与那国の人からすると台湾は都みたいなもので、大和の人たちの感覚とはまったく違うと思いますよ。なんというか親戚や家族みたいに近しい国なんだと思います」

「それにしても先から空港をはじめ各所に『自衛隊基地断固反対』の黄色い幟がばんばんと立っていますね。基地が来てしまうとやっぱり物々しくなってしまいますか」

「あぁこれね。確かに反対してる人もいると思いますけど、正直わたしたちは早く来て欲しいと思っているんです。だって島には駐在さんが二人しかいないんですよ。ここは国籍に関係なく悪人が入ってきやすい場所と言えなくもない。いくら人口が少ないと言っても実質千人以上は住んでいるわけだから、自衛隊がいてくれたらやっぱり治安維持のためにいいと思います」

「じゃあ自衛隊員やその家族が移り住んでくると、みんなクシティの大ファンになったりするかも知れませんね。一度ハマるともう本土のパクチーは食べられない、与那国クシティでなきゃダメだっていうね」

 話はますます盛り上がり、空港のレストランで使うクシティの自家菜園がすぐ近所にあるというのでそちらへ連れて行ってもらうことに。何もない空き地のような場所に車を置いて、ハイビスカスの並木に誘われるかのように奥のほうへと歩いていく。三〇メートルほど行くとそこに三畝(約三〇〇㎡)かそれ以上の農園があった。

 なんと畑の大半にクシティの花が咲き誇っているではないか。真っ白な米粒を寄せ集めたような小さな花びらだ。五〇センチほどの高さに成長しているので、とても旺盛でボリューム感がある。

「今ここにあるのは今年の残りで、ぜんぶ種を採取するためのものなんです。クシティは一年草だからこうして種をとってまた来シーズン植えるわけね」

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 クシティの隣にはまだ青い唐辛子がずらりと並んで植わっていた。小型でやや丸みを帯びた形の沖縄のシマトウガラシだ。こちらの垣根の所々からもハイビスカスの真っ赤な花が顔をのぞかせる。

 この後、我々は空港のカウンターでレンタカーの手続きをして車をチャーター。女性にお礼を告げていよいよ与那国クシティ調査の幕があける。

 さて、今から今回のキーマンである、マキちゃんのご親戚のスミ子さんのところへ行く。島には大きく分けて三つの集落がある。そのうちの最も大きな祖納(そない)というエリアに住んでいるという。

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 「クシティはどこから来たのか」へつづく



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カワムラケンジ(THALI/Spice Journal)
著述・スパイス料理研究家 10代から大衆中華、カフェ、ラウンジ、築地魚河岸、バー経営、日替わりインド料理店経営など飲食の現場一筋。行動でしか学べない体質を改善するため20代後半から縁あって文系ワーカーに。 https://www.kawamurakenji.net