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なんとなく


なんとなく、今日だと思った。

ずっと気になっていたあの子。
ふたりきりで飲みに行って、美味しいお好み焼きを食べた。
いっぱい食べて、「いっぱい食べたね」なんて笑い合った。
今日はおれが払うからと、元カノから貰った財布を開ける。

あのときの気持ちをもう二度と味わいたくないけれど、それでも、あのときの気持ちがなくなるんじゃないかと、淡い期待をした。

財布から取り出した五千札と百円玉三枚が、なんとなく、背中を押した。

お腹に溜まったカロリーとやらを消化しようと、一駅分歩いて帰った。

高架下を通って、夜の舗装道路を歩く。

上には電車が通っている。音が聞こえる。揺れる。音が鳴る。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。そんな音じゃなかった気がする。

ゴトゴトとか、ドッドッドとか、シューとか。

どんな音だったかは覚えてないけれど、ちょっと騒がしい方がいいと思ったのかもしれない。



なんとなく、今だと思った。


電車が確実に通り終えて、沈黙が続く。
沈黙が続いて、また電車が通る。

自転車が横を通り抜けて、自分が自分であることを確認する。

感覚が研ぎ澄まされて、冷たい風とか、微かな車輪の音が、ずっと身体に響いている。

もう一台、もう一台、もっと通ってくれれば、もっと生きていられる。

なんとか生き延びられる。

そう思ったけれど、結局自転車は一台しか通り過ぎず、僕らは僕らだけで歩いた。

歩くスピードは、ずっと変わっていない。
歩幅も、姿勢も、目線も、頭の向きも、角度も。



そして、僕らの関係も。


「ごめんね」


次の駅が見えてきたようだ。
眩い光が遠く向こうにただ、かがやいている。



なんとなく、その光を今でもまだ覚えている。


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