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「ストーリーを売る」を考える 2

最近、巷を騒がせている「ストーリーを売る」という考え方、マーケティングとしての手法について、私たち自身の取り組みをご紹介しながら、その是非やあり方について考えてみようというのが、この稿の趣旨です。

書き出してから結構ボリュームがでそうだなということで、何回かに分けて投稿していこうと思っています。


とりあえず、以下が初回記事のまとめです。

・「ストーリーを売る」という流れのもとに経験経済というものがある
経験経済では経験価値が消費の対象となる。
・経験価値を生み出す仕組みの下敷きとして、エンタメ的(というか脚本的)な構成が役立つ(1.世界観 2.舞台装置 3. キャスト 4.参加を促す仕組み)
物語の背景として世界観がとても重要
・世界観をつくるとは、自分たちの事業のルーツである場所、仕事の内容、大切な思い、価値観を言語化すること
・世界観で大事なことは、頭の中に浮かべてみて、舞台やそこで働く人の情景が想像できるか、そしてそこに嘘がない、できる限りリアリティがあるか

今回は、舞台装置というものについて考えてみます。

舞台装置とは

舞台装置というものを文字通りに理解するならば、劇やお芝居の設定にそった大道具、小道具、もしくは音響なども含めた環境諸々ということになるかと思います。

時代劇には時代劇の舞台装置が、SF映画にはSF映画の舞台装置があったうえで演者はそれぞれのお芝居をし、観る側もその設定を理解することで、そこで繰り広げられている、お芝居に意味が生まれてきます。

お芝居などでは物理的なモノというよりも、そこで得られる経験や体験というものが価値として、演者と顧客の間で共有されています。

このような消費状況が、演劇やエンタメだけでなく、商品、サービス全般に広がっているというのが経験経済だということを前回紹介しましたが、その前提となる空間や環境が舞台装置ということになります。

リアル店舗的なかたちでいうといわゆる「店づくり」という言葉が一番近いのかもしれませんし一義的には店舗の内外装や広告物をどう設計するか、というふうに思われることもあるのですが、私たちはもう少し深いものとしてこの舞台装置を捉えています。

舞台装置としての女性職人のアトリエ

前回も紹介しましたが、

場所:女性職人のアトリエで、
仕事:オーダーメイドの指輪づくりを、
思い:ひとつひとつ大切に、

というのが私たちの世界観のベースになっていて、その中で舞台装置というところにもっともよく関わるのが「女性職人のアトリエ」という部分かと思います。

もともと現代表の高橋亜結の個人アトリエを改造拡張してつくったのがithの第一号アトリエなのですが、そこから展開した8店舗すべて、この女性職人のアトリエ、というコンセプトで内外装から調度品までを整えています。

コンセプトとキーとなるモチーフ(アーチ型のドアなど)は共通しているのですが、実際のしつらえはオーダーメイドの結婚指輪がひとつひとつの個性を持つように、アトリエにもそれぞれの個性があったほうが面白いよね、ということで街やその物件自体の雰囲気や味わいも考えて個別に設計しています。

一般的なブランド理論やチェーンストア理論に則ると、できる限り統一的に仕上げたほうがよいのだと思いますが、アトリエそれぞれの個性に対しても愛着が持てるように、という考えによるものです。

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実際のこととして女性職人のアトリエから始まったので、そのまま原風景として舞台装置として組み込んでいます、といえばそれまでなのですが、実際のところはもう少し深く考えてこのコンセプトに至っています。

売る場所でなく、つくる場所として

さきほどからアトリエ、アトリエと書いていますが、現在は実際のものづくりは吉祥寺の工房でまとめて行なっています。

そういう意味では実際の事業機能としての一般的な言い方としては、アトリエでなく店舗ということになるのですが、ithでは店舗のことをアトリエと言っています。

これは私たちが顧客接点を「指輪を売る場所でなく、指輪をつくる場所である」と定義していることに紐づいています。

ithでは以下のようなロジックで顧客接点を考えています。

お客様が本当に欲しい指輪を一緒に考えて提案する、
結果、お客様が満足頂ければあとは金額感さえ合えばご成約に至る。

予算ありき、でなく、欲しいものありき、という考え方です。

今では笑い話みたいなエピソードですが、根が職人の高橋は売り込みが大の苦手。とはいえお客様からお金を頂かないと事業としてやっていけない状況の中で、売らなきゃと思えば思うほど言葉が出てこなくなってしまう。
だったらとにかくそのお客さんが本当にこれいいね、と思える指輪をまず提案することに集中してみようよ!と思考を切り替えたのが原点になっています。

実際はそこで商取引を行なっているのですから、詭弁や屁理屈のように聞こえるかもしれませんが、アトリエという舞台設定によって、働く人間も、そしてお客様も、私たちのものづくりに対して違和感なく理解を示してくれます。

つまり、アトリエという舞台設定を共有することが私たちが提供したい経験価値にとって極めて大きな意味と役割を持つということだと思っています。

密な顧客コミュニケーションの場として

女性職人のアトリエという舞台設定には、もうひとつ重要な役割があります。

それは、顧客と親密なコミュニケーションを交わす場所としてのアトリエ、という役割です。

私たちはオーダーメイドで指輪をつくっていますが、職人と顧客の間にきちんとしたコミュニケーションが成り立っていなければ、顧客が本当に満足できる指輪は出来上がりません。

顧客は指輪のことを学びながら、自分たちが理想とする形について少しずつイメージを深めていく。職人は顧客に適切な情報を提供しながら顧客の理解や実現の可否を判断しながら求めるカタチへと近づいていく。

ジュエリーに限らず、オーダーメイドというかたちで良いものづくりを行うためにはこういうやりとりができる関係性というものがとても重要です。

ジュエリー、特に一生に一度の結婚指輪となると、出来るだけ知名度があったり、いい場所にあったりして高級感のあるお店やブランドでかしこまって買う、というのが一般的なイメージだと思うのですが、私たちはむしろその真逆の空気が流れる場所として、女性職人のアトリエをイメージしています。

信頼感を装うための見かけの高級感で無用な緊張を強いるのでなく、友人とテーブルを囲むように親密で打ち解けた関係づくりを。その関係性を前提として、顧客も職人も双方がものづくりに集中できる環境を。

ここでも、私たちが届けたい顧客体験を創り出すために必要な環境としてアトリエが存在しています。


以上のとおり、女性職人のアトリエというものが、私たちの事業の成り立ちであることはもとより、自分たちの理想とするものづくりのあり方や、顧客に届けたい価値を生み出す舞台として必然的に存在していることがお分かりいただけたかと思います。

遡って考えると、自分たちの理想形や顧客に届けたい価値をまずしっかりと考え定義する。そこから顧客接点として求められる要件を具現化していく、ということが大事なんだろうと思います。

実は大切なもうひとつの視点

理想形や顧客への提供価値から遡って考えていくと必然的に、

舞台やそこで働く人の情景が想像できるか、そしてそこに嘘がない、できる限りリアリティがあるか

ということに近づいていくのだろうと思うのですが、同時にほんの少しデフォルメやファンタジーの要素をいれていく、ということも舞台としての効果を高めるという面でとても重要だったりします。

そもそもの情報や知識が異なる顧客に対して、自分たちが届けたいものをきちんと伝えていくためには、顧客が反応しやすい取っ掛かりを作っておく必要性があるということです。

誤解を恐れずにいえば、プロ的な目線でより本質的だと思うこと、伝えたいと思うことほど伝わりにくい

とはいえ、その隔たりを埋めていかなければ、自分たちがいかに価値あることをできるとしても、その価値を認めてもらうことができません。

そういう意味で、よりわかりやすく理解できる、共感できる部分というものも大事ということです。

私たちの例でいいますと、単なるアトリエではなく、『女性職人の』アトリエというところにこのエッセンスがあります。

指輪づくりの本質とは一見遠いのですが、私たちは「遊び心」という言い方をしていて、アトリエをお花で飾り付けしたり、絵はがきを飾ったり、ちょっと可愛い小物を置いてみたり、ということが、ithのアトリエとそこで生まれる物やコトに対する愛着みたいなものを高めてくれます。

このあたりクリエイティブの妙と言いますか、多少の企画センスや思考技術を要する部分でもあるのですが、本質を押さえた上でこういった取っ掛かり部分がつくれると、そこで生まれるストーリーがより厚みをもつことにつながっていきます。

まとめます

さて第二回をまとめますと、

・商品やサービスの経験価値をつくりだす前提となる空間や環境が舞台装置
・舞台装置は自分たちの事業の理想やあり方、顧客に届けたい価値と紐づいたものであるべき
・本質的な価値は理解されにくいことを踏まえ、本質に顧客を近づけていくための+αの設定や仕掛けも重要

今回はアウトプットされたものを前提としてお伝えしましたが、実際のところは、そのアウトプットに辿り着くためのマーケティングと、そこに基づくクリエイティブ思考があります。

そのうちそういった観点からも、私たちの取り組みを紹介できればと思います。

2019年最後の投稿になります。みなさん良いお年を。



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