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私は、この数行のためだけに、何度も『対岸の彼女』を読み返している。

これは私だ。

初めて読んだときに、思った。

 あかりを見ていると、あまりにも自分に似ていて驚くことがある。だれかと遊びたいと思っても、無邪気に仲間に入っていくことができず、片隅でいじいじと声をかけられるのを待っている。

(中略)

公園のママ仲間になじむことのできなかった自分の。そう気づくたび、あかりに対して申し訳ない気持ちになる。だれかれに屈託なく話しかけて、派閥など気づかないふりのできる、マイペースで陽気な母親だったら、あかりもそんな子どもになるだろうにと思ってしまうのだ。

角田光代『対岸の彼女』より


もっと、人づきあいがじょうずだったら。もっと、友だちづくりが得意だったら。何度、心の中で思ったことか。

自分だけのことなら、どうってことない。すべては自己責任だから。

けれど、子どもは違う。周りの子たちが、親子で仲良く遊んでいる側で、ひとりポツンと砂遊びをしている我が子を見るのは、めちゃくちゃ心が痛い。


たとえ小説の中とはいえ、自分と同じ想いを抱えている母親に出会って、私だけじゃないんだという感覚に安堵した。

この安堵感を求めるために、私は何度も本を開くのかもしれない。

けれど、同時に、自分の嫌な部分、触れられたくない部分をまざまざと見せつけられ、苦しい気持ちになるのも、事実なのである。



角田光代さんの『対岸の彼女』。第132回(2004年下半期)直木賞受賞作。

先ほど引用した部分は、物語がはじまってすぐ、10ページ目に登場する。専業主婦である小夜子のキャラクターを、表現している部分。

そういう意味では大事な描写なのかもしれないけど、小説の肝というわけではない。別に他の部分からだって、小夜子の性格を推し量ることはできるから。

人によっては読み流してしまうような一部分だけど、心の片隅に引っかかって、ずーっと忘れられない。


私は、この数行のためだけに、いまだに『対岸の彼女』を読み返す。

そして、安堵し、自己嫌悪しながらも、わずかな一歩を踏み出すのである。






専業主婦の苦しみ

初めて『対岸の彼女』を読んだとき、私も専業主婦だった。10年以上もの専業主婦生活を振り返ると・・・。

ほんっっとうに苦しかった。

「専業主婦は立派な仕事!」という声は昔からあるけれど、 “目に見えない対価”で、衣食住に困らない生活をするのって、私には本当につらいことで。ずーっと負い目を感じていたような気がする。

あとは、社会から取り残されているような孤独感。「子育ても立派な仕事!」と言われるけれど、転勤族で周りに知り合いもおらず、関わり合いがあるのは家族だけ。

こんなに猛スピードで時代が変化しているのに、自分だけは家という檻のなかで、毎日同じことの繰り返し。社会との繋がりをブチッと切られてしまったような、焦りと怖さがあった。

いざ働きに出ると・・・

物語のなかで、小夜子は専業主婦を脱して、働きに出ることを決意する。

働けることの喜びや楽しさ、ありがたみを感じると同時に、かつて味わったことのある人間関係のむずかしさ、煩わしさがだんだん見え隠れし始める……。


私も同じ。


あんなに働きたかったのに、いざ働きだすと、人との関わりに疲れ果て、何もかもが信じられなくなる瞬間があったり。家や子どものことを、多少なりとも犠牲にして働くことの意味を見失ったり。時給制で働く限界を感じざるを得なくなったり。

けれど、そんな自分を救ってくれるのもまた、人だったりする。だから私は、いまの仕事を続けているのだと思う。そう思える人が周りにいるから。

なぜ私は働きたいのか。何がやりたいのか。

ともに働く人たちとの関わり合いのなかで、自分を見つめ直し、自身を成長させていく小夜子を見て、私ももっと強くなりたいと切に願うのである。


過去の自分を思い出す

対して、小夜子を雇う立場にある、女社長・葵は独身のキャリアウーマン。

明るくて活発で行動力があり、周りから慕われているように見える。けれど彼女もまた、過去に生きづらさを抱えていた。

私は現在の葵にはあまりシンパシーを感じない。でも、高校時代の葵が感じていたような、自分のずるさや、遠くへ逃げ出したい気持ちは痛いほどわかる。

他の人から見たら、黒歴史なのかもしれない。けど、その経験があったから、いまの葵がいる。

現在の自分をつくっているのは、過去の自分。思い出したくない過去、抹殺したくなる過去も全部、受け入れるしかないんだろうな。

そのうえで、「私はこういう生きかたしかできない」と開き直ることも、時には必要なのかもしれない。



対岸にいる彼女は、誰なのか?

あなたの大切な人なのか、羨ましく思える人なのか、もしくは自分自身なのか。

なんにせよ、決して敵ではない。向こう岸から、手を差し伸べようとしてくれているだけ。

それを忘れないようにしようと思う。





以上、『対岸の彼女』の感想文でした。
久しぶりに読み返したけど、やっぱ好きだわ、この本。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

ではでは、また。

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