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幼稚な万能感を抑えきれない上司が鬱陶しいなという話

自分を棚に上げ、自信過剰でマウンティングばかり。そんなマチズモ思想の強い男性が優位性を示すのに女性部下は格好の餌食なんだろうなと男社会なブルーカラー職に就いてしみじみ思う。

昔から控えめで実直な人間が好きだった。

自分の実力や努力をひけらかして承認を得ようとしなくとも、ただひとりで真っ直ぐに前を見据えて道を歩む人間の存在に救われるから。

運動は得意なはずなのに、体育のチーム戦で他の子のように人を押し除けようとはせず一歩下がりながらも活躍していたあの子。
授業のグループ発表で黒板に貼られた模造紙の資料を指差しながら得意げに話す子に隠れるようにいるけど、丁寧な資料を主だってつくっていたあの子。

基本的に多くのこどもは「わたしをみて!」というスタンスで生きているものだし、人間の認められたいという欲求は特段不健全なものではないと思う。

しかし、そんな同級生のなかで、自己を誇示せずとも誠実にある彼らにどうしても心が惹かれてしまい、好ましくおもう気持ちを押さえきれずに「きみはすごいねえ」と声をかけてしまうこともあったが、彼らはきょとんとした顔、あるいは少しだけ照れたような顔で「べつにふつうじゃない?」と答えるだけなのだった。わたしはそんな肥大した自意識を一切持ち合わせていないフラットな彼らのありように、なおさら胸を掴まれた。

それでも集団で目立って愛されたり、上から評価されるのは人を押し除けてゴールを決めたり、つくってもない資料を我が物顔で解説できる、つらの皮が厚い人間なのだ。

大人になったら、わたしの持つような物差しで人は判断されていくようになるのだろう。世界は美しく正しくあるはず、幼いわたしはその理想を疑っていなかった。
まさか小学生の頃にいた「俺は面白い!」「俺はスポーツができる!」というパフォーマンスを狭い教室の中でしていた子供が、その自己顕示欲を持て余し続けたまま大人になってしまうこと、社会でも引き続きそのようにあること、そして人をはかる一般的な物差しにも大それた変化はあらわれないことにまでは考えが及んでなかった。わたしは甘かったのだ。

陰鬱とした子供であったわたしが陰鬱な大人になったように、彼らも彼らのまま大人になる。
この世をはかる物差しも変わらない。

彼らは小さな子供が誰しも持つ万能感を昇華することができないまま大人になってしまい、なんなら多少の知能を身につけて、より狡猾になり、下手をしたら他者を蹴落としてまで自身が優れていることを集団に認めさせようとするのだ。理想を信じて生きてきたわたしにとってこれ以上ないくらい虚しい現実だ。

良くも悪くもほとんどの人間は大した人間ではないし、大した人生を歩まないであろう。それでもわたしたち人間は各々が与えられた、あるいは手に入れた武器を使いながら「至高だ」と己の信じた道を歩むしかない。どこに住むか、どんな仕事をするか、どんな人と共に生きるのか、自身のありようを取捨選択しながら人生のコマを進めていく。
それらは間違いなく立派な営みといえるであろう。しかし、そのように自身が必死に勝ち得た素晴らしい人生だとしても側から見れば平凡でしかないのだ。
それを受け入れられない人間がどれほど多いことか。

いかに自身が他者より優れているかを常に意識して、ときには人を蔑めてでも、それを主張せずにはいられない虚栄心を抑えられない哀れな彼ら。大したことない自身のありようを認められる度量もなく、それを客観的に把握して理解できる知性と教養も足らない。

なにより、わたし自身に対してもそうだが、わたしが愛する「控えめで実直な人間」をも彼らは見下す傾向がある。自己を尊大にパフォーマンスすることをよしとしない謙虚さすら理解できないから。
なぜわたしはそんな彼らにこんな不快な思いをさせられなきゃいけないのだろうか。自分のあたまのわるさにすら気づけないあたまのわるい人たち。無知は罪なり、だ。

ばーかばーか!やってられっかよ。
クソクソクソ。
人々が善良であること、世界が正しくあること、そう皆も願っていること。そんな理想を信じていた小さなわたしが、今のわたしのなかで失望に打ちのめされて泣いている。

現実を目の当たりにするたびに心が折れる。そしてそんな弱いわたしは彼らより「劣る」存在であり彼らの優位性を示す格好の材料になってしまう。それならなおさら折れているわけにいかない。

こういうときこそいつも控えめで実直な人間の存在を思い出す。この美しくもないクソみたいな世界で善良で正しくあろうと努める人たちの尊さをお守りのように抱きしめながら、なんとか立ち直る。

わたしは万能感を昇華できない彼らを「無知は罪なり。」だと思った。

それならいまのはわたしは「知は空虚なり。」といえるだろうと思う。
頭の中身はあっても行動を起こせていないのは空しいことだ。なぜなら実質的には意味のないことだから。頭にあっても実現できないなら意味はない。
この言葉に続くのは「英知を持つもの英雄なり。」だが、わたしはここで英雄になれるのだろうか。

なるしかないだろう。

出世してえなあと思いながら食べた、おにぎりと唐揚げは美味しかった。

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