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「バリアを打破する」~アルゼンチンとの激闘を制す(Week2) #VNL2023

(写真FIVB)

FIVBバレーボールネーションズリーグ(Volleyball Nations League)第2週5日目のフランス・オルレランラウンド。バレーボール男子日本代表は、東京2020オリンピック銅メダルのアルゼンチンと対戦。セットカウント3ー2(①25-18, ②25-22, ③31-33, ④22-25, ⑤12-15)と、ブラジルとの激戦に続き、強豪相手にフルセットで勝利しました。
これで、フランスのオルレアンラウンドを4戦全勝で終えました。現在、今大会無傷の8連勝を挙げ、単独首位をキープしています。7月4日からのフィリピン大会では中国、オランダ、イタリア、ポーランドと対戦します。ますます目が離せません。

日本のバレーボールファンの皆さん、プレーヤーや関係者の皆さん、さらに強豪相手からの勝利、おめでとうございます!


偶然から必然へ着々と・・・

記事では度々触れさせてもらっていますが、バレーボール男子日本代表は、特に2019年ワールドカップあたり以降から、明らかにゲームの戦い方にアップグレードが進んでおり、現在進行中です。東京2020オリンピックでもその成果を見るも、その時点では強豪国との力の差は歴然としていました。
ここまでの段階は、世界のバレーボールのゲームモデルやその遂行のためのスタンダードな手段を理解し、チームで共有して取り組みだした段階、手段を何とか会得しようとする、「手段の目的化」した段階だったのではと考えてます。

そして今、日本代表男子チームは、世界の強豪国相手に互角に戦っています。そして勝ち出してきています。
取り入れ出した手段がチームに浸透していき、当たり前のものとなり自動化され、その手段を用いて、世界のバレーボールの今の戦い方であるゲームモデルの遂行に注力することができるようになってきています。本当の意味でのゲームとその戦い方に対する目的やインテンションを共有し、それぞれ選手個々の持ち合わせている強みや特性をいかんなく発揮し、即興的な創意工夫が発動できる体制になってきているようです。

アルゼンチン戦でのスタッツを見ても、石川選手を上回る得点を髙橋 藍選手がたたき出していたり、小野寺選手や山内選手などのMB陣の攻撃を見ても、アルゼンチンのMB陣ロセル、セルバ、ラモスらとほぼ互角な戦いぶりを見せています。ブロックについてもタッチやエースなど同様に互角です。レセプション(サーブレシーブ)の数字はアルゼンチンの方が上回っていますが、アタック決定率は日本代表の方が良い、という結果になっています。

30年間以上の低迷期を経て、今の快進撃がどのくらいリアルな強さなのか・・・まだまだ実感をもち切れていない自分もいなくはないのですが、間違いなく言えるのは、ブラジル戦やアルゼンチン戦での勝利、そして強豪チームを相手にフルセットを制しての勝利は、偶然ではない、近年のプロセスがしっかりとストーリーとなった結果になっているのだと思います。


バレーボールの見えにくい戦いと展開が面白い

アルゼンチン代表戦の前の試合では、ブラジル代表をフルセットの末、勝利します。だからといって、それをもってアルゼンチンに勝利できる保証はありませんでした。また、今大会の周辺の評判では、アルゼンチンの試合がよいという情報もあったので、日本の苦戦も十分予想されました。
個人的には、1セット目の展開と結果が、大勢を決めるかなと予想していました。実際、1セット目に加えて、2セット目と続けて日本代表が比較的いい感じにセットを奪取し、日本代表のどの選手もいいパフォーマンスと活躍が光っていたので、このまま日本代表が勝利を収めるのかと予感させる展開が続きました。

しかし、続く第3セットから潮目が変わり出します。第3セット第4セットは、両チームともに接戦を繰り返しつつ、逆にアルゼンチンが連取しました。特定の選手がスパークしたり、顕著な傾向があるようには見えず、気が付けばアルゼンチンが追い付き、追い越していく。
石川選手が足を痛めたあたりから、アルゼンチンのブロックのマークの精度が上がり、ブロックタッチがより向上してきたように見えた気がするのですが確証はもてません。ただ、ゲーム展開の波というものがあるのなら、少しとはいえ影響があったように思います。日本のサーブも精彩を欠いてきたように見えたので、最終セットの入りが不安に思えるくらいでした。

最終(第5)セット、緊迫したスタートからも、日本代表チームはサーブとブロックに力が戻ってきました。私は、日本代表チームが最終セットに入るにあたり、どのような確認やコミュニケーション、マインドセットがなされたのか、大変興味深いです。
序盤得点3-2で日本代表がリードするも一進一退の緊張が続く中、石川選手のワンハンドのディグから髙橋 藍選手がスパイクを叩きこむ。さらには、10点目の得点も、宮浦選手のサーブからブロックタッチを取り、石川選手がコートエンド付近でファーストタッチを返球してそのままバックアタックにとび込む。・・・こういった展開が、S1ローテーションで石川選手のサーブからセットをスタートさせたのも関係していたのでしょうか、とにかく石川選手の存在の大きさ随所に見られたと思いました。

なぜフルセットまでいったのか?なぜ日本代表はフルセットを制し勝利することができたのか?大変興味深い試合となりました。
ただ、石川選手の活躍だけが勝因ではないし、宮浦選手の大車輪のスパイクや山本選手のアメイジングなディグ連発だけを切り取って勝因とすることもできません。髙橋 藍選手の得点数が勝因といい切れるものではありません。しかしだからと言って、不思議な勝利や気持ちで勝ったと片づけるものでもありません。

近年、バレーボールでも、還元主義的な思考や、要素還元的なゲーム分析を見直す動きがはじまっています。
誰がコートに立って勝ったとか、特定のプレーの確率が勝ったから勝利した、特定のプレーの出現率の高さをもって勝った・・・など、バレーボールはそう簡単にパーツや個別のマテリアルで結果を語ることはできないという考え方が広まりつつあります。

レセプション(サーブレシーブ)の返球率が勝っているからといって勝てるとは限らない。
サービスエースやブロックポイントが勝っているからといって勝てるとは限らない。
Aパスの精度を上げて、はやい攻撃を多く繰り出したとしても勝てるとは限らない。

バレーボールには、眼に見えた勝利の方程式という名のパターンはないのかもしれません。かといって単なる精神論や運任せでもなく、むしろより戦略的により戦術思考を働かせ、練られたゲームモデルを遂行した方が勝利に近づきます。シンプルな攻撃で得点を重ねることもあれば、観る者をあっと言わせるような難易度の高いパフォーマンスが試合の流れを変えることもある。サービスエースやキルブロックで「いわゆる流れ」が変わるときもあれば、守備のファインプレーを得点にするときに空気が変わることもあるわけです。
しかし、いずれも、必ずしも絶対そうなるものでもないし、それをすれば勝てるというものではありません。

バレーボールというゲームを、プレーを、その分析を・・・あたかも、パズルのピースや機械の部品のように分解して、個別要素を比較しその優劣だけをもってでは、バレーボールというものの全体像には迫れないことが明らかになってきています。

バレーボールは、ピースやパーツをそろえることで完成するような要素還元的な単純な構造では説明がつかない総体ととらえ、複雑系とよばれる性質にあります。そんな複雑系にあっては、絶対的なパーツや方程式があるわけではなく、その時々によって予測不能な結果となりやすい非線形的な様相をみせます。選択や実行などの入力の結果が、数式的な結果になるとは限らず、プラスにもマイナスにも働く可能性を常にはらんでいるものであり、ちょっとした選択や判断、実行、メンタルや体調などの設定条件のわずかな変化でも、結果が大きく変わる、確率や周期では説明困難なカオスの性質をもっています。

眼に見えにくい戦いに、人々は、奇跡だとか、精神だとか、ドラマだとか・・・いろんな魅力や興奮を得るわけです。それもこれも、バレーボールは奥深い、説明しきれない世界があるからこそ、私たちの興味関心がそそられるのではないでしょうか?


名将マルセロ・メンデスの知略にも注目

現在のアルゼンチン代表を率いるヘッドコーチ(監督)のマルセロ・メンデスは、実績も十分でありその手腕を高く評価する声が多いです。

今回のアルゼンチン男子代表は、銅メダルを獲得した東京2020オリンピックのメンバーから、セッターのデセッコやアウトサイドのコンテなどの名選手がコート上に居ない中でも、MBロセルやOHパロンスキー、セッターのサンチェスなどの活躍など、日本代表同様、どの選手がコートに立っても活躍でき機能するバレーボールを展開していました。
結果論になりますが、日本代表とのフルセットのゲームも、アルゼンチンサイドは、巧みにメンバーチェンジを組み込みながら、我慢の試合展開を動かし、フルセットにまで持ち込みました。
ベンチの采配、監督の選択や決断というものは、単なるメニューや駒の選択というものではなく、何かのシナジーや確変を期待してのチームへのアレンジメントのセンスがものすごく大事なのだと考えさせられます。
これは、フルセットの試合を勝利に導いた、ブラン監督にも言えることですよね。

日本代表男子チームのこれからも楽しみであると同時に、アルゼンチン代表のパリ五輪までの進化と強化も要チェックだと思います。


バリアを突破し、ゾーンを拡大している

世界の強豪国は、ネーションズリーグの長丁場に対して、必ずしも固定化したメンバー構成にしていない場合も多いとはいえ、日本代表チームが今得ようとしているのは、チームとしてのバリアを取り除くこと。長きにわたって続いた低迷の長いトンネルの中で植え付けられているかもしれない、世界に対する委縮や距離感を縮め、埋める作業なのかもしれないと感じています。

今、一人また一人と日本人の男子バレーボーラーが海外リーグでの経験を積んできています。彼らが異国の地で得る経験・・・「経験」という一言では片づけられないほど多岐にわたる材料を得ることで、欧米のチームや選手に対する感じ方だけではなく、バレーボール自体に対する見方や考え方も大きく変わってきている・・・そんな様々なバリア(障壁)を突破しているプロセスにあるのだろうと思います。単なる、慣れとか苦手意識の克服というスケールではない、パラダイムシフトを選手個人としてもチームとしても更新しているのではないかと思います。

ですから、今のバレーボール男子日本代表には、勝ち星を重ねてほしいという願いをもちつつ、仮に敗戦があったとしても、この道のりをポジティブにエキサイティングに見守ることができます。
これからも一戦一戦が、1セット1セットが、そして一つ一つのプレーが、シナプスを形成する財産となっていくのだと思います。

(2023年)

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