見出し画像

わたしスペース*観点⑵*

おはようございます :) お話のつづき

わたしと在るため
アレクサンダーテクニーク
(自分のつかい方)を実践しています。

“知覚”や“観点”という興味から〜

わたしの世界の見え方を
分析?してみようと思います。

わたしは幼い頃から、視力はいいです。
遠くを見るのも好きで、よく見てました。

あまりというかとくに
目のことで、困ったことがない
と思って生きてきました。

でも、アレクサンダー・テクニークに再び、向き合って学び、実践していると

わたし、目のことで困ってる!

とやっとこ気がついたのでした!^^;

何か作業をしていると、
背中の真ん中あたり(胸椎と腰椎の繋ぎ目)がひどく痛くなってきます。

それは、わたしが
人の体重を支える働きをしている
椎体ではなく、椎弓(アーチ状の突起部分)に体重を掛けているから。

つまり、からだの筒状の真ん中ではなく、
背中側で重さを支えているから〜

というのに気がついて、それをやめて
椎体に重さを乗せると思うと…

何とまあ、背中は痛くないし、
重さが下まで降りて、足裏の爪先の方にまで
感じました!

ああ、これこれ。こういうことか〜!

と感じるとともに、違和感もありました。

体感としては、前のめりになっている
ように感じるからです。

これは、いつもの習慣から外れて

本来の自然な

からだのいきたい方へ

向かうと起こる感覚です。

アレクサンダー氏は、このことを

「感覚的評価は、当てにならない」

といいました。


そして、わたしはからだは楽でも
前のめりに感じることから、
今度は“視界”も不快でした。。。

今までは、引いて見ることで
焦点を合わせていたものが
合わなくなってしまったからです。

また、前の習慣に戻ると、
背中の痛みが出てきます。

次にわたしは目の課題?に
向き合うことにしました。

視界は焦点が合わず、ボヤケてきましたが、
目だけで世界と関わっている訳ではないので、大丈夫。

奥行きをもって、見ることでどうなるのか。

世界を

奥行きのある脳の視覚野からみて

目はレンズとして通してるだけで

奥行きのある世界を見ていく。


違和感や不快なことを感じてまで、
実践し続けることができるのは

アレクサンダー氏のいう

「感覚的評価は当てにならない」

ことが、腑に落ちたのと

「本来の自然な自分に慣れていない」

ことを体感してきたからです。

その幾度のくり返しの中で、

からだを信頼して、
自分を信じることができるように
なってきたからかと思います。


アレクサンダー・テクニークを
学び、実践していく醍醐味は

自分で自分のことを知り

自分のめんどうが見られる
ようになること

に尽きるのでは。

それが、
自分を活かせることにも
繋がっていく〜


と今は思っています。


つづく…

31/1/2022

よんでくださって、ありがとうございます:)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?