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「うどんしかない」県だからこその一点突破〜フットボールの白地図【第26回】香川県

<香川県>
・総面積
 約1876平方km
・総人口 約95万人
・都道府県庁所在地 高松市
・隣接する都道府県 岡山県、徳島県、愛媛県
・主なサッカークラブ カマタマーレ讃岐、多度津フットボールクラブ、アルヴェリオ高松
・主な出身サッカー選手 北野誠、氏原良二、高木和正

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「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は「加賀百万石」金沢を擁する石川県を取り上げた。今回は、県名に「川」があるもうひとつの県であり「うどん県」としても知られる、香川県にフォーカスすることにしたい。香川といえば、全47都道府県の中で最も総面積が小さいことでも知られている。

 ここを本拠としているJクラブといえば、現在J3に所属しているカマタマーレ讃岐。クラブの所在地は高松市であり、試合会場のPikaraスタジアム(ピカスタ)は丸亀市にある。しかしながら、クラブ名は高松でも丸亀でも香川でもなく、あえて廃藩置県以前の地名「讃岐」を冠することとなった。その理由について、黎明期のフロントのひとりは、このように説明している。

「香川を3つに分けると、東讃、中讃、西讃となるんですが(東讃の)高松をクラブ名にしてしまうと、中讃や西讃の協力を得られない恐れがありました。何しろ人口も100万足らずですし、日本一小さい県ですから、県全体を市場にしないといけない。じゃあ、香川と讃岐、どちらがいいかと言えば『やっぱり、うどんなら讃岐だろう』となったわけです」

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 カマタマーレとは、讃岐うどんの「釜玉」、そしてイタリア語で海を意味する「マーレ」を組み合わせた造語として、2005年10月23日に発表された。当時の新聞記事によると「讃岐うどんのように滑らかなパス回しで、コシが強く逆境にもめげない、粘りのあるチームになってほしい」と願いが込められているのだそうだ。どうにも釜玉のインパクトばかりが語られがちだが、個人的には「マーレ」すなわち瀬戸内の美しさについても、もっと目を向けるべきだと思っている。

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 瀬戸内海に浮かぶ島々の中で、県内最大の島が小豆島。素麺、醤油、佃煮、胡麻油、オリーブなどの産地として知られ、壺井栄の名作『二十四の瞳』の舞台としても有名である。フェリーが発着する土庄港に近い緑地公園では、作品をモティーフにしたブロンズ像がを拝むことができる。ちなみに1954年に映画化された時、ロケセットとして建てられた木造校舎は今も保存されており、昭和の時代を感じさせるアルマイト食器の給食セットを味わうこともできる。

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 ピカスタ取材では、必然的に丸亀駅周辺に投宿することになるのだが、高松駅周辺を素通りするのはもったいない。到着して、まず驚かされるのが「サンポート高松」として再開発された駅前の風景。高松港へ続く駅北側は、オフィスビルや合同庁舎や高層マンションに加えて、四国最大級のシティホテルや高松シンボルタワーがそびえ立つ。高松の繁華街といえば、かつては瓦町周辺の一択であったが、最近は高松駅周辺が新たな商業拠点として注目されている。

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 高松に来たら、やはり「うどん巡り」は欠かせない。とはいえ、いわゆる名店は辺鄙な場所にあることも少なくないため、どうしても足の問題が生じる。お金に余裕があれば、レンタカーやタクシーを利用するのもありだが、ことでん(高松琴平電気鉄道)に揺られながらうどん屋をハシゴするのも悪くない。1日フリーきっぷは1230円(小人620円)。ちなみにことでんは、京王線や京急線などの払い下げ車両を活用しており「動く鉄道博物館」とも呼ばれているらしい。

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 さて、カマタマーレ讃岐である。その前身は、1956年に県立高松商業高等学校サッカー部のOBチームであった。その後「香川紫雲FC」となり、 なぜか消費者金融会社と5年間のスポンサー契約を結んで「サンライフFC」に改称。この契約を終えると、将来のJリーグ入りを目指して高松FCとなり、06年に現在のクラブ名となった。黎明期の頃はサポーターの数も限られていたが、彼らが試合前に披露する『瀬戸の花嫁』のチャントには、なぜか胸が熱くなるものを感じた。

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 その後、カマタマーレは2011年にJFLに昇格。13年には、ガイナーレ鳥取との入れ替え戦に勝利して、翌年に創設されたJ3を経ることなくJ2昇格を果たした。しかしJ2での5シーズンでの最高順位は16位。18年には最下位に終わり、J3に降格することとなった。地元出身で、四国リーグ時代から9シーズンにわたってチームを率いてきた北野誠監督も退任。以後は、毎年のように監督の顔ぶれが変わり、J3での戦いも3シーズン目を迎えることとなった。

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 クラブ名もうどん、エンブレムもうどん、となればマスコットも当然ながらうどんとなる。現在のクラブ名が発表された直後、漫画家のいしかわじゅんが「うどん1年分でキャラクター描くよ!」と自身のホームページで宣言。当時のクラブスタッフが、うどん1年分を持参して上京したことがきっかけとなり「カマちゃん」「タマちゃん」が誕生する。しかし権利交渉がまとまらず、あえなくお蔵入り。クラブは2017年に公式マスコット「さぬぴー」を発表して今に至っている。

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 うどん以外にも、骨付き鳥やタコ判といったB級グルメがある香川県。とはいえ、当地を訪れたなら、やはりうどんは欠かせない。地元の人々も、何かというと「香川で誇れるものといったら、うどんしかないですから」と苦笑する。良く言えば謙虚、悪く言えば自虐的な県民性。しかし、この「うどんしかない」という一点突破こそが、世界的にも稀有なクラブ名とエンブレム、そしてマスコットを生み出すこととなった。香川県が全国に誇るソウルフードを、ぜひ現地でお試しあれ。

<第27回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。


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