わたしは男だと思った

 幼稚園の時くらいまで、わたしはよく女の子と間違えられるくらい可愛い子供だった。

 引っ越し以来、どこにいったかわからなかった古い写真の束が、今日、出て来て、その中に、自分の幼稚園時代の写真があった。
 その写真は、若い頃には何度も見返していた。けれども、中年になってからは自分の過去の写真、特に子供の頃の写真は見なくなった。そして、引っ越し以来、そういった過去の写真の存在すら忘れていた。
 そして、今日、まさに忘れた頃に、自分の写真を手にしたのである。

 この写真を撮ってもらったときのことがすぐによみがえった。友達の家の裏庭に立ってポーズをとっている。こましゃくれた微笑をつくって、じっとこちらを見つめている。
 カメラはわたしのものだ。友達を何枚か写した後、自分の写真も一枚撮ってほしくなって、頼んだ。
 その記憶とともに思い出したのは、その頃のわたしは自分のカメラを人に渡してよく自分を撮ってもらっていたことだ。
 小学生になった頃には、女の子らしさが消えた。男子に変わっていったのだ。
 そして、今や、わたしは老人である。これが自分の子供の頃の写真であることは、誰か他の人に確認しなくては、自分でも自信が持てなかった。
 そこで、横でコーヒーを飲みながら休憩していた妻に見せた。

「あら、可愛い。女の子みたい。幼稚園の時の友達ね」
と言った。
 わたしは思い切って
 「これ、ぼく」
と言ってみた。
 妻は笑ってコーヒーカップを持って立ち上がると、黙ったまま、パソコンのある机の方に向かった。コロナ禍以来、週に四日は在宅勤務なのである。
 

 わたしは、可愛い男の子だった。
 大人たちに(とくに女性には)可愛い、可愛いと言われるので、もっと可愛くなりたかった。女物の服を着れば、もっと可愛くなれると思った。
 わたしには姉がいたが七つも年上だったので、姉の服を着るわけにはいかなかった。女物の服はどれをとっても美しく、可愛らしく、手触りがよくて、どうしてああいうものが男の子用にはないのだろうと不思議だった。
 女の子に生まれた姉が羨ましくてたまらかった。

 苦肉の策として、幼稚園の制服のスモックの下に半ズボンをわざとはかないで幼稚園に行った。だらりと膝上まであるスモックがスカートになった。
 風が吹けばひらひらとなびくスモックの下が、いきなり下着のパンツである。
 外気がスモックの下に入り込んで太腿のつけ根近くまで触れる、あの感じは、今も残っている。
 肌が、直接、外界と触れている、あの感じ。わたしは、なんだか自分が裸で表に出てしまったような頼りなさと、或る種のときめきを感じていた。
 こういう頼りなさとときめきを、女の子はみんな感じて暮らしているのだと思い、自分もそれを感じながら幼稚園にいるのだから、なんだか少しは本物の女の子になれたようで嬉しかった。

 トイレは、こっそりと個室に入り、しゃがんで用を足していた。当時は和式だった。
 男子からはのけものにされたが、女の子たちには溶け込んでいた。もしくは、女の子とすぐに友達になれたから、男子から疎外されたのかもしれない。どっちにしても、なんとも思わなかった。わたしは自分が女の子たちに属していると思っていたからだ。
 男子の友達はひとりだけいて、よく手をつないで遊んだ。
 その子も性格的に女性的な、優しいところがあり、時々、男子たちに突き飛ばされて泣いていた。
 わたしは何かあれば女の子たちの中に逃げ込めたので、本格的ないじめにあったことはなかった。

 幼稚園の女性の先生も、「しょうちゃんは可愛くて優しくて、女の子みたいだね」といって可愛がってくれた。
 短大を卒業したばかりで付属の幼稚園の先生になった人だった。
 よく笑う明るい人だったが、男子のわんぱくさに手を焼いて、時々、座り込んで泣きだしてしまう先生でもあった。わたしは幼いながらも、この人は先生には向いてないと思った。
 卒園してからも一年に数回は幼稚園にその先生を尋ねた。そうしているうちに先生は結婚して幼稚園を辞めた。先生から家に招かれて、その家へも年に何回かは行くようになった。
 先生に子供が生まれた。
 その子が三歳になり、わたしが小学校を卒業したとき、わたしのほうから連絡を絶った。
 母親にも姉にも愛されなかった―というより憎まれたわたしが、女性全般に対する恨みを持たなかったのは、その先生と娘さんのおかげだと思う。

 幼稚園児のわたしは、自分が男なのが不思議でならなかった。
 ごく短期間だが、大人になったら女性になるだろうと思ったこともある。
 けれども、わたしは子供の頃から現実的なところがあったので、大人になるまでに何か不思議な恩寵によって自分の身体が女性へと変化するという夢はすぐ捨てた。
 それでも、自分の性別が男子であることには困惑していた。困惑、それが、小学校に行く直前の、わたしの正直な気持ちだった。

 幼稚園時代のあの先生のいない小学校に行くのはいやだった。
 乱暴で、薄汚く、下品で、しかも日に日にその度合いを増してゆく男子たちの一員として、自分が小学生になるのかと思うと気が重かった。

 小学校に入ると、自分が男か女かわからないという迷いは、ほとんど突然に消えた。
 小学校に入り一年もしないうちに、わたしの風貌はみるみる男の子らしくなった。わたしの身体は、幼児期から学童期に入ったのだろう。
 もう自分の性別について迷う根拠が無くなった。

 まさに、陽に照らされた霜のように「女の子みたいなわたし」は消えていき、最後の頼みの綱はソプラノの声だけとなった。
 小学校に入ってからのわたしは歌うのが大好きだった。

 或る日、そのソプラノも消えた。
 わたしは、何もかも諦めて、ずっと関心を持っていた剣道とボクシングを習い始めた。
 竹刀やグローブで殴り合いを始めると、やっぱり、自分は男だと思った。
 剣道の気合、人を斬るために必要な激しく冷酷な叫び声を出していると、もはやソプラノでなくなった自分の声も、そんなにわるくないと感じた。
 
 わたしは自分は男だと思った。
 男であるなら、強くならなければならないと思った。

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