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ロングインタビュー:マルセロ・メンデス(アルゼンチン代表監督)「東京五輪についてほとんど語られなかったが、銅メダル獲得は『良いバレー』をしたから」

元記事:https://thececco15.com/marcelo-mendez-se-habla-poco-de-juego-pero-esencialmente-llegamos-al-bronce-porque-jugamos-bien-al-voley/

見出し写真:FIVB

※翻訳はあくまで趣味の範囲であり、誤訳が含まれる可能性もあることを了承いただきお読みください。

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アルゼンチン代表監督のマルセロ・メンデスは「今季は銅メダルを獲得し、世界ランキングでもトップチームの仲間入りを果たした素晴らしいシーズンでした。これは将来に向けてとても重要なことです」と語ります。「多くの予選は、私たちの世界ランキングにかかっています。そして、私たちはずっと前からアルゼンチンのバレーボールの将来に注目しています」と付け加えた。

(2021年10月29日時点で6位)

忘れることのできない東京オリンピックの銅メダリストの監督が、1時間にわたってTheCecco15.comのインタビューに答えてくれました。

壮大な成果に至るまでの道のり、ある壮大な出来事によって影を潜めたバレーボールの問題点。彼がチームに残した足跡と、アルゼンチンのバレーボール界の発展と未来へのビジョンをご紹介します。

「多くの人が求めていたサイクルが完成しました。そして、アルゼンチンのメダル獲得が達成されました。何よりも、それを強く望んでいたチームの仲間たちが喜んでくれています」と語ります。

―大会の熱気が冷めて、後から振り返ってみると、オリンピックに参加した人たちにとって、オリンピック銅メダルはどのような意味を持つのでしょうか?

「競技者として参加した私たちにとって、このメダルは人生の中でとても重要な成果です。メダルを手に入れるために経験したことと同じように、個人としても、グループとしても、忘れられないものです。

あの銅メダルがアルゼンチンのバレーボール界にとってどのような意味を持っていたのか、すぐに分かるでしょう。その成果がどのように生かされるのかを見たいのです。なぜなら、あのメダルが利用されるとは思えないからです。国には別の緊急性があることはわかっていますが…」

―メダルが有効に活用されていないというのは、具体的にはどういうことでしょうか。

「私たちは、アルゼンチン代表の選手たちが成し遂げたことを広めるという方針を持つべきです。もちろんメディアは非常に重要ですが、FeVAはもっと多くのイベントを企画し、彼らが自分自身を映し出せるようなイベントを開催しなければなりません。

ルチアーノ・デチェッコやサンファンの人々、そしてメンドーサやフォルモサでも、個々の行動が見られます。しかし、私たちはこのプロジェクトをもっと推進し、アルゼンチンのバレーボールを広め、普及させるためのプロジェクトにすぐに変えていかなければなりません」

―選手としても監督としても、とても長いキャリアをお持ちですね。
アルゼンチンのバレーボールの歴史の中で、このメダルはどのような象徴的な位置を占めていますか?

「アルゼンチンのバレーボール史上、最も重要なイベントであると言えます。(自分の選手のキャリアと監督のキャリアを)比較するのは少し気が引ける。この2つは全く異なる文脈です。 

アルゼンチンは1988年のソウル大会で初めて銅メダルを獲得し、メダル獲得はそれ以来のことになります。選手たちはすでに世界のバレーボール界で活躍していました。彼らのほとんどはイタリアのA1(SuperLega)でプレーしていました。このメダルは、ハードワーク、努力、犠牲の賜物です。
このメダルを手にすることができたのは、ベテランのプレーヤーや野心に満ちた若いプレーヤーたちのおかげです」

―この銅メダルを2021年に達成するために、どれだけの驚きや飛躍があったのでしょうか?

「(この銅メダルが)サプライズだったかどうかはわかりません。代表チームの中には、メダルに照準を合わせ、自分を犠牲にして、エゴや個人的な問題をすべて捨て去った経験豊富な選手がいました。そして、『できる』と信じて背中を押してくれる若い人たちがいた。経験と若さの組み合わせがあったからこそ、このような結果が得られたのです。

84日間の旅(イタリアで行われたVNLから東京オリンピックまで1度もアルゼンチンに帰らなかった)では様々なことが起こりました。多くの不便さが克服され、それがチームをより強くしました」

(VNL前に数名がコロナに罹り、スタートは少ないメンバーで臨んでいた)

―ある種の壮大さ、精神的なタフさ、経験と若さの融合。この間のバレーボールについてはあまりにも語られてこなかったかもしれません。
試合の面では、アルゼンチンは東京オリンピックでどのようにメダルに到達したのでしょうか?

「確かに、東京オリンピックについてはほとんど語られておらず、基本的には良いバレーボールをしたからこそ銅メダルを獲得できたのだと思います。では、良いバレーボールをしたというのはどういうことでしょうか?

私がチームを担当するようになってから、アルゼンチン代表チームはサーブがかなり改善されました。彼らのサーブ・ブロック比率は今大会でもトップクラスで、統計でも説明されています。また、チームとしての力をつけ、レセプション成功率も向上しました。これはVNLではできなかったことであり、私たちはそのために努力しました」

―具体的にはどのような点を変更したのでしょうか?

「例えば、4人目のレシーバーが組み込めるときは、4人のレシーバーを置きました。ブルーノ・リマがいくつかのローテーションでキャッチャーになったのはそのためです。

また、サーブが驚くほど良くなり、攻撃の基準も向上しました。ただボールを相手に渡すだけではなく、ゲームを決定づけるポイントやより良い状況を探すことができるようになりました。

 これらの状況はすべてこの2年間で強調されており、この間に我々はかなり成長しました」

―大会前には何か変化がありましたか?

「フルメンバーで臨んだVNLの終盤では、非常に大きな進化を遂げたと思います。 しかし私たちはイタリアでのトレーニング期間中にさらに最後の飛躍を遂げました。強豪国に勝つためには何をすべきかが見えてきたのです。この時すでに12人の選手が決まっていました。そこで、自分たちに足りない要素を大きく改善しました。一つはレセプション。もう一つは、サーブの積極性を高めることでした。そして攻撃の際にはベストな選択肢を探すことにこだわっています。相手に簡単にボールを与えることはありません。直接的なポイントを決められない場合は、ボールを味方につけて攻撃のチャンスを増やすようにしました。この3つの要素にはかなりこだわりました」

―これまでのトレーニングで磨いてきたものが、いつピッチに反映されましたか?

「イタリアで行われたイタリア代表との親善試合では、それを実感しました。負けはしましたが、チームは時に素晴らしいレベルのプレーを見せてくれました。

また、鹿児島で行った準備では落ち着きを感じ、チームが軌道に乗っていることを確認しました。
勝つか負けるかは別にして、オリンピックでは技術的に最高のパフォーマンスを発揮して戦うつもりでした」

―特定の問題に焦点を当てるだけでなく飛躍するために、飛躍するために、個人やチームで話し合ったことはありますか?

「チーム全体での話し合い、個人での話し合い、チームが最高の状態になるためには何が必要かという様々な話し合いが行われました。もちろん、結論は出ています。特に、フィジカル的にはそれほど強くない私たちのような特徴を持つチームが何をすべきかはわかっていました。良いバレーボールをして、他のトップチームがうまくできないことをしなければなりませんでした。

私たちよりもうまくいったのはフランスです。彼らは私たちと同じことをしましたが、私たちにはないパワーがありました。また、とても良いバレーボールをしていました。そして、金メダルを獲得しました」

―言葉が行動に移されたと感じた瞬間は?

「私たちは『探し求めよう』と強く言い合いました。そして、全員が全力で取り組みました。エゴを捨てて、チームのこと、達成したい結果のことを考えました。

たくさん話した分、その言葉を応用して物事を成し遂げ、言葉にしたものをできるだけ洗練させていきました」

―マルセロ・メンデス監督は、このチームにどれだけの影響を与えたのでしょうか?また、コート上のどこに自分の存在を感じましたか?

「まず監督には実行してくれる素材が必要です。その意味で、少年たちはとても有能でした。監督とコーチングスタッフに必要とされている力は、選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できる状態にすることです。また、私は彼らに勝利の哲学を与えようとしました。

経験や年齢、環境が違っていても、彼らが持てる力を最大限に発揮できるよう、ベストな状態にしたのは正解だったと思っています。
一人ひとりの選手との関係を築き、代表チームが最高のパフォーマンスを発揮するために必要なことをそれぞれに要求したことが大きな成果だったのかもしれません」

―チームはどのようにしてまとまったのでしょうか?

「ゲームの哲学は私が長い間適用してきたものです。チームは、私たちが極めてきた基礎であるサーブ・アタック・レセプションやディグに依存します。サーブでは、私たちがボールを持っている以上は試合を支配しなければなりません。セットプレーでは、レセプションの良し悪しに関係なく、最高のトスを上げることができるようにする。そしてアタックではベストを尽くすことができるように。このような哲学が、オリンピックのメダル獲得に貢献したのです」

―同時に、レシーブやブロックなど、相手のアクションや難易度に応じたものも、しっかりとしたプレーを見せてくれました。

「VNLでは、レセプションにおいて自分たちの弱点に気づきました。例えば、ジャンプサーブの受け方に問題があったということです。

なので、VNLが終わってから東京オリンピックまでの間はジャンプサーブのレシーブに重点を置いて取り組んできました。選手と一緒にサーブを打ったり、高速ボールマシンを使ったりしました。これらのおかげで、私たちのレセプションのレベルは高まりました」

―東京オリンピックでのメダル獲得後、2022年に向けてどこまで夢を膨らませることができるか。
例えば、世界選手権でアルゼンチンが上位を争うのは久しぶりのことです。

「難しいですね。このサイクルのいくつかの大会ですでに行ってきたように、若い選手たちにもっとスペースを与えなければなりません。進化を見極め、経験豊富な選手と、より多くの国際試合をこなさなければならない若い選手を組み合わせなければなりません。VNLの12試合と世界選手権の試合だけでは不十分だと思います。私としては、2022年には選手たちにもっと『良い』試合を提供する必要があると思っています。これについては当局と話し合うつもりです。

代表チームでは、常に更新を求め、交代や将来のことを考えなければなりません。私たちは、オポジットの選手や攻撃的なアウトサイドヒッターを見つける必要があります」

―アルゼンチン代表チームは、2022年のロシア世界選手権の第1フェーズの対戦相手がわかりました(イラン・オランダ・エジプト)。あなたはこのグループをどう思いますか?

「簡単なグループではありません。エジプトはいつもサプライズがありますし、オランダとイランはとても良いチームです。

理論的にはもっと難しいゾーンがあるのは確かですが、私たちにとって必要なのは、試合に出場して成長し続けること、そしてチームとして成長し続けることです。なぜなら、私たちはこの大会で良い結果を出すことだけを考えているのではなく、次のオリンピックに向けてチームを構築し続ける必要があるからです」


目先のことだけではなく、将来についても考える必要がある。

「私たちは2024年のオリンピックだけを考えているのではなく、将来のこと、長期的な目標を考えています。アルゼンチンでは全国の6つの地域に64のリトル・スクールを計画しており、成長を続けるための才能を探しています」と、メンデス氏は説明しました。

―男子のナショナルプロジェクトの目的は何ですか?

「パワーとは異なる方法で競争するために、サイズやウィングスパン(選手の両指先の距離)が大きい選手を探しています。

例えば世界ユース選手権では、自分たちはトップチームと一緒に旅をしているつもりだった。しかし、他のチームと比べて平均以下でした。私たちアルゼンチン人は技術力があるので、ユースのカテゴリーでは強豪と対等に戦うことができます。しかし、大人になると肉体的なパワーがものを言います。私たちは、才能とより強い体格を組み合わせる必要があります」

―あなたは、アルゼンチン、スペイン、ブラジルで監督としての長い実績をお持ちです。予算やインフラの問題など、常に抱えている欠陥を知った上で、あなたは何に取り組み、何に影響を与えることができるのでしょうか?理想的な状況でなくても、何を変えることができるでしょうか?

「先ほどお話ししたリクルートプランも、その要素のひとつです。私たちナショナルチームの監督は、育成の現場でもっと存在感を示す必要があります。
もうひとつの問題は、バレーボールが独自のトレーニングセンターを持つべきだということです。ユースの試合で使われていた体育館が使えるかもしれない。そのためには改修が必要で、巨大な体育館の1つを譲り受ける必要があります。それは素晴らしいことです。
また、バレーボールは学校でも行われなければならないと考えています。学校でバレーボールをもっと普及させるために、FeVAと教育分野の間で方針を策定します。

そして、若い選手たちを恒常的に選抜していくことも必要だと考えています」

―最後に挙げられたニーズについて、もう少し詳しく教えてください。

「以前は、若い選手たちは代表へ割く時間を多くもっていました。しかし今、彼らは(クラブなどで)一生懸命働かなければなりません。言い換えれば、代表チームを長期間、一年中、多くの競争の中で維持しなければならないということです。そうなると、クラブがその選手を欲しがるようになるので、クラブとの関係が難しくなります。

しかし、30年前・40年前のように、国内のさまざまな大会に出場し国際試合に参加させるようなグループが必要だと思います。常設のナショナルチームの仕事に集中できるのではないかと考えています」

―中長期的な成長のために、他にどのような変化が必要だと思いますか?

「コーチの更新・技術化計画も策定する必要があります。代表チームに所属している私たちは恵まれた環境にあり、世界で何が起こっているのか、トップレベルの人たちがどのように仕事をし、トレーニングをし、プレーしているのかを見ることができますが、そのような環境にない人たちにもこれらを伝えていかなければなりません。

情報は発信するためにあります。後は、それを一番うまく処理した人が勝ちます。アルゼンチン中に情報を発信する方法を考えなければなりません」

―東京オリンピック期間中、あなたはアルゼンチン社会におけるクラブの重要性について、いくつかの発言をして話題になりました。それを覚えていますか?

「もちろんです。クラブはとても重要です。今回のオリンピックチームの選手は全員、クラブで鍛えられました。

サンファンのように、クラブを永続的に支援する政策が必要です。なぜなら、クラブはスポーツと青少年の活力の源だからです。選手としてもコーチとしても成長させてくれたクラブ『River Plate』には永遠に感謝しています。その後、海外での経験もありましたが、試したり、改善したり、成長したりするための大きなベースはRiver Plateというクラブでした」

―現在の状況下で国内リーグが成長するための鍵は何だとお考えですか?

「バレーボールの成長や復活には、サッカークラブの関与が重要になる可能性があります。hinterland(都市の周辺にあって,その都市と結びつきの強い地域)のサッカークラブが重要になるかもしれません。サッカークラブが参加したくなるような、魅力的なリーグにするにはどうしたらいいか考えなければなりません。私たちはその方法を見つける必要があります」

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