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新たな「歴史の扉が開く一戦」~オルレアンの歓喜(Week2) #VNL2023

(写真FIVB)

FIVBバレーボールネーションズリーグ(Volleyball Nations League)第2週3日目はフランスのオルレランでの試合。バレーボール男子日本代表は、ブラジルと対戦しセットカウント3ー2(①25-23, ②25-21, ③18-25, ④22-25, ⑤18-16)のフルセットで勝利しました。
公式戦でのブラジルからの勝利は1993年7月4日のワールドリーグ(現VNLの前身)予選1次リーグで3-2で勝って以来29連敗を喫してきた中の、実に30年ぶりの勝利を挙げました。
同時に、今大会無傷の7連勝を挙げ、単独首位となっています。

日本のバレーボールファンの皆さん、プレーヤーや関係者の皆さん、歴史的な一戦の勝利、おめでとうございます!


「ジャイアント・キリング」ではない。「対等」に戦えているゲームはどこから?

各国代表チームの強化、今大会への臨み方や来年のパリ五輪に向けたピリオダイゼーション、期分けなどのアプローチなどにいろんな戦略や思惑があることが考えられますが、私は素直に喜ぶべき快挙だと思います。バレーボール男子ブラジル代表は、21世紀の世界のバレーボールを牽引してきた世界王者の一角。タイトルもさることながら現代バレーボールの戦術や考え方、そこにつながる技術など、「世界のバレーボールの今」を生み出したことでも知られています。そんなブラジル代表に30年ぶりの勝利を挙げ、素晴らしい瞬間をみなさんと共に眼にすることができたのだと思います。

結果論と言われようとも、偶然ではなく必然だと思っています。

2021年に開催された、東京2020オリンピックでの、日本代表男子の活躍。そしてそれに向かう強化のプロセスとして2019年のワールドカップから誰もが花が開く予感をもたずにはいられなかったはずです。
そして今、2023年のVNLで私たちが眼にしている、バレーボール男子日本代表のゲームは、ここまでのプロセスにおいて目指すものが浸透してきており、着実に実を結んでいるのがわかります。この数年で、世界の強豪相手に少しずつ近づき、もう少しで手が届くところまできました。そして今回、苦労して苦労して最後の1点をもぎ取り、見事、世界のバレーボールのフロンティア的地位を走ってきたブラジルに勝利することができました。ゲームの内容は、多くの人、特にプレーヤーやコーチをやっている人に観てもらいたい、バレーボールの教材になるような「世界のバレーボールの今」がたくさん詰まった試合でした。

サーブやブロックが、確実に得点へのシナリオとなっています。
サーブやブロックを起点に、相手のオフェンスの数的優位をそぎ落とし、日本チームのコートには、決してノータッチでボールが落ちることがない。ブロックがボールを触るか、フロアディフェンスがボールを触る状態が終始維持されています。ブロックは、リードブロックをベースに正確に相手のセット(トス)の行方に2枚~3枚のブロックがしつこく付いており、相手オフェンスへのプレッシャーと自チームのトータルディフェンスの機能に貢献しています。

リベロがファインプレーを連発するだけではなく、リベロがコート上にいなくても、リベロ以外の選手も高度なディグを連発する。リベロは守備専門として守護神的な存在だけど、決してチームの守備がリベロ頼りにはなっていない。

オフェンスは、個人のパフォーマンスに依存した特定の選手に偏ったり集中する展開に終始せず、状況や局面に応じて、フレキシブルで多彩な攻撃を繰り出すことに成功しています。特にMB(ミドルブロッカー)からの攻撃やセンターからのバックアタックが予測不能な状況やセット終盤でも自信をもって発動することに成功しています。

こういった、日本代表男子チームが手に入れてきている戦い方は、間違いなく対戦相手には緊張感とストレスを与え続け、ゲーム展開に大きな影響を与える、大きな1点を積み重ねて戦っているのだと思います。

バレーボールは、広く世界で行われている標準装備や組織が揃わないまま、一つか二つのスーパーな兵器を持っていても勝負になりません。局所に依存した戦い方は必ず攻略されてしまうのです。
しかし、「世界のバレーボールの今」としての 考え方や戦い方などの標準装備や組織が整っていれば、突出した兵器をそろえていなくても十分戦える。むしと、突出した兵器(選手)は、そこから育ち、生まれてくるのです。

今回の30年ぶりのブラジル戦の勝利。これは奇跡でもなければ、ジャイアント・キリングでもないのではないでしょうか?
いつの間にか対等に戦っている今の日本のバレーボールは、これまで練り上げてきた目指す戦い方、ゲームや技術に対する考え方や戦術をチームとして広く浸透させてきたその先にやってくる、「戦術やデータへの意識を越えた闘い」みたいな境地に近づいているのだと思います。インシステム アウトオブシステムなどの区分けなどを言ってられない中での闘いを最後制した試合が、今回のブラジル戦だったのだと感じました。


「フェイク・セット発動」は、「する」こと以上に「利いている」ことに大きな意味がある。

 アタッカーが助走とスパイクジャンプ際に、相手のブロッカーやディガーを惑わすために、スパイクを打つと見せかけて、セット(トス)に切り替えるフェイク動作「フェイク・セット」が日本代表男子チームでもお馴染みとなってきました。
 フェイク・セットは、主にセンターからのバックアタックがツー攻撃になり得る場面で発動されます。多くのチームで、OH(アウトサイドヒッター)の選手がバックアタックを打つことから、日本代表チームでは、石川選手や髙橋藍選手などから繰り出される場面が見られます。
 このフェイク・セットが成立しスパイクが決まると、実に爽快で盛り上がると同時に、相手チームには精神的なダメージとなるものですが、このプレーは、技術の高さもさることながら、このプレーを可能とするバックグラウンドが重要です。
「フェイク・セットは」、それ自体を遂行することが即得点につながるような必殺技とは限らないのです。逆にこのプレーが、ブラジルといった世界の強豪相手に爽快に決めているのは、今の日本代表のチームとしての質の高さを示すものだと思います。

センターからのバックアタックが脅威を与えている
日本の選手のバックアタックの決定力が、相手の脅威になっているからこそ、フェイクのモーションが相手ブロッカーを惑わします。長年続いていたかつての日本バレーの課題にバックアタックの標準装備がありましたが、もはや日本の男子バレーの世界のオフェンスのシステムが当たり前になってきたことを意味する象徴的なプレーの一つが「フェイク・セット」とそこからのスパイク決定なのだと思います。

高い攻撃力をもつスパイカーが、セット(トス)ができる能力をもつ
アタッカーが、瞬時の判断で、セッターと同等のセット(トス)プレーをするわけです。ともすると、日本のバレーボール界では、セッターはかなり年代の早い段階からセッターに特化し、他のポジションの選手はセッターからのセットをもらう側という分業が明確になされがちです。ですから、セッター以外のポジションが、セッター同等のセット(トス)プレーの練習する時間はさほどないことが多いです(アウト・オブ・システム時のハイセットの練習は行うが)。しかし、日本代表男子のアウトサイドヒッターの選手の、フェイク・セットを見るに、ジャンプセットだけをみても非常に違和感のないセッター同様の巧みな動きをしているわけです。なおかつスパイクのモーションを絡めてのプレーです。今や、バレーボールはポジションの特化による枠を超えた、オールラウンドのスキルをもつことが当たり前になってきており、日本代表男子の選手たちも適応していることを示していますね。

いかなる場面でも、複数個所でのスパイカーの攻撃態勢が整う
繰り返しになりますが、フェイク・セット単独でも技術の高さが求められるのですが、それが得点になるまでには、チームとしての要素も見逃してはいけません。
相手ブロッカーに、セットの行方を最後まで判断できないようにするためには、トリッキーなセットのモーションをかけるだけではなく、周囲のアタッカーが攻撃態勢を整えるということを怠らない瞬時の状況判断や、セット側との呼吸合わせもなされているわけです。

チームとして、いつでも発動できるオフェンスシステムの共通理解
「フェイク・セット」は、あくまでも攻撃、オフェンスの手段であって、決してそのプレー自体が目的化しているわけではないはずです。もちろん攻撃オプションとして練習はしているだろうと想像しますが、混沌としたゲーム展開の中で、ここぞという場面でフェイク・セットを発動し、しかも見事なスパイク決定につなげるということは、味方の状況だけではなく、相手ブロッカーの状況や、ラリー前後の攻撃の応酬内容などを加味して発動していると思います。
現代バレーでは、フロントゾーンに配する3人のブロッカーに対し、攻める側は4人の攻撃オプションを確保して、相手ブロッカーの判断を鈍らせる「数的優位」のオフェンスが標準となっています。当たり前のように発動しているフェイク・セットは、そういったバレーボールのオフェンスシステムや相手(世界)が採用しているブロックシステムを理解してのプレーであることがわかってきます。


「個人」が輝くのは、「チーム(組織)」があるから

「どの選手が出ても戦えるバレーボール」
「出る選手出る選手が活躍するバレーボール」
今大会のキーワードの一つになっています。

これまでは、スーパーなエース、大砲やテクニシャン、スーパースターとしての注目など、バレーボールのチーム力を「個人」にフォーカスした見方が多かったですが、今の日本代表は、選手それぞれ全員が高いパフォーマンスを発揮しています。
「みんなが活躍する=全員が調子がいい」ということもあるでしょうが、それ以上にチーム、組織としての戦い方が整っていることが大きな要素だと考えています。ゲームモデルの共通理解によって、その達成に必要なテクニックとスキルがクリアになっていく。選手は、霧が晴れる如く迷いや混乱なく、自分の持てる能力や良さを如何なく発揮できる空間(コート)になりつつあるのだろうと見えます。

フィリップ・ブラン監督の指揮、そこから影響を受け進化していくコーチングスタッフ、増えつつある海外リーグ経験のある選手たちが体得してきた見方や考え方。「個人」の輝きは、外から見える見事なプレーはもちろんこと、外からは見ることのできない、思考や判断力のアップデート、チームマネジメントの妙などがあるのかもしれないと思います。


これが「メンタル」 これが「集中力」

「チームでやるべきことをみんなわかっている」 
この言葉も象徴的だなと思いました。

ブラジル戦。見ている側も終始緊張感、緊迫感があった試合。現場の選手たちの心境は推し量ることもできないですが、フルセットの最後までどうなるかわからないゲーム展開を制するのは大変なことです。しかも、30年間勝てていない相手ですから。
そんな中数々のスーパーなプレーやファインプレーもさることながら、

・アタッカー劣勢時の無理をしない意図的なリバウンドプレー
・アタッカー劣勢時の意図的なブロックアウトプレー
・相手コートの穴を見抜いたティップやコントロールショット

こういった細かなプレーにも、いわゆるいいメンタル、いい集中力を感じました。

特に、第4セットは結果的に日本代表は、セットを失うわけですが、ブラジルのブロックとディフェンス、サーブが機能しだし、ブラジル側が明らかに波に乗ってきて日本が押される展開が続きました。逆に、それまで優勢だった日本のサーブは、その勢いが止まったようにも見えました。

その直後に、ファイナルセット(第5セット)を迎えるのですから、日本代表の方が、セットの入りが難しいなと思って見ていました。第4セットのネガティブな印象や感覚、脳内をいかにリフレッシュして最終セットにのぞめるかに注目していました。結果は、臆することなく、これまでどおりの積極果敢なサーブやオフェンス、確かなディフェンスの機能を取り戻していたようです。

ブラン監督も選手たちも、インタビューでは「気持ち」という表現を用いていますが、個人的に深読みするとしたら、戦術的にも戦略的にも思考力においても、十分な準備や対策を整えたうえでの、迷いや不安のない「充実した気持ち」なんだろうと思っています。決して根拠のない精神論ではないはずです。

「チームでやるべきことをみんなわかっている」 

これは、良いメンタルや集中力を導くための重要なポイントだと思います。
今の日本代表男子チームの強さの一員だと感じます。

バレーボール男子日本代表のストーリーはこんなもんじゃ終わらないはずです。
決してゴールではない、むしろ出発点なのかもしれません。まだまだ通過点ではありますが、みなさんで喜び、これからますます盛り上がりましょう。これまで応援しているみなさんも、これから応援しはじめるみなさんも、目が離せませんね。応援して、みんなでバレーボールを楽しみましょう!

(2023年)

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