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盗み蜘蛛

立石さんが中学生の時に、登山学習というものがあった。
その時泊まったのが、とある山小屋。
二階建ての雰囲気のある外観。
一階には広い食堂と薪ストーブがある談話室。
階段をあがると、寝るための大部屋があった。
天井は鉄骨がむき出しで、まるで秘密基地にいるような気分になったという。


立石さんは枕投げをする同級生達を尻目に、夜も早い時間からうつらうつらとしていた。
いつもとは違う寝具に寝にくさを感じ、完全に寝入れずにいた。 
天井を薄目で眺めていると、違和感を覚えた。
鉄骨のあたりに、何かがいる。
拳ほどの塊が鉄骨沿いに移動していた。
何が動いているのかが気になり、瞼を開こうとする。
しかし、瞼は動かない。
体ぜんぶが頭だけを残して、寝てしまったかのように重かった。

これは、どうしたことだろう。
もしかしたら自分は寝ていて、夢を見ているのかもしれない。
そう思いながらも、移動する塊を目で追う。
塊の正体が掴めぬまま消灯時間になり、照明が消えた。
立石さんは闇に慣れぬ目で、また塊を探し始めた。


『おい。取られるぞ』


自分の後頭部。枕の裏から男の声が響いた。
途端に視界が良好になり、明るい時よりもハッキリと天井が見えた。
張り巡らされた鉄骨には、20匹ほどの大きい蜘蛛。のように見える、人の手首から先。
それが天井中を這いずりまわっていた。


全身の毛穴から、ぶわっと汗が吹き出す。
すぐに寝返りをうち、頭まで布団を被る。
隠れるようにぐっと声を殺し、呼吸さえも我慢した。


立石さんは、この時はじめて、自分の目が開き、体が動いたことに気づいたそうだ。


そのまま聞き耳を立てていたが、同級生の寝息ばかりで何も聞こえない。
そっと布団から顔を出し、おそるおそると天井を見た。


だが、先程見たような恐ろしいものは、ひとつもいなかった。


その後、立石さんは疲れもあってかすぐに寝てしまったそうだ。
蜘蛛のような手らもそうだが、あの男の声はなんだったのだろうと今も考えるという。

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