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わたしのレッスンノート*教育と先生⑴*

・今回のおはなし

当時、学生の頃(20年以上前)
わたしは“学校教育”というものに
年を重ねるごとに、違和感や疑問がつのっていきました。

高校の時は、いわゆる進学校に通っていました。学年が上がるごとに受験のための授業となり、知識を詰めこむ感じになります。

教室の中で、先生は前に立ち、生徒は先生に向けて机と椅子が並べ座っている。
授業を先生が教えて、生徒は受けている。

この決められた枠の中で、多感な時期に
時間を過ごすことが窮屈になってきました。

何か未来に希望ないなあ…

って、鬱々と高校生活を送っていました。
(幸い、話せる友人はいました)

これからもこんなん何かなあ…

受験にも気がすすまない、そんな中で当時、キラリと光る大学を見つけました。

大学案内の資料をとり寄せて

“自由”と“主体性”を重んじる校風や

“フィールドワーク”という
現地へ行って体感して、
学ぶことがカリキュラムにありました。

教師紹介には
片桐ユズルさんがのっていました。

ユズルさんのことばに

リンゴはリンゴであって、リンゴではない。

とあって、何だか分かんないけど、
色んなことに違和感や疑問をもってきた
わたしには、光るものを感じて

「何か見つかるのではないか」

と藁にもすがる思いで、受験しました。

ぶじ、精華大の学生(親にも感謝!)となり
片桐ユズルさんの講義に
感銘を受けたのでした!

わたしの今までの
学校教育や先生のイメージを
ちゃぶ台をひっくり返したように覆されたのです。

何とも清々しい気持ちにもなりました。

というのは、
教室の机と椅子は横によけて
先生も学生も部屋の中を
好きなように歩き回りました。

ユズルさんは

「どんな感じがしますか?」

とたずねました。
(今おもうとセンサリーアウェイネスか!?)

ただ、自由の風が吹く大学を選んだにも
関わらず、わたし自身は色んな思い込みを抱えたままで、すぐに思考ループに入ったりと

変わりたくても変われなくて(本来の自分に戻れない)藻掻いていました。


そして、ユズルさんが退職されるとき
(当時、大学三回生)の最終講義で紹介された
アレクサンダー・テクニークに

何か求めているものを感じ(直感)
ユズルさんに勇気を出して、たずねて行きました。

そこから、個人レッスンを受けることとなりました。

先生と呼ばなくて、さん付けでいいといい。
対等に尊重してくれている感じを受けました。

そして、

答えを言わない。
タネ明かしをしない。

今となっては、わたしから“気づき”を
“引きだす”ためだったと分かります。

それは、わたしにとってとても嬉しいことでした。自分で気づきたかったからです。

今までの先生は先回りして、
色んなことを教えてくれました。

でも、遠回りであっても躓いても

わたしは自分で体験して、
自分で気づきたかった!

ユズルさんはヒントはいうけれど、
自分から気づくのを待ってくれている。

それが、とても嬉しかった!


わたしの教育や先生に対するイメージが
この大学を選んだことで、いい意味で崩されていきました。


つづく…

2022/10/19/mayumi@kyoto

お付き合いくださり、ありがとうございます :)




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