テラジア アーティストインタビュー vol.4 カミズ(アーティスト・アートセラピスト)
なぜ、生と死にフォーカスするのか
絵画やドローイング、アートプロジェクト、そしてアートとヒーリングのワークショップやプログラムまで、多岐にわたる創作・活動を行うカミズ。「生と死」というテーマに触れるようになったのには、どのような理由やきっかけがあるのだろうか。
「以前から個人的には死について関心を持っていましたし、それは仏教的な関心からでもありました。仏教で瞑想や色んな訓練をするのは、全ては死ぬ時のための準備というところがある。死ぬ瞬間に何を思うかとか、どのようにその瞬間に集中できるかということが、来世にも影響を与える。そういう思想をもって、最善の形で最後の瞬間を迎えられるように、ということに興味がありました。」
そんな中、2020年にはコロナのパンデミックが、そして2021年にはミャンマーで軍事クーデターが勃発する。
「たくさんの人が急に亡くなった。コロナでは、家族が亡骸と対面できないとか、ちゃんと葬儀が行えないということもあった。最期の瞬間に何を思うか・思えるか、あるいは、その瞬間に向けてどうやって身を整えたり準備したりできるかということに、改めてすごく関心が生まれました。」
どう生きるか、どう死を迎えるか。そしてその問いとともに存在する仏教的な思想。それはまさにテラジアが扱おうとしている問いと重なるものだった。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を経て、テラジアとアーティスト・カミズは出会い、交差することになる。
「コロナ禍で、ボランティアでカウンセリングをしていて、生と死により身近に触れるようになっていき、そのテーマに導かれていきました。ただコロナは、もともとは人為的な物ではなく自然災害ですよね。
それに対し、クーデター(という人為的なもの)が起こった時に、自分の考え方ややることがガラッと変わりました。それはもちろん、『倒れた英雄たち』のマスクをつくり始めたということなんですけれども。」
マスクをつくるというプロセス:見て、触れて、形にする
カミズはもともと、ビジュアルアートの経歴を持つアーティストだ。マスクをつくり始める以前から、様々なメディアを使いながら作品をつくっていた。
「海外のレジデンシーなどチャンスがあり、その頃に色んな美術館を見て、他のアートのメディウムに触れることができたので、パフォーマンスやインスタレーション、ミクストメディアなど色々と試しました。紙・ペーパーを使って、切り紙や折り紙をするのが好きだったので、しだいに、主にペーパーカッティングと紙を使ったインスタレーションにフォーカスするようになっていきました。」
2021年2月。国軍による軍事クーデターが発生した当時の感覚を、カミズはこう語る。
「クーデターが起きた当初、私だけでなく他のアーティストも皆、何をどうしたらいいかわからず、何もできないし何もつくれなくなりました。すごく落ち込んだり、無力感を感じたり、沈んで行く船にただ座って乗っているような焦燥感もあった。」
クーデターによって亡くなった人が30〜40人を超えた頃、カミズは紙を素材として「倒れた英雄たち(Fallen Heroes)」のマスクをつくり始める。軍事政権/国軍の恐怖と抑圧からの自由を求めて闘い、命を落とした人たちのマスクだ。
「最初は家で何かできないかと考え、試しでつくりました。もともとコロナ禍で、マスクをつくることは実験的にやっていたんです。ただそれは特定の人のポートレートではなかったですし、かつ、私は肖像画でさえも描いたことがありませんでした。なので最初は、『これ本当にできるかな』という感じで。でも何か自分が集中して取り組むものも必要だったので、やってみようと。
ただ、マスクをつくること自体を、とても悲しいものとか暗いものにはしたくはありませんでした。亡くなった人たちについて(情報を)読んだり知ったりすることは、もちろんすごく悲しいです。でも、この物凄くネガティブな体験・経験から、何かしらの力だったり、エネルギー、モチベーションみたいなものを生み出せないだろうか、と。人が前に進んでいくためのもの。そういうことを思ってやるようになりました。」
「倒れた英雄たち」のマスクは、1枚の紙を折り紙のように立体的に組み立ててつくられている。彼らがそれぞれどのような人生を送り、いつ、どこで、どのように亡くなったかといった情報を読み、一人一人の生前の写真をもとに、カミズが一つ一つ、その手を動かしてつくっている。
「1つ2つマスクをつくってみて、『できるかもしれない』と思いました。自分の自信も少し取り戻せたし、その人たちからエネルギーをもらうことになりました。彼らについて知ると、やっぱりすごく悲劇的で、とても悲しい。私にとってはそういう体験だけれど、同時に何か、燃料(fuel)というか、炎というか、そういうものをもらえました。
彼らは何の罪もない人たちで、このために命を落として、命を捧げていて。とにかく何でもいいから、今生きている私たちが何かをし続けなければいけない、進み続けなければいけないという風に思えたんですね。
そしてマスクをつくるプロセスは、私自身のヒーリングにもなっていました。写真をよく見て、つくっているものと写真の顔を見比べて、その顔(マスク)を手で触れて。そのプロセスを通して、悲しい出来事や気持ちを、自分の中で少し前向きなエネルギーやモチベーションに転換することができました。」
革命の一端として・倒れた英雄たちのトリビュートとしての展覧会
2022年5月。テラジアの日本チームと協働して展覧会「Masking/Unmasking Death 死をマスクする/仮面を剥がす」を行うことになる。カミズは制作したマスクのうち100点を日本に送り、テラジアの坂田・渡辺とキュレーターの居原田遥が中心となり展示を立ち上げた。
「まず初めに、作品をそのまま展示するか否かという議論がありました。展覧会をするためにマスクをつくったとは思われたくなかったですし、先ほど話した通り、もともとは命を落とした方々のために何かできないかとやっていたもので、私自身にとってのヒーリングでもあったものなので。それを展覧するか否かという問題は、私と日本メンバーとの話し合いの中で色々と議論をしました。話す中で、これも革命の一端となりうるのではないか、あるいは、倒れた英雄たちのトリビュートとして、より彼らを讃えることになるのではないかということになり、展覧会を実施することになりました。
なのでこれはカミズの展覧会というよりも、『倒れた英雄たちの展覧会』です。」
展覧会の会期中、カミズはオンラインで数度、日本の来場者とワークショップも行った。ミャンマーの地で、日本人の反応やフィードバックを見聞きし、どのような感触を持っただろうか。
「すごく小さな声ではあるけれども、伝わっているのではないかと感じます。罪のない人たちが理由なく、クーデターと軍事政権のせいで亡くなっていて、死に続けている。(展覧会や活動は)小さなことかもしれないけれど、そのことをちゃんと伝えられたのではないかなと感じています。」
マスクの中にはカミズの親戚や友人もいる。『倒れた英雄たち』のマスクをつくることの、辛く難しいプロセスも語ってくれた。
「詩人の友人が、2021年のクリスマスに亡くなりました。彼は一緒にプロジェクトもやっていた仲です。当時、彼は森にいたとのことで、潜伏していたのか、民主派の武装闘争みたいなものに入っていたのかは分からないのですが、私と連絡を取りたがっているということを人づてに聞きました。彼の携帯から私に直接連絡することは危険でできなかったので、どうにか別経路で私の番号を伝えるということをしていたら、その2〜3日後に亡くなったということを聞いて。
もちろん、どの人の死も悲しいものなんですけれども、彼のマスクをつくるのには特にすごく時間がかかったし、他の活動も止めないといけませんでした。他のことが何もできなくて、私自身にブレイクが必要だった。とても強い体験です。」
ヒーリングのツールとしてのアート
展覧会中に行われたワークショップは、カミズと来場者が対話をし、自身の「死」に向き合うというものだった。それは対話でありながら自己の内省を促すような時間でもあり、アートセラピーとも言える時間だっただろう。カミズはアートセラピストとして、どのような活動を行っているのか、終わりに聞いた。
「アート自体にセラピー的な効果があるというのは一般的に言われていますよね。マインドフルネスとか。今、私がやっていることとしては、アートを通して癌の患者さんと関わる機会を持っています。患者さんたちが癒されるための活動、ヒーリングのツールとしてのアートです。」
最後の瞬間をどう迎えるか。どう準備するか。カミズが始めに語った、人間が持つ生死観への興味がアートセラピストとしての活動にも通じている。
「患者さん自身の感情や、あるいは心理的なものに起因する身体的な感覚を探るためのお手伝いを、アートを通してやっています。もちろんアートが病気を治すわけではないのですが、患者さん個人個人が内省し、色んなエクササイズをしたり話したりすることで、患者さんのレジリエンスが高まるということが、私たちのプロジェクトの成果としてあります。また程度の差はありますが、100%の患者さんが死への恐怖や不安を持っていたところ、活動を通してその割合が減るという学術的な研究結果も出ています。」
アートを通して心身を回復したり良い方向にシフトするということは、誰よりもカミズ自身が、マスクをつくるプロセスの中で経験している。見て、触って、手を動かす。対話し、内省する。そういった行為はおそらく、カミズ自身が長年の創作活動で行ってきたことそのものだろう。
「私自身、アートや何かをつくることを通して、落ち着けたり心が穏やかになったり、自分の内面を見つめることができるというのは実感しているし、信じています。
センシティブな「死」ということを考えたり、よりよく死ぬための準備をする。そのために、アートが貢献できるんじゃないかと思っています。」
(取材:遠藤未来子/文:東彩織)
編集注)本インタビューは2022年6月時点のものである。クーデター勃発以後、ミャンマー国軍の弾圧は悪化しており、犠牲になって亡くなった市民は3200人を超えている(参照: AAPPサイト https://aappb.org/)。2023年4月11日、ミャンマー国軍が北部ザガイン地域の村を標的に行った空爆では、子供約20人を含む160名以上の人が亡くなっている。
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本インタビューはJSPS科研費JP 22K13002の助成を受けて行われました。